第六話 信用と信頼
「………………」
「んん……うぅん……ユタカ様ぁ…………」
夜中に目を覚ましたら、なぜかセレーネが横で寝ていた。
咄嗟に下半身を確認するが、大丈夫、履いている。
寝ている間に過ちを犯してしまった事はなさそうだった。
なんだこの突拍子もない緊張感は。
心臓の鼓動が半端ないぞ。
ラノベ的展開とか求めてねーから。
そんな、ラッキースケベと言っていいのかよくわからんイベントのせいで完全に目が覚めてしまった俺は、平静を装いつつテントから出てカシスに見張りの交代を告げる。
彼女は呆れながら俺を見ていた。
「いいけど、随分早いわね。
予定ではあと一時間はあるわよ?」
「……うん……あのさ。
俺のテントからセレーネを回収してくれない?」
「あぁ……そう、わかったわ。
色々とわかったわ」
「その辺、察するのはやめてくれませんか」
「察するべきは、むしろあんたよ」
意味深な捨て台詞を残して、カシスは俺のテントからセレーネを連れて行く。
こうして見ると姉妹のようだな。
カシスも別段大人びているわけではないが、普段のセレーネは必要以上に子供っぽい。
だからだろうか、二人が並んでいると姉妹のように思えてしまう。
そういえば、遥はセレーネの姉的立場なんだったっけ。
全然想像がつかない……聖女形態のセレーネだったら、どちらかといえば彼女の方が姉だろう。
街娘形態のセレーネだったら、別の意味で姉妹っぽい。
もちろん褒め言葉ではない。
……パチパチと鳴る焚火。
これさえも、日本にいた頃には考えられなかった光景だ。
キャンプファイヤーなら見た事がある。
確か中学生の頃だったと思うが、宿泊研修という謎の合宿で行った事だ。
遥が無駄にフォークダンスが上手くて苦労した。
……日本に住んでいたという事が。
今や、遠い過去のように思えてしまう。
俺にとっての現実って何だ?
ユーストフィアは、夢じゃない。
夢か幻か、あるいはゲームのような、物語のような話だが、でも夢じゃない。
俺の両親は、今頃どう思っているのだろうか。
泣いているか。そうだろうな。
かつての友人は、今頃どう思っているのだろうか。
取り乱しているか。そうだったら、少し嬉しい。
遥が行方不明になった――と思っていた――あの頃の事を考えると、地球とユーストフィアの時間の流れは同一だ。
異世界モノによくあるような、一方の時の流れが速いとか、そういうものはない。
わかっている。こちらの一秒とあちらの一秒は等価値だ。
だから、俺は日本ではもう何か月も行方不明という事になる。
――帰らなければならない。日本に。
あの無気力な大学生活に。
遥を失った俺は、はっきり言って抜け殻だった。
未来とか、将来とか、希望とか、そういう事を一切考えられなかった。
それだけ俺にとって遥は大きな存在だったのだ。
遥がいない未来など考えられなかったのだ。
だから……そのぐらい、遥が大切だから。
あいつは必ず連れ戻す。
確かに遥は魔王のようだし、多くの人を殺している。
俺がこの目で直接見ただけでも、少なくとも王家や兵士は殺している。
間接的にも、魔族や魔物を使役して多くの町村を滅ぼしていると思われる。
許されるべき存在ではない。
死をもってその罪を償うべきだと、俺の倫理観はそう言っている。
でも、そんな事は知ったこっちゃないんだ。
あいつの行動原理はおそらく復讐だ。
自分を、いや、自分たちを裏切ったこの世界への復讐だ。
短絡的だと思うし、浅ましいと思う。
だけど否定はできない――絶対に。
「――兄ちゃん」
唐突な声に、我に返る。
エンだ。
彼には斥候のような役割を任せていた。
眠らないからな。
野営地を誰かが見張り、エンが周囲の危険を調べる。
そういった連携が定石だった。
「……エン」
「兄ちゃん、火が消えそうだよ」
「あ、あぁ。そうだね」
薪をくべて、寿命が近い火力を復活させる。
どれだけボーっとしていたのだろう。
火の番としては失格もいいところだ。
ふと気付くとガンラートのいびきが響いていた。
こんな轟音にも気付かないとか、俺はいったいどうしたんだ。
「ごめん」
「ううん。……兄ちゃん、俺たちはそんなに頼りないかな」
「……?」
「兄ちゃんはハルカ姉ちゃんのために、色んな事を考えてるんでしょ」
別に遥のためってわけじゃなく、俺のためだが……。
「でも、全部兄ちゃんが一人でやるのは無理だよ」
「そんな事はわかってるよ。
だから頼ってるんじゃん」
「うーん……上手く言えないんだけど。
なんて言えばいいんだろう。
もっとおれたちを信じて欲しいな、って」
信じて……信じていないのだろうか。
確かにそんな気はする。
なんとなく、ビジネスライクな関係に終始している気がするな。
セレーネは教会と世界と、そして多分自分の願望のため。
カシスは自分自身と、一応リックローブ家のため。
ガンラートはよくわからんが……多分あいつにも何か目的があるんだろう。
エンはもちろんメイのためで。
モブどもは恐らく生きていくためだろう。
それぞれがそれぞれの目的のために協力している。
仲間という意識はあるが、共通の目的を共有しているわけではない。
なるほど。
信用はしているが、信頼しているわけではないのか。
「……エンの言いたい事はわからんでもないよ」
「でしょ? その中でも特に兄ちゃんはそうだよ。
きっと……きっと、寂しがってる人はいると思う」
そうかな。
何を寂しがっているのだろう。
みんな、それぞれ好き勝手やっている印象しかないが。
むしろもう少し協調性を身に着けて欲しい。
家庭菜園をやろうなんて言い出したのはいったい誰なのだろうか。
俺は許可した覚えはないぞ。
「おれだって、ちょっと寂しいよ」
「ごめん、よくわからない」
「おれもよくわからないけど、ちょっと寂しいなって思う」
なんじゃそりゃ。
説明してくれなきゃわからんぜ。
「…………」
「ごめんね兄ちゃん。上手く言えないや。
……見回りに戻るよ」
そうして、幽霊兄はまた森の中に消えて行く。
最近のあいつは情緒不安定だ。
……情緒不安定なのは、エンなのか。
それとも俺なのか、はたまた周囲のみんなか。
わからないまま、丑三つ時の鐘が鳴る。
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翌日以降、セレーネは全然目を合わせない。
チラッと視線を送ってもサッと逸らされる。
まぁ血迷ったのだろう。
寂しかったのかもしれないし、心細かったのかもしれない。
まだ16歳の女子高生だからな。
俺があいつの立場でも同じような反応をする。
が、狭い馬車の中だ。
正直やりづらくて仕方ないんだが……。
カシスもガンラートもエンも何も触れてこないし。
山腹を超え、頂上をスルーして、もうすぐ異国に到達する。
ポルタニアに辿り着いたら、まずは首都に向かう。
そこで一時休息と、情報収集だ。
賢者は最北端に住んでいるっているが、最北端のどこだよって話だからな。
まったく、精神体だか何だか知らんが、現れるならもっと詳細情報をよこせって。
そんなんだからコミュ障とか言われるんだぞ。俺に。
旧ポルタニア王国の首都ポルタ。
西側が海岸沿いという事もあって、やはり主な産業は漁業。
それ以外では武具の生産。
あと、俺たちと直接的な関係がある事で言えば、魔術ギルドとイーリアス教会の支店が設置されている。
それだったらギルドお抱えの転移魔術師に連れていってもらえばいいじゃんと思ったのだが、どうも向こうに常駐しているらしく、なかなか帰って来ないらしい。定時報告の形で一ヶ月に一度ぐらいの頻度でミドルドーナに戻るとか。
勇者特権で無理矢理帰還させようかとも一瞬考えるも、それをすると無駄に借りを作りそうなのでやめた。現状の優位性はできるだけ崩したくない。
そういう事をやるなら、向こうの弱みを握ってからだ。
「兄ちゃんがまた悪い顔をしてる……」
「どうせまたロクでもない事考えてたんでしょ」
「お頭、またっすか」
「ユタカ様は暇があったらそれだもんね」
「君たちも最近は暇があるとそれだね。
全員四肢切断して山中に放置してやってもいいんだけど」
「はいはい」
どうせやらないと思っているのだろう。
最近、この手の脅しが通用しなくなってきた。
実際やらないだろうな。
こいつらを失ったら、また一から戦力を集め直さなきゃならない。
そんなかったるい事やってられるか。
まぁいいさ。好きに言えばいい。
宝珠を手に入れたら、遥への対抗手段はほぼ出揃う事になる。
そうしたらもうあとはクライマックスへ一直線だ。
こいつらとの付き合いも、そう長く続くわけじゃないからな。




