第一話 権力者の末路
俺は現在、ミドルドーナにスクリの件を報告しに来ていた。
出来ればカリウスには会いたくないからな。
ギルドを通じて伝えてもらおうという姑息な手だ。
本当は死体を届けてやるべきなのかもしれないが、スクリがそんな事を望むはずもないし、そもそもレヴィアタンが持っていってしまったので無理だった。
まぁ、誰よりも海に愛された人物だ。
その海に見守られている方がよっぽど彼女のためだろう。
ちなみに、『キルケ』という水魔術師はギルド側で認識されていたらしい。
素性は詳しくわからないが、人手不足という事もあって、ここ最近雇用した外部の魔術師……という認識だったそうだ。
彼女の手によって書類が改竄されたり、捏造されたりした結果、俺と『キルケ』のブッキングが起こり、その報告を受けた責任者がそれなりに酷い目に会ったらしいが、俺の知ったこっちゃあない。
セキュリティがガバガバだと嘆いたぐらいだ。
「――という事で、海の件は解決と言っていいと思う。
けど、『キルケ』が携わった業務については再検証した方がいいんじゃないかな」
「ありがとうございます。仰るとおりですね。
我が義妹がこのような事態を引き起こし、誠に……」
さて、『キルケ』改めスクリ。
彼女は魔法学校で教鞭をとっていた途中で、遥の仲間として同行する事になったわけだが。
当時は、天才であるスクリを連れていくという事で、実は結構揉めたらしい。
そりゃあそうだ。万が一死んでしまったら大損害もいいところ。
が、他でもない勇者の望み、世界の危機、本人が同意している事や、止めても聞かないスクリの性格など諸々で、最終的には折れたとか。
……だが恐らく、実情は違うだろう。
「クールアールさん。あなたは本当はスクリを手放したかったんでしょ?
自分より力が上の、血の繋がらない義妹を」
「さぁ、仰る意味がわかりませんが。
我が家系で最大の実力者を、なぜそのような目にあわせなければならないのです? この度の件は、本当に残念な結果となってしまいましたよ」
クールアール=ククルト。
まだ若いが、ククルト家の現当主である。
スクリの義理の兄にあたるその人物は、余裕綽綽な雰囲気を必死で保とうとしながら、しかし今回の事態で誰よりも危機的状況に陥った事に違いはなかった。
話によると、こいつもまた天才と言われてきた身。
自他共に認めるその実力は誰もが一目置き、当主になるべく育てられた温室育ち。
実際、ミドルドーナの大津波を堰き止めた水魔術の実力に疑いは無い。
だが、前当主であるこいつの親父だけは違った。
クールアールを上回る才能を持っていたスクリをあの村から購入してきた前当主は、本当はスクリを当主に据えたかったらしい。が、地盤を固めていたクールアール勢力、既に前当主を上回っていた彼は、父親との権力闘争に勝利。
無事にスクリを追い出し、ついでに殺す事で、地盤をより強固なものにした。
はずだった。
「まぁ、お家断絶だけは避けられたらいいね。
俺はフォローしないよ」
「……そのような事には絶対にさせませんよ」
「むしろ俺にとってあなたは敵だからね。
もしかしたら敵対勢力につくかもね」
「御冗談を……」
全然冗談なんかではないんだが。
俺と遥の関係は、当然ながら教会にもギルドにも言っていない。
知っているのは身内だけだ。
そうでなければ、遥と内通している魔王の手先とでも思われかねない。
確かに似たようなものではある。
俺は遥を殺す気なんて全くないからな。
裏切り者と言われても間違いではないだろう。
「そうかな?」
「……最大限ご支援させて頂きますよ、えぇ」
クールアールは青筋を立てながらニコッと笑い、右手を差し出す。
これで手打ちにしてくれという事だろう。
凄いな。
俺が何もしなくても、どいつもこいつも勝手に自爆して駒になっていくぞ。
自業自得。
因果応報。
悪い事はしちゃいけないよなぁ。
俺も気をつけよう。
既に山ほど業がある気がするし。
内心で少し反省しながら、俺は今後のプランを考えていた。
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ギルドから出たところで、カシスが俺に気付き近寄ってきた。
ククルト家には会いたくないという事で待機していたのだ。
肩を並べながら、歩を進める。
「どうだったの?」
「これからは俺に従って馬車馬の如く働くってさ」
「言い方の問題はともかくとして、だいたいわかったわ」
そして小さく溜息。
いちいち意味深な仕草をするのはやめてほしい。
言いたい事があれば言えばいい。
「これでリックローブ家の地位はさらに上がるね。
ククルト家が落ちぶれるのは間違いないんだし。
良かったね」
「……そうね。きっと、良かったんだと思うわ」
全然そんな事思っていなさそうな感じでカシスは返答する。
本当に面倒な性格だな。
よく考えなくても年齢的には女子高生か。
ちょっとした事で心が揺り動かされるような年齢だ。
スクリの件で、思うところがあったのだろう。
ちょっとカシスに近い境遇だと思わなくもないし。
実の親にも、義理の家にも捨てられたスクリ。
恨み募ってシャルマーニごと滅ぼしにかかるほどだ。
実際にそれほどの憎悪を抱えていたのかはわからない。
世界を滅ぼしたいというヤケクソな想いと、俺に滅ぼされたいという想い。
矛盾した双方の感情は、論理的に説明できるものではない。
遥と同じだ。
多分、呪力の影響なんじゃないかと俺は推測している。
あれは人間が抱えてはいけないものだろう。
俺もあとちょっとで魔王になってしまうところだった。
終焉魔法は強力だが、使いどころが難しいな。
「カシスもリックローブ家なんて滅べばいいと思ってるの?」
「どうかしら……そこまでは言わないけど。
ちょっと説明できないわね」
「もしもそうしたいと思うなら、手伝ってもいいんだよ」
そのぐらいはカシスを扱き使っているからな。
全部片付いた後でなら問題もないし。
「遠慮しておくわ。あたしは、勇者の仲間として。
あんたに協力するって決めたんだから」
「勇者ねぇ……」
勇者ってのは何なんだろう。
俺の行動や結果はともかくとして、内心は全然勇者って感じじゃない。
よりにもよって魔王を救おうとしているんだから。
だけど、遥と違って聖剣に見放されているわけでもない。
俺の勇者特権は失われていない。
精霊なのかイーリアスなのか知らんが、物好きもいたもんだ。
「あんたは勇者なのよ。あんた自身は嫌でしょうけど。
勇者らしく世界を救ってるわ」
「そうだね。結果だけはね」
「そうね。本当に結果だけよ」
こいつも言う様になったもんだ。
最初は強気な態度と裏腹に、わりとオドオドしていたのに。
炎魔法が使えるようになってきて、自信がついたのかな。
良い傾向ではある。
「セレーネは結構拘るけど、カシスも俺に勇者らしくしてほしいの?」
「さぁ……ハルカだって勇者らしくは無かった。
でも、あたしは嫌いじゃなかったわ。
あんたの事も、まぁ……嫌いではないわね」
おや、珍しくデレていますね。
どんな心境の変化なんでしょうか。
なんかしたっけ。
「最初はあれほどつっかかってきてたのに。
成長したなぁ。俺は嬉しいよ」
「嫌いじゃないとは言ったけど、
誰も彼もを見下すその態度は直した方がいいと思うわ!」
「見下してなんかいないよ。
ただ、セレーネもカシスも面白い反応をしてくれるからね。
ついからかっちゃうんだ」
「底意地の悪さもどうかと思うわ!」
そんな事言われても困る。
二十年生きてきて、今更自分の性格を変えるのは難しい。
それなりに労力を使うしな。
「まぁまぁ。で、結局実家には顔出すの?」
「あんたを待ってる間に行って来たわよ。
ククルト家の話をしたら喜んでたわ」
「ふーん。性格悪い家族だね」
「わかってるから言わないで頂戴」
他人に言われるのは云々というやつだろうか。
権力者はどいつもこいつも救いようがない。
そんなに権力ってやつは良いものなのだろうか。
甘い蜜を吸って高いところから他人を見下ろすのは、それほど気分が良いのだろうか。
わからん。
失うものが多すぎて、生きていくのに苦労しそうなもんだけどな。
リックローブ家だってカシスの件で苦い思いをしたわけだし、ククルト家も今回は家の存続の危機だし、イーリアス教会は一度は壊滅して、シャルマーニ王家は断絶した。
それでもなお齧り付こうとするその椅子。
俺も勇者としての立場を最大限に利用すればそこに至る事は出来そうだが、その過程で手に入れたあれやこれやが悉く纏わりついてくるだろうし、ひとつひとつの行動にも制限がかかりすぎると考えると、興味を持てない。
今でさえ、ちょっと抱え過ぎたかなと思っているのだから。




