それから
ピーンポーン♪
「なんだよ、これから晩飯だってのに」
―――― そういうテーブルの上にはカップラーメンが一つ。
炊飯器の隣に茶碗が置いてある辺り、ラーメンライスのつもりか ――――
これ、あいつに見られたら怒られるよな~と、付き合い始めて一年になる彼女を思いながら玄関へと向かった。
今日、来客の予定は無い…… となると……
「この時間に来るって…… 宅配か?」
昨日通販で注文した本がもう届いたのか、流石早いな。
「どちらさま~?」
『私』
は?
「蓉子?」
『うん』
慌ててドアを開けると、勿論そこには両手にビニール袋と大きめのショルダーバッグを持った俺の恋人が立っていた。
「こんばんは。ごめんね、こんな時間に」
「いや、それは構わないけど。 いきなりどうした……って、ひょっとしてまた?」
「…………そう、また」
そう言って、すっごい苦々しい顔で笑う蓉子。
「相変わらず仲良しな事で」
「仲が良いのは嬉しいけど、ああもベタ甘だとうんざりするわよ? お邪魔しまーす」
蓉子がすたすたと中に入っていく。
「あ、ちょ…… ちょっと待って」
「なに? エッチな本くらい構わないわよ? ……って、これ…… また?」
「……ん、まあ……」
テーブルの上にあるカップラーメンを見て、蓉子が顔をしかめる。
「もう…… 栄養偏るわよ? はい、それ片付けて。材料買って来てるから、晩ご飯私が作るわね」
「……ごめん、ありがとう。 ご飯は炊いてるから」
そう言うと、蓉子が炊飯器の蓋を開けて中を確認する。
「二人分あるね。ならおかずだけでいいね」
そう言うと、ショルダーバッグの中からエプロンを取り出して身につけた。
蓉子が「もう時間も遅いから手の込んだものはできないけど……」と言いながら作ってくれたのは、けんちん煮としらす入りの卵焼き、そしてほうれん草のゴマよごしと、大根と豆腐と油揚げの味噌汁。
「美味しそう」
「そう? なら良かった。それじゃ、召し上がれ」
「いただきます」
「はい。いただきます」
まず、けんちん煮から……
「旨い」
「ありがと」
俺の言葉に、嬉しそうに微笑んでくれる。
料理も旨いけど、何と言ってもこれが一番のご馳走だよな。
「蓉子って本当に煮物上手いよな。俺のお袋のより好きだよ」
「そう? 健人のお母さんの料理も美味しいよ?」
「旨いけどさ、俺には蓉子の料理の方がいいな」
「もう…… お母さんに失礼よ?」
そう言いながらも嬉しそうな蓉子に、俺まで嬉しくなる。
「そういえば、蓉子のお父さんとお母さん、今回はどれくらいいきそう?」
「んー、三~四日くらいと見た」
「なるほど」
それでその大きなビニール袋二つの食材に、大きめのショルダーバッグか……
「だから、しばらく泊めてね」
「いいけどさ。今回早いんじゃない? まだ半月も経ってないだろ?」
「今日はメイド記念日なのよ」
「メイド記念日?」
「そう。お母さんが初めてあの服を着た日。だから、いつものメイドデー五割増しね」
「確か…… いつものメイドデーで普段の五割増しって言ってたよね」
初めてこの言葉を聞いたのが三ヶ月前…… ちなみにこれが初めてのお泊まり。
「うん」
てことは、いつもの二倍以上…… マジか!?
「そりゃすげぇ」
「でしょう?」
ちなみに、こんな事を言っている蓉子だが、両親仲はすごぶる良い。
そして、付き合い始めて三ヶ月目にはこの両親に紹介されたのだが、以後、田舎から出てきた俺にとっても本当の親のように良くしてくれる大変有り難いご夫婦だ。
そしてこのご夫婦はなんと言っても普段から新婚さながら…… いや、そこらの新婚でもここまでじゃないってくらいに仲が良い。
それはもう、なんであれで子供が蓉子一人なんだって首を傾げる位にラブラブなご夫婦だ。
あれの二倍以上…… 想像つかないんだけど。
「もう二人ともいい年なんだから、もう少し考えて欲しいわね。仕事から帰ってみたら、メイド服を着て目をハートにしてるお母さんを見た瞬間げんなりしたわよ。しまった、今日はメイド記念日だった!って」
「へー」
そう言って悪態をつく蓉子をニヤニヤと眺める。
「なっ、なによ……」
「べっつにー」
「フンだ」
知ってるよ。こうして悪態つきながらも両親を二人きりにしてあげて、気兼ねなく思い切りラブラブさせてあげたくてうちに来てるってのは。
蓉子の両親も俺の所ならって全然心配してないって言われてたので、今頃は、全力全開でラブラブされてることだろう。
俺も少しでもお役に立てて嬉しいです。思い切り仲良くして下さい。
「で、蓉子はもう着ないの?」
「……はい?」
「メイド服」
「…………なんで知ってるの?」
その、射殺してきそうな蓉子の目にビビりつつ答える。
「ごりょうしんからききました」
「あっのバカどもー!」
絶叫の後、蓉子はしばらく悪態をつきまくった挙句、力尽きたのかテーブルに突っ伏した。
「中学まで着てたんだって?」
「あー、私の黒歴史~」
突っ伏したままジタバタと暴れる蓉子。
「いいじゃん、可愛かったよ」
そう言うと蓉子はガバッと顔を上げた。
「え? 見たの?」
「写真を一杯見せて貰った」
「まだ隠してたのかー」
「え?」
「全部、焼却処分した筈なのに……」
「可愛いかったのに、勿体無い」
「黒歴史なんだってば~」
そう言ってまたジタバタとする。
「いいじゃん。お陰で蓉子の普段の所作が綺麗な理由がわかったし」
「………………」
「知ってる? うちの会社の連中って蓉子のファンが多いんだ」
「はい? なんで?」
「蓉子が働いてるファミレスのウェイトレスの中でも、群を抜いて立ち居振る舞いが綺麗で、笑顔がいいから」
「そうなの? 普通にしてるだけだよ?」
「その自然な動作が綺麗だから目立つんだよ。注文を取るときの話し方が柔らかくて心地よい。料理をトレイに置いて歩いてるときも、ぶれずにすっと背筋を伸ばして歩く歩幅が常に一定で微笑みを絶やさない。俺だって、そういう所に一目惚れしたのが蓉子を意識する切っ掛けだし」
「…………」
そう言うと、顔を真っ赤にして俺の顔を見つめる蓉子。
うん。可愛い。
「あのファミレスの制服って余所に比べてスカート長めの青色基調で、どっちかって言うと綺麗系じゃない?」
「……うん」
「それに蓉子の所作がぴったりハマるんだよ」
「うー-」
ついに顔を突っ伏してゴロゴロし始めた。
可愛いな、おい。
「だからメイド修行の過去は無駄じゃ無いよ。お陰で俺は蓉子に出会えたし」
「……うん。私も健人に出会えて良かった……」
「というわけで……」
言いながら席を立って、机の引き出しから小箱を取り出す。
「本当は来週の連休に誘ってから頑張ろうと思ってたんだけど…… この流れなら言えそうだ。これ、貰ってくれるか?」
「なに、これ………… え?」
その特徴的な形の小箱に中身が何かわかったらしい。
「うん。蓉子にこれををつけてほしい」
そう言って小箱をパカリと開ける。
「……指輪……」
「俺と結婚してください」
蓉子が俺の顔と指輪を交互に見る。
それを何度か繰り返し、そして……
「末長くよろしく御願いします」
最高の笑顔で応えてくれたのだった。
後日、蓉子の両親に結婚の挨拶に行った。
勿論このご両親に反対などされる筈も無く、昼食までご馳走になり、食後のティータイムまでご一緒させて貰っている。
そしてティータイムの話題は馴れ初め話へと移り、そこで蓉子に妨害されつつもメイド所作の話をすると、蓉子のお父さんがにんまりとする。
「ほらみろ蓉子、やっぱりメイド修行は役に立っただろう? 元来、メイドとは花嫁修業の一環でもあったんだ。だからこんな良い男に見初められたんだぞ」
「ほらー、父さんが調子に乗った。だから止めたのにー」
言い争ってる父娘を柔らかな微笑みで優しく「ほら、健人さんが困っていらっしゃいますよ?」と窘め、「お代わりをどうぞ」と言いつつお母さんが紅茶を入れてくれた。
すっげぇ…… 音一つ立てず、何度見てもぶれない素人目にも綺麗な所作…… これがプロか……
目を丸くしてその一連の動作を眺めていると、「蓉子も出来ますから、今度淹れて貰うといいですよ」と、お母さんが言う。
まじか、して貰ったこと無い!
期待を込めた眼差しで蓉子を見る。
「う…… えっと…… わかったわよ。今度淹れるわよ。茶器セット買ってよね」
「買う。絶対買う。すぐに買う。だからお願い」
「はぁ…… もういいわよ……」
「蓉子には色々仕込んでますから期待してて下さいね」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
もう、期待しかねぇ!
「ははは、これは蓉子も新しくメイド服作るしかないな?」
「父さんっ!」
これは…… メイド服が繋ぐ新たな絆……なのか?






