旅立ち
空に輝くのは地球で言う太陽に似た星である「神星」であった。それがこの星の人々の頭上にふんぞり返り、その名のとおり神のごとく皆を生かしていた。
惑星センドロイドウ……。その星の地形は砂漠が六十パーセントをしめており、人間たちは暑さと息苦しさを我慢しながら暮らしているのだ。
「じいちゃん、今日も暑い日になるよ」
少年キンキは八十になる皺としみだらけの老人にそう言って笑いかけた。それに対して老人も笑いかけた。しかし、何も言わない。その老人は嫌というほど知っていたからだ。自分たちに暑くない日など来ないことを、「神聖」が自分たちに容赦などしないことを。
寂れた町だ。そこにこの少年と老人は片寄せあって暮らしている。仕事はこの星の人間にとって大事なことをしていた。井戸で濁った水を採取し、ろ過して売っているのだ。それが二人の仕事だった。
少年はちっぽけで身長は十六だと言うのに百五十センチしかなかった。しかし、老人はそれよりももっと小さい。
二人の顔は似ていない。赤の他人だからだ。しかし、二人は仲良く暮らしていた。
父と母は少年にはいない。少年は老人に何故かと訊いたことがあるのだが、老人はそれを訊くと悲しそうに黙ってしまう。だから少年もあまり訊かない。
「キンキい、ちょっと家の中に入りなあ。今日は天国へのお誘いの日だからよお」
老人はそう言って少年を手招きした。少年はその手に招かれ、出て行ったばかりの家へ戻る。
「じいちゃん、なんだい天国へのお誘いって?」
キンキは訊く。そんなことは訊いたことがなかったからだ。
「そうかあ、言ってなかったなあ。お前には言ってなかったなあ」
老人はそう言ってキンキの腕を掴むと、力いっぱい彼を抱きしめたのだった。
「なんだいじいちゃん、どうしたんだい?」
見ると老人の眼には光るものが見える。泣いているのだ。
「そうじゃあ、おれはなあ、わざと言わんかったんじゃあ。お前がなあ、誘われると思うとなあ、おれはどうしたらいいかわからんもんなあ」
老人はキンキに言うよりか、自分に言っているのだった。その顔は暗く、また悲しみをおびていた。
「じいちゃん、わけわからんよお。いったいどういうこったい?」
少年は首をかしげる。それが老人にはかわいくてしょうがないのだ。老人はさらに彼を抱く力を強めた。
「お前なあ、四人の女神様の話は知ってるよなあ」
「ああ、じいちゃんが子供の頃話してくれただろう。それがどうしたよお」
……この星がまだ緑豊かで子供たちも自然の中で遊んでいられた頃、空から四つの石像が各地方地方に落ちてきた。その石像たちは皆天使のような美しさの石像たちであったが、その石像たちのおこなったことはずいぶんと悪魔的であったのだ。
その石像たちがこの星の自然を枯らしてしまった。木々たちの生命をすいとってしまったのだ。元気な植物たちは枯れ、残ったのは貧相な植物たちばかり。
この星の新たな歴史はその石像たちから始まった。
「じいちゃん、その石像たちがどうしたんだ? なにか関係あるのか?」
「あいつらはなあ、自然だけじゃあねえ、おれたちの命も奪っていくのよ」
「どういうことだあ?」
「十年に一度、やつらは一人の人間に白羽の矢を立てるのよ。それでその白羽の矢が立った人間は、だんだんと病気になって、最後には死んでしまうんだあ」
「? それが今日だってのかあ?」
「そうだあ、おれはなあ、なんとしてもお前を守るぞお。女神さまだっておれのキンキを奪えやしねえ。おれのかわいい息子だもんなあ」
老人がそう言って数秒たった後、不思議な声が二人の頭に聞えてきた。
(女神は選んだ! 清く正しい子を! その子は光の速さで我らに奉仕し、光の速さで天国へと昇っていく! 訊け、この星に住む人々よ! すべては新たな宇宙のために必要なことだ!)
威圧的なその声に驚いたキンキは「あっ!」と声を上げた。
老人は叫ぶ。
「だめだあ! この子はやれねえ! この子はおれの命より大切なもんだあ! この子を奪ったりしたらおれは戦うぞお! お前らなんて怖かねえっ!」
外から女の悲鳴。キンキはなにごとかと、放そうとしない老人を押しのけ、外へ出た。
外には隣の家のおばさんが地面に突っ伏していた。そしてその傍らには娘のアンリがいた。
アンリは金髪の優しい顔をした十二歳だった。しかし、見慣れぬものが彼女の胸に刺さっていた。
光の矢。眩く輝くそれは黄金色にアンリの顔を照らしていた。
「アンリっ、なんだそれ?」
キンキは驚いて訊ねた。しかし、アンリは首を振るばかりで何も言わない。どうやら痛みはないらしい。
その矢はだんだんと霞のように消えていき、最後には本当に跡形もなく消えてしまった。
隣のおばさんが叫んだ。
「ああ! なんてこったい! この子が、この子が選ばれてしまうなんて! ああ、本当に、なんてこったい!」
泣き叫ぶおばさん。戸惑うアンリ。立ちすくむキンキのそばに飛び出してきた老人が言う。
「げえっ、アンリちゃんが、ま、まさかあ」
町の人々がどこからかぞろぞろと出て来た。そしてアンリを囲んで膝をつき拝む。
まるで、神に拝むかのように。
「やめとくれ! アンリに対してそんなことをするのはやめとくれっ!」
おばさんは泣き叫ぶが、その声のどこかにあきらめの気持ちが入っていたようだった。
老人も膝をついて拝みだした。しかし、キンキは無理矢理に老人を立たせ、家の中へと連れ込んだ。
「なにするんだあ、キンキ……」
「よく恥ずかしくもなくそんなことができるなあ! 選ばれてたのがおれだったら、そんなことをしないくせに!」
キンキは老人を力いっぱい殴った。老人は土間に倒れこみ「ぐっ」っと小さな声を出した。
「馬鹿げてるっ! 全部馬鹿げてるっ!」
キンキは家を飛び出した。
「どこにいくんだあ、キンキ! 戻ってこおい!」
老人は叫んだ。しかし、キンキにはそれが聞えていたのかいなかったのか。
「馬鹿げてらあっ! 全部馬鹿げてらあっ! こんな馬鹿げてることお、やめさせんとお!」
キンキは去った。この町から去った。彼の行く先は女神たちの住む石像ところだ……。
砂嵐がキンキを妨害する。キンキは前へと進めない。
だが、ここがどこかもわからずに、キンキは無我夢中で歩く。
しかし、体力はどんどんと消耗し、ついに彼は倒れてしまった。
砂たちは容赦なく彼を埋めていった。まるで自分たちの体の中へと吸収するように。
「おい、無事かあ?」
「……」
キンキは暗闇の中から聞える声に返事をしようとした。しかし、唇はもぞもぞと動いただけで、じゃりじゃりとした砂を舌で感じるばかり。
「しょうがねえ、連れて行こう」
キンキは身体を掴まれた。そしてなにか大きな生き物の背中に乗せられたかと思うと、そこからある一定のリズムの振動を彼に与えた。
そこで彼の意識は途絶えた。
キンキは明るい光で眼を覚ます。辺りは暗く、夜になっていた。隣にはラクダが一頭寝ている。そして少しはなれたところには焚き火にあたる一人の男が……。
「気がついたか?」
男は薄いフードをかぶり、無精ひげを生やしていた。眼つきは鋭く、炎のきらめきで時たま青く光った。
「……」
「ほら、水だ。腹は減ってるか? 乾燥肉でよければあるぜ」
でかい水筒をキンキに抛った。キンキはそれを掴み、口を回した。そして、ぐびぐびと喉を鳴らして飲んだ。
男はそれを見て笑った。そしてくるりと後ろを向いた。そこからしばらくの沈黙。物静かな男らしい。
「……ありがとう」
キンキは礼を言った。男は後ろを向いたまま頷く。
男は後ろを向いて何かをキンキに抛った。キンキはそれを受け取る。カチンカチンに固まった乾燥肉だった。
キンキは口に運ぶ。……固い。彼は噛むことを止めた。
「あんた、助けてくれたのか?」
「そうだな」
「なあ、訊きたいことがあるんだけど」
「なんだ」
「女神の……石像はどこにあるんだ?」
「……なんだ、そこになんのようがあるんだ?」
「……」
「いや、おれが悪かった。おれは他人のやることにけちをつけない主義だった。お前がどこに行こうとどうでもいい」
「……」
男は固い肉をその頑丈そうな歯でむしった。そしてうまそうにむしゃむしゃと口を動かした。
「お前、名前は?」
そう言って笑った。
「キンキ」
「そうか、おれはジュウドウ。運び屋をやってる。手紙だろうと食い物だろうと、金さえ払ってもらえばなんでも運ぶ」
ジュウドウは懐からくしゃくしゃに潰れたタバコを一本取り出し、焚き火に近づけた。そして口に運ぶ。
「ふう。石像は遠いぞ。ラクダに乗っても五日はかかる」
「そうか……」
「……」
鼻から煙を吐き出し、ジュウドウはキンキを眺めた。
とんでもないやつだと思う。長いマントを身体に巻きつけただけで、食料も水も何も持っていない。そんな装備でこの砂漠を越えられるとでも思っていたのだろうか? だとしたら生きることをわかっていないただの馬鹿だ。
しかし、ジュウドウはそんな馬鹿なやつが好きだった。そう思うと、彼は自分を笑い、何も知らないキンキを笑った。
「連れて行ってやろうか?」
「ほんと!」
「ああ、本当だ。けどな、おれはお前の命を預かったんだ。おれたちは一蓮托生。お前の石像へ行く理由を訊きたい」
「主義はどうしたんだ?」
「そんなものくそくらえさ!」
キンキはジュウドウに話した。彼が石像へ行く理由を。
「ほお、なるほどなあ。なんにせよ、おれはお前を連れて行くだけだ。だけどな、おれは西の石像にしか連れて行けないぜ」
「西の石像?」
「おいおい、石像は四つあるんだぜ? それも知らないのか」
「知らない」
「ふうん。そうか。まあ、なんにしてもおれはお前を連れて行く。それは確かさ」
ジュウドウは指をキンキの右側に指した。そこには小さなテントが張ってあった。
「疲れたらあそこで寝ろ」
「うん」
キンキは立ち上がった。身体がだるく、もう寝ようと思った。そこに行く途中また肉を噛んだ。やはり固い。しかし、それは自分の血肉をなるものだ。彼は力を入れて齧った。そして飲み込む。甘い肉の味が舌に残った。
ジュウドウはキンキが入ったテントを見る。
「……おもしろいねえ。おもしろいよ。そして偉いよ。運命に抗うなんて……偉いよ、あんた」
煙が眼に沁みた。そのせいか涙がこぼれそうになった。




