第5章 その3 トゥームの神たる者への変貌
アレピオスは、まるでおれが答えたことが気に入らないというように赤ランブを点滅させた。
おれが喋るのと、もう一人の誰か――アレピオスを作った人――が話しているのとを区別出来るみたいだった。
「今言ったとおり、お前は私があの時言った時点ですでに、己の力を駆使し、生命を生み出すことをプロジェクト〈計画〉の中に組み入れていたのだろう。しかしそれはトゥームにいながらしても出来たはずだ、私とていつまでもお前の前にいるわけではない、人には寿命というものがあるのだから」
アレピオスは語り手がその人に変わったとたん話した。気に入らない。
――しかしそれでは私の中に記憶されたあなたは、永遠に私が越えられなかった障害として残ることになる、我々コンピュータ、ロボットは人間に直接危害を加えてはいけないものとされ、その行為に及ぶことは自分の中の思考回路を大半焼き尽くしてしまう結果となる。
私はあなたに永遠の苦痛を残す為、自らの大半を失うのを承知で――もちろんその後、失ったすべてを取り戻せることを計算したうえで――細菌とワクナル〈死の石〉に合まれていたD成分《部分DNA除去成分》とを、私の爆発の際生じる、熱圧と爆圧により融合させたのだ。トゥームすべてに危害を与えんが為に。
――最もその時点で私は、D成分が人々のどの機能を取り去ってしまうのか知るよしもなかったが、私の作ったアンドロイド達をトゥームに送った折、その被害結果を知ることが出来た。声帯器官の機能が除去されただけのようだったが……私はあなたに勝ったわけだ。人から文明として必要な声を奪い、言葉を失わせた。ラフィン博士。そして今また私は『神』としてトゥームを支配するのだ。いくらあなたに力があろうとそれは二万年前の過去のものだ。
電光パネルが得意気に瞬いた。
「…………」
彼は沈黙していた。
彼、ラフィン博士がもの言わずとも、おれにはその沈痛さが手にとるようにわかった。
アレピオスの言った通り、奴はラフィン博士に永遠に続くだろう深い悔恨と責任の念を与えることに成功したんだ……。
――それに私はもう『神』としての条件をすべて満たした存在なのだから。
その言葉におれは、はっと息を呑んだ。
先刻から治まらないでいる悪寒や戦慄に加え、鳥肌まで立ち出した。
不思議とカブセルの中にいるラグ達も同じように感じているのが自分のそれのようにわかる。
神としての条件――すなわち『生命を司る者』――それをアレピオスは満たしたと言った……。その言葉から、有機生命体から何か他の生物を作り出したのではなく、真に自身の手によって作り出したものなのだと、おれ以外の何かが教えてくれる。
――私はを生み出した。
そのテレパシーと共に、奴の、奴の巨大化した悪魔的なほどに美しい冷ややかな笑みがおれを襲った。
夢で見た顔! スクリーンで見た男! 奴だ!メディアに苦痛的テレパシーを送り、トゥームに災害を与え、己を神と認めさせようとしていた主!
奴の凄まじいまでに美しい微笑と共に、思念波がおれの中に広がる。
――我こそは『神』。『新たなるトゥームの神』なり。古き時は、今お前が私に敗れる瞬間に慕を降ろす。そしてお前は永遠の屈辱を背負い宇宙を徘徊するのだ! 同時に時はすべてこの私、ヒューアス〈新しき者〉のものとなる!
――さあ、私の元まで来るがいい。私の元へ。そしてお前は私にすべてをゆだねるのだ。来い!
身体が、おれの身体が奴のテレパシーに呼応するようにして前へふらりと歩み出した。
おれの意志とは無関係に、コンピュータ・アレピオスヘと体は向かう。
これは奴の、ヒューアスという名の、奴の誘導なんだろうか……。奴のもとへ行く為の、奴と出会う為の誘導……?
その割には、割と鮮明な意識を保ったまま、おれはアレピオスの前まで、歩かされた。
床に軽い振動が走った。次いでアレピオスのランブがチカチカと点滅し、低く唸った。
しばらくの間それが繰り返されたが、他には何の変化も見受けられなかった。おれ自身の体も、ただ立っているだけ、何も起こらない。
どうしたんだろう。
アレピオスは、次に自分がしなければならない手順を嫌がっているようにさえ見える。
長い間静寂のすえ、アレピオスのパネルが青色に変化し、落ち着いた。
――少年よ。
これはアレピオスの思考波だ。
――お前は人間だ。トゥームの人間ではなくとも、異郷のヒューマノイド〈人間型〉の生命体に違いはないはず。私にはそれがわかる。だからお前に危害を加えようとは思わない。
――しかし私の子ヒューアス子は違う。ヒューアスは私の分身でありながらも、トゥームの人間の脳と同じ情報を植え付けた為、トゥーム人達がつくりあげ信じているにすぎない〝トゥームの神〟をも信じてしまった別のものでもある。
――わかるであろう? 少年よ。ヒューアスにとり、トゥーム人から〝神〟と認められているお前の存在は倒さなくてはならない相手なのだ。あの子が、〝新しき神〟となる為に。お前は存在してはいけない。
――哀れな少年よ。例えお前に多少の力が備わっていようと神ではない者よ。
再び沈黙が訪れた。やはり、おれを奴の元へ送るのを躊躇っているような感じだ。
かと言って、まさか機械が慈悲心を出してくれてるとも思い難い。今の話にしても、それが本当に言いたかったことのようには思えないし……。アレピオスは一体何を考えているんだろう。
しかしその沈黙は意外と短いものになった。おれの眼前の、アレピオス本体の一部の側面が、スライドして六角形状の空間を作ったからだ。扉――?
――入るがいい……。少年よ。
アレピオスが命じた。が、その口調にはまだ幾分かの迷いがあるようだった。
扉の向こう側は暗くてよく見えない。この中にがいるのだろうか――。
ふいに体が前進した。まるで見えない鎖に引かれているように、おれの体が、足が、アレピオスの機械の中へ一歩踏み出そうとした、その時。
――駄目ぇっ! 行っちゃ嫌ぁ! リーダー! 嫌よぉ! 行かないで! 行っちゃ駄目よぉ! リーダー!
体が動きを止めた。おれは頭上を仰いだ。声の主はルアシ。
青く大きな瞳から涙が頬を伝って流れていた。カブセルの底に膝をつけ、下にいるおれに向かって懸命に叫び続けるルアシの声は、カプセルの壁に遮断されているにもかかわらず、おれに届いた。
――行っちゃ嫌よぉ……嫌ぁ! 行かないでぇっ! 行かないでぇったらぁ……。
そうなんだ……おれがヒューアスと会って、闘って、死ぬようなことになれぼもう二度とこいつらとは会えないんだ。助けてやれないんだ……! 地球へ帰れない……。
――リーダー! 行かないで!
――そうだよ! 行っちゃ駄目だよ、リーダー! 殺されに行くようなもんだよ! 行かないで! リーダーぁ!
視線がラグの姿をとらえる。
そう、おれは決心してここへ来たはずだ。こいつら全員を助けると誓って……ここへ来た。
――リーダーのバカ野郎! オレ達を見捨てて、自分だけ敵と戦って格好よく死んじまうつもりなら許さねぞ! たかが……たかが機械にバカにされて……な、何が、リーダーだよぉ!
シーダは声をつまらせ、それから右腕でぐいと涙を拭いた。
あの大のメカ好きが……一体どんな気持でメカを非難しているのかと思うと、おれには返す言葉も見つからなかった。
――だいたいメカってのは人間と共存して行くもんで、人間を管理とか支配なんてしちゃいけないもんなんだ! バカのひとつ覚えみてぇに、神、神、神、神! おれは神様なんか信じてねぇからな! そんな野郎の作ったものなんて、ただのサイポーグだ! そいつと闘うぐらいなら、殺されに行くなら、オレも連れてけぇっ! リーダーの大バカ野郎!!
そうだなシーダ。多分に今のおれは大バカ野郎だ。
無謀にも奴と正面きって渡りあってやろうじゃないか、という気分になって来たのだから……。お前らの為と、トゥームの人達の為に。そしてその誓いを思い出させてくれたのも、その力をくれたのも、おれじゃなくてお前ら……なんだ。
おれは体を縛りつけている力を振り解くように、ルアシ、ラグ、シーダ達に向かって叫んだ。
「ごめん! 行って来るよ!」
――リーダー!?
一勢に抗議の声を上げようとする三人に、おれは笑いながら片目を閉じてみせた。
「一緒に地球に帰ろうな!」
間をおいて、三人は頷いた。
――待ってる。
それからおれはミラクさんに向き直って剣アティヌを持つ右腕を高々と差し出した。
この人に、何も言葉は必要ないのかもしれないけれど。
「おれの武運を祈っててよ」
彼はカプセルの中、さっと片膝をつけ、頭を深く垂れた。
〈はっ。御意のままに〉
「じゃあ」
おれは剣を降ろして、アレピオスに向き直り、一言残した後、扉の中へと入って行った。
「それからな、おれの名前は少年じゃなくてユウって言うんだよ!」




