第1章 その1 災いの始まり
「こらぁー! 待たんかマサオカ!」
うへっ、冗談じゃない。
おれは遠く後方で叫び続けている、世界情報学科の教師の声を無視して、学校の裏山へと続く三百段以上もある石段を駆け上り続けていた。
さすがに半分を過ぎると汗が吹き出し、足も多少だるくなってきたが、コンピューター・ティーチャーの〈ソシアル〉相手に、この一週間に起きた世界のありとあらゆる事項を暗誦させられることにくらべれば苦にもならない。
やっぱり、せっかくの土曜日を補習授業なんかでパアにする気はないんでね。
額から眼へかけて滝のように流れてくる汗を両手でかわるがわる拭いながら、おれは石段の上まで一気に駆け上がった。
「ハァ……」
地面に手をつけ、ゼイゼイと喘ぐ。
どうやらアジアの血を引く青い眼の教師も、ここまで追ってくる気はないらしい。山の上から見下ろしたおれの目に、小さな人影が校舎の中に消えて行くのが映る。
「つ、疲れたぁ……」
やったぁ! と叫ぶよりも、出た言葉はこれ。
武道家の親父がこのありさまを見たならば、間違いなく一喝を下すだろう。
あー、やなことを思い出したもんだ。
平常に戻りつつある呼吸を整えると、立ち上がる。ガキの頃から親父に鍛えられたおかげで、回復は早い。
おれは目の前に続く、細々とした一本の山道を歩き始めた。この辺りは、確か数十年前にハイキング・コースとして設けられたものらしいけど、今のこの時代、わざわざ疲れるために歩こうという人間はいないらしく、その小道は五分と歩かないうちに、雑草で覆い隠されてしまっていた。
「あ~あ」
おれは道に頼るのを諦めて、雑木林の中へと足を踏みいれた。
それにしても、この山の中に入ったのは何年振りだろう? いやぁ、久しく来ない間にずいぶんと荒れ果てて、山の管理人は何をしている! と思ったけどまぁいいや。中腹辺にあったはずの、谷間の辺りまで足を伸ばしてみるとしよう。
三十分近く歩いて、着いたガケっぷちから下の川を見下ろしたおれは、目を丸くしてしまうこととなった。
とにかく、おれは・・それの正体を見極めるべく、高さ約二十メートル強の急斜面を滑降して、川岸に下り立った。
「うーん。不気味だ」
向こうの川岸からこっちの岸川までの谷間いっぱいに、直径五十メートルはあるだろう、球を楕円の六角形っぽくつぶした様な、シルバーブルーに輝く物体が水面スレスレに浮かんでいるのだから……。
すると突然、それを見ていたおれの後ろから、声が聞こえてきた。
「ほら、やっぱりあったでしょう」
「本当だ、何で急に見えるようになったのかなぁ……」
ん? 子どもの声だ。
見ると川岸にそって、右手の方から五、六人の小学生達が、このでかい物体を指さしながらワヤワヤとした様子でやって来た。
手にバスケットやらバッグやら持っているところから見て、ピクニックにでも来たんだろうか?
その五人の子ども達はおれに気づいてか、そばまで来ると立ち止まった。
「お兄さん、宇宙人?」
へっ? 三、四年生ぐらいの茶色い髪をした男の子が、おれの顔をまじっと見つめた。
「宇宙人なわけないじゃない。ね、お兄さん、お名前は?」
金髪碧眼の、くるくるした瞳の女の子が、笑いながらそう言った。
金髪碧眼――今の時代は、日本も近隣の諸外国との交流が深くなり、過去の横浜のように金髪さんや青い眼のハーフの人々が往来していても、たいして珍しくもないし、逆に一般化してしまっているといっても過言じゃない。
一見、日本人に見えても――日本の国籍ではあるのだけれど――二世だとか三世だったとか言う話はあたりまえになりつつある。
その為、最近ではいわゆる生粋の日本人と呼べる人達が、極端に減り始めているのが現状だ。よく、ひと昔かふた昔に、産婆さんに取り上げられて生まれた人達は、現代においては大変珍しい人だとかいわれていたのと、同じような扱いになっているわけ。
ところで、おれはというと、その珍重品扱いされている人間にあてはまってしまう。うちが、代々武道家で道場なんてやってるもんだから、親同士もそっちの関係で知り合ったらしく、今もって純和風の家柄。
おれは、目の前のフランス系っぽい顔立ちの、長い金髪をふたつに分けて結わえている女の子に答えた。
「おれはユウ。ユウ・マサオカ」
「あら、じゃあ生粋の日本人かしら? 目の色も髪の色も、おまけにその学ランまで真っ黒」
クスッと笑う金髪の女の子の隣で、もうひとりの女の子――あれっ? この子茶色の髪といい、おれのことを宇宙人とかいった子と、同じような顔をしている――も一緒になって笑い、そして言った。
「まるでカラスね」
別に……いいんだけどね……。
「ところで、このでかいの君達の?」
そう言ったおれの言葉に、今まで別の子と話をしていた栗色の髪に緑色の眼をした、ソバカスのあるモロ、アメリカン・ボーイという感じの最年少の少年が振り向いた。
「冗談! オレ達のなわけないだろう」
ム……なんてガキだ。
「連合軍かなんかの艦か、そうでなきゃUFOってことになるなぁ」
シーダと話しをしていた、帽子をかぶった少年が肩をすくめるジェスチャーをしてみせる。
「えっ? じゃあ、これ宇宙船なのか?」
嘘だろー? おれは、いままで・・これが何かと悩んでいたというのに。
と、あのソバカスのガキが、大声で笑い出した。
「これ宇宙船なのか? だって! 兄ちゃんバカじゃねえの? 本当に中学かよ」
ぐっ、言い返すセリフが出てこない。
「だけど、さっきまでなかったのに、どうして急に現われたんだろう? サミーとアミーには見えてたんだろう? 最初っから」
「そうよ、見えてたわ」
サミーとアミー? このふたりの名前のようだけど………。
そんなおれの様子に気づいたのか、帽子の少年がニコッと笑いかけてきた。
「一応、自己紹介するね。ぼくはラグ、フルネームはラグ・ミラン。六年生だよ」
すると間をおかずに、ラグにぺとっと寄りそった金髪の女の子が続けた。
「あたしはルアシ、ルアシ・サーマンよ。五年生★」
あ、あははははは―。
おれ、思わずあとずさりしかけてしまった。このルアシとかいう女の子、おれにウインクしたのだ。
「ボク、サミー。小学四年生。でね、こっちはボクの妹」
サミーに紹介された、茶色の髪の女の子。
おれのことを『カラス』だと言った子だ。
「わたしはアミー、アミー・ミズシマ。サミーとは双子なの」
どうりで顔かたちが似てると思った。けど、性格のほうはなんとなく……うん。
「オレはシーダっていうんだ。シーダ・ティド、二年生」
例のソバカスガキが、不敵な笑いを浮かべた。虫の好かない、とはこーいうことをいうんだろう。六つも年上のおれに向かって。
シーダ、シーダ・ティドとかいったな。よ~っく覚えておいてやろう。
内心そうブツブツ思っていると、
「ねぇ、このUFOの中にはいって、探検してみようよ」
サミーだ。なんだか物騒なことを、軽々しく口にする子だなぁ。
「でも、どこから入るの?」
「あそこ。扉が開いてるところ」
サミーの指さす方向を見て、ルアシが目を丸くした。
「あらホント。入り口が出来てる!」
UFOのちょうど真ン中辺に、ハッチが降りていて、入り口が開け放たれていたのだ。
「面白そうね、このUFO。最初見つけた時は、あんな入り口なんて見あたらなかったのに……まるで、わたしたちの到着を待ってたみたい」
アミーとサミーの双子が、互いの顔を見てうなずきあっている。
なんとなく、不気味な双子だなぁ―。
「オレも乗ってみようかな。ひょっとしたら宇宙人に会えるかもしれないしな。おい、ラグはどうすんの?」
と、シーダ。
「うん。中がどうなってるのか、見てみたい」
「ラグが乗るならあたしも★」
このルアシって子、そうとうマセてる。おれ、めいってしまいそう。
ルアシのセリフが終わると、連中の視線がおれに向けられた。
それも『帰してなるものか』といった表情でだ。
「わあった。わあった。一緒に乗りゃあいいんだろう」
わあっ、という歓声が上がった。
くそお―っ。一体何の因果で、せっかくの土曜日を小学生に囲まれてUFO探検せにゃならんというんだ。まったく……。
「じゃあ、今日はお兄さんがボク達探検隊のリーダーだね。わあっ、カッコイイ!」
サミーがひとりで、手をパチパチたたいている。
「そうね。お兄さん、じゃ何か変だものね。リーダーがいいわ。 ね、リーダー?」
ルアシが可愛いらしく言うもんだから、おれ思わずうなずいてしまった。
「じゃ、リーダーも決まったことだし、さっそく中に入ってみようよ」
ラグが前に立って言った。
なーにが、リーダーだ。結局はあの坊やがリーダー・シップをとっているんじゃないか。
「何すねてるの? リーダー」
「へっ? あ、アミーちゃん」
「アミーでいいわよ。さ、リーダーがお先にどうぞ」 アミーの台詞に、シーダが少しふくれっ面をした。
どうやら一番乗りしたかった口らしい。
「しょーもない」
言葉でこう言いつつ内心はドギマギとしながら、タラップに足をかけ、シルバーブルーに輝く巨体の中へと入って行く。
「ふえ―っ!」
思わず感動のため息。
この宇宙船の中。廊下の壁が青く発光している。それも、暗い光りかたじゃなくて――空。そう、青空のような透明な光を放っていた。
「リーダー、なんともなぁい? だれもいない?誰か出てきそうじゃなぁい? 誰もいない?」
ルアシの声に後ろを振り返ったおれは、連中がまだタラップの下にいることに初めて気がついた。
あいつらまだ外にいたのか。
「大丈夫みたいだけど……」
「みんな、大丈夫だって」
ルアシの声と共に、ガキ供が一斉に船ン中に駆け上がって来た。
――と、いうことはだ……? つまり、おれは毒味の役をさせられたのかぁ?
そっ、それも……あんなガキ達にぃ!?
おれが壁によりかかって呆然としていると、今度は連中が勝手にちょろちょろと歩き始めた。
あっちこっちから声が聞こえてくる。
「ねぇ! これ連合軍のじゃないわよね」
「やっぱりUFOだよ」
「おーい! 宇宙人さんやーい!」
「たくさん部屋があるよぉ」
別に……いいんだけどね。元気な子ども達だ。
しょーもないので、おれもボケッとするのをやめて、宇宙船の艦橋部分へとつづく感じのメインの廊下を選んで歩き始めた。
「あら、リーダー」
曲がり角から、同じ顔がふたつ現れた。
「どこ行くの。一緒に行こ!」
「この先のほうに何があるかと思ってね」
サミーにそう答えると、それを見ていたアミーが口元に微かな笑みを見せた。
「地球産の乗り物ならほとんど、ブリッジがあるわね」
少し歩くと、目的地らしい部屋にぶつかった。
スライド式のドアで、五十センチほど手前に来ると自動的にスッという感じで開いた。
「へえーっ。ここがブリッジか……誰もいない様だけど」
「無人船のようね」
そのブリッジ部屋に入ると、まず目につくのが正面に据えられている巨大なスクリーンだ。ちょうどシネマ・スコープの様な、六角形の細長型。
そして、その下のコンソールには、数々の計器類等と色つきのパネルボタンやレバー、小型モニターなどが設置してあり、置いてあるシート座席からみて、三人で操縦する操縦席の様だ。
あとは壁づたいにソファらしきものがずらりと並んでいるほかは、何もない広い部屋だった。
おれとアミー、サミーの三人が、この部屋のちょうど真ン中辺まで来たその時。
突然どこからともなく、機械音らしきものが船全体に響き始めた。
「わぁ―!!」
廊下の方で叫び声が上がり、ついで数人の足音がこの部屋に近づいてきた。
ラグ、ルアシ、シーダの三人のようだ。
今の解読不明の音に、驚いたんだろう、と。
「宇宙人だよぉ!」
「ちょっ! サミー! 兄さん!!」
「ばか! や止めろおっ!!」
おれとアミー、同時に叫んだ。
サミーの奴が突然、操縦席らしきデスクのパネルボタンやらを、めちゃめちゃに押し始めたからだ。
「わあ―っ! 止まれ、止まれえぇ――!」
機械の――どっちかというとコンピューターに近い――音声が急にトーンを上げ、わけのわからない言葉をわめき散らしたかと思うと、突然糸が切れたようにプッツリと止んでしまった。
「あ―! いたぁ―!!」
サミーを取り押さえている、おれ達の後ろからラグの声がした。
ゼイゼイと荒い呼吸をしているところを見ると、おれ達を探して駆けずり回ったらしい。
「ね! リーダー聞いた? 今変な声が……あら? 終わってる……」
ラグにつかまって深呼吸していたルアシは、そう言った後、急にハッとした表情になって叫んだ。
「アミー! サミー! どうしたの?」
「えっ?」
驚いて見返すと、ふたりは床にひざをついて、両手で頭を押さえつけていた。
「おい、大丈夫か? どうしたんだ?」
すぐにラグ達も駆け寄ってくる。と、そのラグの口から、思いがけない言葉が飛び出した。
「・・また・・何か・・・・起こった・の・・かい? それとも磁場か何かのせいかい?」
アミーとサミーが、苦しそうにうなずく。
「何だぁ―? その磁場とか何とかって、このふたりに関係あるのか?」
おれ思わず叫んでしまう。
「え……と」
ラグが、少し言いずらそうな顔で帽子の縁を前に下げた。話していいかどうか迷っているみたいだ。
それを見たシーダが、真顔で言った。
「アミーとサミーは霊感を持ってるのさ」
「霊感?」
驚くおれに、ルアシがシーダの頭をつっついた。
「霊感じゃないって言ってるでしょう、シーダ。超能力っていうの! 何度言ったらわかるのよぉ、まったく。あのねリーダー、超能力者なのよ、このふたり。」
「ちょーのーりょくしゃーああ???」
今度は何というのか……あまりにも嘘っぽくて、信じられなくなってきた。 すると、頭を押さえていたアミーが声にならない声でつぶやいた。
「じ、磁場が……変なの……何かこう、よくわからないけど……」
うーむ。このふたりが演技しているようには見えないし……。
しばらくの間、おれ達はどうしていいのかわからず、オロオロしていたのだが、やがてアミーとサミーがぐったりとして立ち上がると、安堵のためいきをこぼした。
しかし、このふたりが超能力者ねぇ……信じがたい。
「あら、そんな目で見ないで……、わたし達超能力者なんかじゃないから……」
アミーがおれの視線に気がついてか、弱々しく答えた。
しかし……本人が否定しているということは……?
「あのね、ボク達ただ『カン』がいいっていうだけなんだよ。双子だからって言う人もいるし」
「あら、だってよく幽霊を見たり、誰が来るか当てたりするじゃない」
「スプーン曲げたの見たことあるぜ」 ルアシとシーダの連打にアミーが苦笑いをした。
「幽霊を見るのは普通の人だって見るし、『カン』のいい人なら電話のベルを聞いただけでも誰からかかって来たのかわかるわ。スプーン曲げなんて超能力開発の初歩だから、特別なことでも何でもないっていつも言ってるでしょう? ラグ」
アミーの指名を受けたラグ、帽子を人差し指でくるくる回している。
「けど、ぼく達には最初見えなかったこのUFOを見ていたのも事実だ。それに何かあるって言った時は必ず突拍子もないことが起きる。だろ?」
「まあね」
アミーは肩をすくめて仕方なさそうに笑った。
何だ、別にたいしたことでもないんじゃないか。『カン』がいいなんて言われたことのないおれだって、この未確認飛行物体を発見した一人なんだし。
「そんなことよりアミー、早く外へ出ようよ。ここなんだか変だ」
「そうね……」
サミーの言葉にアミーがうなずくと、
「じゃあみんな、外へ出るよ。忘れ物はないね」
ラグの声にシーダが元気に返事をした。
ブリッジをあとに廊下を歩きながら、おれ、ラグに聞いてみる。
「アミーやルアシ達なんでバッグなんか持ってるんだ? 学校帰りじゃないんだろう?」
「うん、あのねぼく達毎月一回この山にハイキングに来てるんだ。ルアシの持っているバスケットには、お昼に食べるサンドイッチやジュース類が入ってるんだよ」
「へえーっ、ハイキングかぁ」
いいなぁ、なんて思ってたらかなり先行していたはずのシーダが、目を真ん丸くして駆け戻ってきた。
そして、出た言葉は……。
「ラグ! ハッチが、ドアが閉じてる!!」




