第7話:初めての歓声
ボルスとの再戦。それは数日後、より多くの子供たちが集まる「空き地」で実現した。前回の敗北以来、ボルスは父親――村の自警団員から中級の魔法杖を借り出し、なりふり構わぬリベンジを誓っていた。
「おい、カイト! 今日こそはその小生意気な面を土に埋めてやる!」
ボルスの手には、魔力を増幅させる鈍い光を放つ杖。対するカイトは、相変わらずボロボロのシャツ一枚。だが、その佇まいは前回と決定的に違っていた。
「……始めるか、ボルス。ただし、今日は一つルールを決めようぜ」
「ルールだと!?」
「ああ。俺が倒れてカウント三つ数えるまで、お前の勝ちじゃない。……そして、見てるみんな。もし俺が立ち上がったら、最高の音を聞かせてくれ」
カイトは周囲を囲む十数人の子供たちに視線を送った。戸惑う子供たち。だが、カイトの目は「遊び」のそれではない。命を懸けた表現者の目だ。
【システム:感情魔力変換】
【観客の“戸惑い”が“期待”へと変質中……】
「死ねぇっ!」
ボルスが杖を振る。増幅された土魔法は、鋭い礫の弾幕となってカイトを襲った。カイトは、あえて動かなかった。
バシッ、ボゴォッ!
肉を打つ嫌な音が響く。肩、脇腹、太ももに礫が着弾し、カイトの体から血が滲む。観客から悲鳴が上がる。だが、カイトは倒れない。
(……まだだ。まだ熱が足りない。もっと絶望を見せろ、ボルス!)
「どうした! 逃げないのか!? なら、これでおしまいだ!」
ボルスが杖を突き出し、巨大な土の塊を頭上から振り下ろす。カイトはそれを受け止めようと両手を広げ、そして――あえて無様に、押し潰されるように倒れ込んだ。
ドォォン!
地面に叩きつけられ、動かなくなるカイト。ボルスが勝ち誇ったように笑う。
「見たか! これが魔力の差だ!」
観客の子供たちは、ショックで言葉を失っていた。
「カイト……負けちゃったの?」
「やっぱり、魔法には勝てないんだ……」
重苦しい絶望が空き地を支配しようとした、その時。
ズズッ。
土の下で、カイトの指が動いた。カイトは、泥を吐き出しながら、ゆっくりと、本当にゆっくりと、震える腕で地面を押した。
(……聞こえるか、ボルス。……見てるか、みんな)
カイトは片膝をつき、胸に手を当てて、天を仰いだ。その顔には、苦痛を越えた先にある「愉悦」の笑みが浮かんでいた。
「……カイト……?」
「立つの? あの状態から?」
一人の少年が、無意識に拳を握りしめた。カイトが立ち上がろうとするたびに、ボルスが焦って魔法を放つ。だがカイトは、その一撃一撃を全身で「受け」、ヨロヨロと、しかし確実に垂直へと立ち戻っていく。
その不屈の姿に、観客の心の中にある「何か」が爆発した。
「……カイト! 立てぇ!」
一人の叫びが、火種となった。
「カイト! 負けるな!」
「カイト! カイト! カイト!」
それは、ただの声援ではなかった。リズムとなり、波となり、空き地を震わせる「コール」となった。
【感情魔力変換:限界突破】
【観客の“熱狂”が臨界点を突破】
【特殊バフ:『不滅のベビーフェイス』発動】
カイトの全身から、眩いばかりの黄金の魔力が噴き出した。
溢れ出す熱気が、ボルスの放った魔法の土を蒸発させる。
「な、なんだ……この音は、この光は!?」
「……ボルス。これが、俺たちの力だ」
カイトの声は、地鳴りのように響いた。一歩。カイトが進むたびに、「カイト!」というコールが地を揺らす。もはやボルスには、カイトが巨大な巨人のように見えていた。
「う、うわぁぁぁ!」
ボルスが自暴自棄に杖を振り下ろす。カイトはその杖を左手でがっしりと掴み、右拳を大きく後ろに引いた。
「俺の勝ちは、俺が決めるんじゃない。――こいつらが決めるんだ!」
ズガァァァァン!!
渾身のラリアットが、ボルスの胸元に炸裂した。
魔法の障壁ごと、ボルスの体は後方の茂みまで吹き飛んでいった。
決着。しかし、カイトは倒れた相手を見なかった。彼はそのまま、自分を応援し続けた子供たちに向かって、泥だらけの両手を高々と突き上げた。
「ウォーォォォォォォ!!」
勝利の咆哮。
それに答えるように、空き地には地割れのような歓声が鳴り響いた。
これが、カイトが初めて手にした「本当の歓声」だった。魔法を超越する熱狂。
この瞬間、カイトはこの世界の神々に、プロレスラーとしての存在を、力強く知らしめたのである。




