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第16話:闇の笑み

 カイトが雪山の頂で太陽を仰ぎ、アルスが白亜の研究所で月光のような冷徹さを研ぎ澄ませていた頃。三男、レオンがいたのは、そのどちらでもない場所だった。


王都の華やかな大通りの真下、幾重にも重なる下水道のさらに奥底。そこには光も届かず、法も理屈も通用しない、通称『蛇のスネーク・ピット』と呼ばれる非合法の地下格闘場があった。




「――殺せ! 殺せ! 臓物をぶち撒けろ!」




 獣のような怒号が、湿った石壁に反響する。観客たちは、表社会で抑圧された欲望を解放するために、ここで繰り広げられる「最悪の暴力」に金を賭け、叫んでいた。その血生臭いリングの中央に、一人の少年が立っていた。


三つ子の末弟、レオンだ。彼は、大陸で最も忌み嫌われる「闇の格闘家」と呼ばれる老人、ドク・マリスに師事していた。




「ひゃはは! ほらほら、どうしたんだい? 大男のくせに、子供のナイフが怖いのかよ!」




 レオンは、自分の三倍はあろうかという巨体の囚人と対峙していた。レオンの手には、紫色の煙を上げる毒の塗られた短剣が握られている。巨漢が咆哮を上げ、鉄格子のような拳を振り下ろす。しかし、レオンはそれを避けるのではない。あえて、その一撃を肩で「受けた」。




 グシャッ!




 鈍い音が響き、レオンの肩が不自然な方向に曲がる。しかし、彼は苦痛に顔を歪めるどころか、裂けた口端を吊り上げて笑った。




「あはっ……痛いねぇ。最高だよ。もっと、もっと憎んでよ」




【システム:感情魔力変換】


【周辺観客数:400名(全員、嫌悪と興奮)】


【感情:憎悪・残虐への渇望】


【スキル:『ヘイト・ドレイン』発動。防御力が一時的に極大化】




 観客たちは、不気味な笑みを浮かべるレオンに対し、生理的な嫌悪感を募らせる。


「化け物が!」「さっさと死ね、不気味なガキめ!」


 浴びせられる罵詈雑言。投げつけられる泥。だが、そのブーイングを浴びるたび、レオンの周囲には、カイトの黄金とは対極にある「どす黒い魔力」が霧のように立ち込めていった。




「いいか、レオン。……勝利に綺麗も汚いもない。相手が最も嫌がることをし、最も惨めな形で終わらせる。それが『闇』の力だ」




 師のドク・マリスが、影の中から掠れた声で告げる。


 レオンはその教えを、スポンジが水を吸うように吸収していった。彼は、相手の急所を狙うだけではない。あえて指を折り、目を潰し、心を折る。観客が「ひどすぎる」と目を背けるような、徹底したヒール(悪役)としての振る舞いを学んでいた。




「……ねえ、師匠。兄貴たちは今頃、みんなに褒められながら強くなってるのかな」




 レオンは、倒れ伏して痙攣する巨漢の首筋に短剣を突き立てたまま、虚空を見つめた。


 


「カイトの兄貴は、みんなを笑わせる『太陽』。アルスは、みんなを納得させる『月』。……だったら僕は、みんなが目を逸らしたくなるような『闇』になるよ。……だってさ、みんな本当は、綺麗なものより、壊れていくものを見る方が好きなんだもん」




 レオンの背後から、黒い魔力の触手が伸びる。それは、観客たちが放つ「負の感情」を物理的な質量へと変えた、レオン独自の魔力形態だった。




 彼は理解していた。カイトが求める「歓声」は、時に移ろいやすく、脆い。


アルスが求める「論理」は、予想外の混沌ノイズに弱い。しかし、自分が手に入れた「憎悪」と「恐怖」は、人間の本能に根ざした、最も純粋で、最も強力なエネルギーであることを。




「おめでとう、レオン。お前は今日、この『蛇の穴』で最強の毒を手に入れた」




 マリスが、一本の折れたベルトを差し出した。それは歴代の闇の王者が巻いてきたとされる、血に染まった呪いのベルトのプロトタイプ。レオンはそれを愛おしそうに抱きしめ、自分の細い腰に巻いた。




「ひゃはは! これで準備万端だ。待っててね、兄貴たち。……再会の時は、一番残酷な方法で、僕が最強だって証明してあげるから」




 レオンの瞳が、闇の中で紅く発光する。カイトの修行が「建設」なら、レオンの修行は「破壊」だった。彼は、自らを犠牲にしてでも相手を奈落へと引きずり込む、世界で最も邪悪なレスラーへと進化したのだ。地下格闘場の扉が閉まり、少年の不気味な笑い声だけが、暗い水路を流れていった。


 


 三つ子の道。太陽。月。そして、闇。


 三つの異なる最強が、それぞれの極致に達しようとしていた。



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