【2章最終話】さよならはまたねの言葉
私達はすったもんだの末、やっとのこさ街の入り口付近まで辿り着いていた。
高い石壁と、門の前に立つ鎧姿の男達…この世界で初めて見た大量の人達に私は胸が高鳴る。
もしかしたらこの中に私のダーリンが一人や二人潜んでるかもしれないのだ。
行き交う人々は身綺麗だったり、どうした?と問いかけたくなるほどに汚れていたりと千差万別な様相だ。
勿論私は身綺麗な人が好みです。
そんな馬鹿げた事を考えながら門へと続く列に視線をやる。
「うわぁ…異世界の街だぁ…」
私はぼーっとしながらそう呟いた。
私の脳内ではめくるめくマイダーリンとの出会いのイベントが流れては去り、流れては去り…
はっ!いけない、帰って来れなくなるとこだった…
私は気を取り直し、周囲を見てみる。
道には馬車も通っているし、露店みたいなものまで見える。
多分、今見てる感じだと街へ入るのに時間が結構かかるのだろう。
その為にここに露店が出ているのは凄く合理的だなぁ。
パンみたいな香ばしい匂いまで漂ってきて、思わず私のお腹が鳴りそうになった。
そういえばあの馬車の馬は最後には食べられるのだろうか?
私は馬刺しが大好きだ、是非タテガミを食したいものだ。
そんな私とは違い、レイちゃんは少し緊張した様子で街を見上げている。
「…。」
そりゃそうだ。
レイちゃんにとってここは知らない場所なのだから。
まあ、私はこの世界を知らないんだけどね。
私はそんなレイちゃんを安心させるように、そっと頭を撫でた。
柔らかい髪の毛を堪能しつつ、エールを送ってみる。
「大丈夫大丈夫、なんとかなるよ!」
「そのなんとかなるが一番不安なんですけど…」
上唇を少し尖らせながらも、即座に返ってきた言葉に私は苦笑する。
うーむ、信用がない。
まぁ「なんとかなるなる~」って言おうが、「私達の痕跡はなんたらかんたら~」って論理的な事を言おうが、レイちゃんは納得しないだろうけど。
そんなやり取りをしていると、少し前を歩いていたニーナさんが立ち止まり、こちらを振り返った。
「お二人とも、本当にありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げるニーナさん。
「いや、寧ろこれからお手数かけちゃうのですみませんって感じなんですけども」
「僕達は大したことしてませんから…!」
レイちゃんがそんな事を言い出したので、私は内心で「いや、めちゃくちゃ頑張ったけどね!?」とツッコミを入れた。
まあ、大人の対応って言うのはレイちゃんみたいなのが正解なんだろうけど。
レイちゃんは私のオカンか何かになるのか?
後でどちらが保護者なのかじっくりと話し合わないといけないな。
勿論私は未成年者ポジションで!だってこの世界での常識とか赤ちゃんレベルでしか知らないからね!
「助けて頂いた方々にも、後ほどきちんとお伝えします。本当に…ありがとうございました」
ニーナさんの目には涙が滲んでいた。
その姿を見て、私は少しだけ気まずくなる。
なんというか、こう、真正面から感謝されると照れるのである。
「えっと、じゃ、じゃあ私達はこの辺で!」
私は誤魔化すようにそう言い、レイちゃんの腕を引いた。
「えっ、あ、ちょ、セイラ?!」
「ではまた!ご縁があれば!」
私はそのままレイちゃんを連れて街門の列へと向かう。
背後からニーナさんの「はい!」という声が微かに聞こえた気がした。
*
セイラ達と別れた後、ニーナは街の騎士団詰所へと向かっていた。
既に足は限界に近い…。
疲労も今までで経験した事がない程で、本当ならもう寝てしまいたい。
横になって体を休めてしまいたい。
…けれど、一刻も早く伝えなければならない。
オークの集落と今も私達を待っている生存者達。
そして…あの黒髪の女性の事を。
「オークの集落だと!?」
騎士の男が目を見開く。
「はい!まだ生存者もいます!どうか早く!」
ニーナの必死な声に、騎士達は即座に連絡を取り合い動き始めた。
騎士達が人数を集めたり、報告したり、馬車の手配をしたりと忙しくしている間に私は少しだけ横になれた。
準備が整ったと報告が来た時、私があまりにも疲労していたからか「このままここで待っているか」と聞かれた。
でも、私はやらなくちゃいけない事があるから首を横に振った。
…それから数時間後。
騎士達と共にオークの集落へと到着したニーナは、思わず息を呑んだ。
「…なんだ、これは」
騎士の一人が呆然と呟き、手に持っていた剣を落とした。
カラァンーと金属音があたりへ響く。
そこには想像していたようなオーク達の死体が無かったのだ。
…正確には、原型が無い。
地面に巨大な穴が空いていたり、何かに押し潰されたような跡が残っていたり…建物の一部は不自然なほど滑らかに削れ落ちている。
まるで、巨大な見えない手で握り潰したかのようだった。
「こんな魔法…聞いたことがないぞ」
「上級土魔法?いや、物理か?…いや、違う…」
「そもそも詠唱痕が無い?どうやって魔法を使っていたんだ?」
周囲を調べる度に騎士や騎士が連れてきた魔法師の顔色が変わっていく。
それ程に異様な光景だった。
そしてニーナは、ある場所を見つめた。
「……あ」
それは、生存者達を守っていた土壁だった。
それは最後に見た時と同じ状態だった。
崩れていないし罅すらない。
まるで最初からそこに存在していた石室のように滑らかで、硬く、美しかった。
初め見た時は余裕がなかった事もあり全く気にも止めていたかったソレ。
ニーナはそっとその壁へ触れてみる。
…少しひんやりと冷たい。
けれど同時に、奇妙な違和感があった。
これが本当に土なのだろうかと。
ニーナは思い出す…黒髪の女性、セイラの事を。
彼女は基本的にずっと笑っていた。
どこかの貴族のお嬢さんなんだろうと思っていたけど…私が思っていたような人ではないのかもしれない。
少し抜けていて可愛らしい彼女。
どこか危なっかしくて目が離せない彼女。
レイと騒いで楽しそうに笑う彼女。
どの彼女を思い出してみても、とても、こんな事をやってのける人物には見えなかった。
けれどもし、全部あの人がやったのだとしたら?
ニーナの背筋にぞくりと震えが走った。
その時、ニーナに向かって騎士が言葉をかける。
「退いてください」
騎士の一人が土壁に向かって剣を振るうが、ガギィン!と鈍い音が響き、騎士は目を見開いた。
「傷一つつかない?」
「馬鹿な?!ただの土壁だぞ!?」
「ニーナ殿、この壁を作った人物に心当たりは?」
皆の視線を一身に浴びたニーナは目を泳がせた。
「…」
騎士の問いかけに、ニーナは少しだけ黙り込んでしまった。
動揺しているニーナを見る目が少し疑いを含んだような気がした。
「…命の恩人、です」
そうニーナが小さく答え、俯く。
…騎士の、魔法師の目を見るのが怖かったから。




