16:ゴブリン
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なんというか、ラングといると他者が劣って見えるのだが、ラングがいなければ、そこまで悪いようには思わなかった。改めて考えた結果、単純にアル自身がギルドラーというものをよくわかっていなかったのだと気づいた。
アルの世界の冒険者は自分の欲望に忠実で、富、名声、未知への探求を目的とした者が多い。だが、この場所の冒険者、特に外専門はギルドラーとしてプロ意識があるのだ。ここでの在り方が、依頼ありき、それを達成して報酬を得る、だからなのだろう。仕事をきちんとできなければ、あっという間に賊落ちだ。それに、そうしたプロの姿を長年ラングが見せ続けてきたというのも大きそうだ。憧れは、それがそのまま姿勢となる。
ゼイアドのクランからは三人が離脱した。実際にゴブリンと戦ったことのなかったメンバーで生々しい現実を目にして心が挫けたらしい。そういうものだと知っていても、やはり実際に目にすると違う。アルだってそうだ。ラングになぞられた腹部のゾッとしたものを思い出した。こういう時、そういうものだと割り切れるか、割り切れないかは大きな差となってくる。
Aランクのナサニエルは増えた死体とその扱いに、すぐにでもそれらを弔いたそうにしていたが、ゼイアドがアルの示した罠を理由に、今は後回しにしたいと言った。本当にBなのかとアルはその対応をまじまじ眺めてしまった。
「ゼイアド、いくつ?」
「あんた本当自由だな、二十七だ」
アルとそう変わらない年だ。このプロ意識はすごいなと思った。そしてBであることが勿体ないとも。Aランクのナサニエルはアルとゼイアドのやり取りを無視して離脱組へ、セティエラの街に戻り、現状を伝えることを指示した。居丈高な態度ではあるがその指示もまた的確だ。アルは頭の後ろで腕を組んだ。
『これ、俺出る幕なくないか? Bに上がれんのかな』
レパーニャに戻るまでの間にBに上がればいいらしいが、査定はどうなるのかが気になった。こういうのは指揮を執るか、討伐数を稼ぐ必要があるだろう。だが、誰が、どのようにして査定するのかわからない。一応肉体の記憶とギルドラーカードは不思議な何かで繋がっているとは聞いた。その結果をもとにするのならば先陣は切りたいが、場を乱したいわけでもない。難しい。
離脱組を除き、残ったメンバーで朝を待ち、早朝に出ることになった。アルは眠るなら思いきり寝たい質なので、睡眠はとらなかった。中途半端に眠ると睡魔が残り、頭がもやもやするのだ。食べられる者は携帯食料で軽い朝食を取り、胃が落ち着くのを待ってストレッチ、前日と同じ隊列で進み始めた。
街道から逸れ、道はやや狭くなった。たまに通る荷馬車が轍で作った道を行き、村を目指す。アルが昼の休憩をどうするのだろうと考えていればそれはちょうどその時刻だったらしく、ゼイアドが隊列を止めた。
「この先、村に近づけば近づくほど戦闘の可能性は上がるだろ。今のうちに休憩を取ろう」
まず先頭のクランにその指示を置いて、ゼイアドはAランクのナサニエルのところへ向かった。アルは癒しの泉の不思議な水を飲み、ポーチからハムを挟んだパンを取り出してばくりと食べた。周囲で息を整えるギルドラーたちの白い目に気づき、首を傾げた。
「パニッシャー・ラングがバケモノだって話は聞いたことあるけどな、バディであるあんたがそうなら、そうなんだろうと思うよ」
アルは【バケモノ】がわからず、あとでラングに聞こうと思った。
小休止は一長一短。ここまでの疲れを癒す反面、体が休憩を感じるとそれ以上の行動が難しくなる面もある。ラングと行動を初めてすぐ、アルは足を止めた際にすぐ座り込むことについて指摘を受けた。いざという時、それは体が動かなくなるからやめろ、と言われたのだ。ツカサには教えたのか、と問えば、座らせる前に鍛錬を癖づけさせたかったが、と回答があり、あいつも苦労したんだな、と思った。ラングは立ち止まっても座り込まず、長時間の休憩を取れる時だけ腰を下ろす。歩き疲れた足は立ち上がる際に重くなるのだ。この小休止でもアルは言われたことを守って立ち続けた。周囲で座り込むギルドラーたちは疲れた様子でぐったりしている者も多い。自分のペースで行動をしていると、こうした強行軍がきついのだ。
日の高さは昼を回り、急に駆け足で落ちていく。秋に差し掛かって時間が早くなった気がする。休憩を終えて皆がどうにか立ち上がるのを眺めながら、アルはゆっくりと周囲を見渡した。この辺りまで来れば既に奴らのテリトリーと行っても過言ではない。もうそろそろ進む足の速さと移動する位置を考えた方が良いだろう。ラングの言う、ゴブリンの王という存在がアルにはあまりにも不確定要素だった。
「ゼイアド、ゴブリン、王、戦うある?」
「いや、ないな。ゴブリンだったらそれなりに討伐依頼があるから経験も多いが、王というのは俺も知らない。人によっては一生遭わないんじゃないか? パニッシャー・ラングがそれを知っているということに、俺は驚いたくらいだ」
一応、冒険者組合には情報があるものの、本当に稀なのだろう。アルは偶発的産物と言われたことを思い出し、腕を組んだ。事前に貰った情報だけでは想像ばかりが先走り、実態が見えない。故郷のダンジョンほど誰かが経験していたり、知っていたりするのとは違う状況に、段々と面倒になってくる。やはりいっそのこと先陣を切るか。ゼイアドにそう提案しようとしたところで、突然カラカラカラカラけたたましい音を立てた。罠だ。誰かが触った。ざわっとギルドラーたちがざわつくのをAランクのナサニエルが叫んで押さえようとした。
「静まれ! 動揺するな、落ち着いて」
アルは地面を蹴って飛んだ。体を回転させて槍を振るい、飛んできた歪んだ矢を叩き落とす。Aランクのナサニエルは自分を狙ってきていたその矢と、叩き落とした男に目を見開く。アルは叫んだ。
「かまえろ!」
「来るぞ!」
ゼイアドの声が続き、慌てて立ち上がったギルドラーたちは武器を構えた。斥候として近くまで来ていたゴブリンがこちらに気づき、罠を鳴らしたのだ。しまった、考え事をし過ぎた、とアルは臍を噛む。
遠くから足音がする。地面が小刻みに揺れるような、そんな感触を足の裏に覚え、アルは槍を手に最前列へ出た。
「矢、俺がやる。さがせ!」
ヒュンッ、といくつもの矢がこちらへ降り注ぐ。いけるよなオルファネウル、とアルは後ろに持っていった槍を大きく横に振り、一線を描いた。空気を斬り開き矢が弾かれたように落ちていく。アルの少し後ろからゼイアドのパーティメンバーが弓矢を撃ち返し、草むらの向こう、ゴブリンを射殺した。良い腕だ。Aランクのナサニエルが先ほど自身を狙った矢を踏みつけ、一つ遅れて叫ぶ。
「ええい、全員迎撃に備えろ! 近接は前へ! 遊撃手は弓矢を扱う者を先に片付けるんだ!」
アルは矢を払い続けた。防戦一方、アルがここを動けば降り注ぐ矢を防ぐ手立てがなくなる。近づいてくる重なった足音の接近、弓矢などに気を取られていれば、横が手薄になる。
『くっそ、マジで言語勉強しなきゃまずいな、連携がとりにくい!』
背後であれこれと指示をするAランクのナサニエルの声が理解できない。ゼイアド率いるクランはアルのそばに居てくれるが、後ろで何が起こっているのだろう。再びの矢雨。斬り払い、ひらき、アルはゼイアドの名を呼んだ。
「ゼイアド! しき、どうする!」
「一気に攻め込む! ここ、狭い! わかるか、狭い!」
ゼイアドは両手を何度も近づけてみせて、狭い、を伝え、アルは頷いた。奇襲をかける形にしたかったAランクのナサニエルの指揮に理解も示すが、こうなってしまえば仕方ないだろう。ギルドラーたちはAランクのナサニエルを先頭に道を駆け森の中を駆けていく。ゼイアドがそれに続かないのでアルは留まり、矢を失って直接襲い掛かってくる緑の小人に槍を突き刺す。
「一匹に対して二人で対処しろ! 奴ら何するかわからないぞ! アル! 俺とだ!」
腕を叩かれ、ゼイアドが自分を指差し、次いでアルを指差す。ペアを組むのだとわかり、また頷いた。弓を捨てたゴブリンの波に、一気に混戦へと陥った。仲間が近くて槍が振るいにくく、アルは槍を短く持つ羽目になった。ゼイアドが片側をしっかり守るように立ち、その長剣を振るってくれるので片側に集中できるのはいい。単調な動きだがすばしっこく、ゴブリンとの戦闘経験のないギルドラーは苦戦を強いられていた。
どこかから悲鳴が聞こえた。ゴブリンの持つ短剣で斬りつけられ、この野郎、とペアを組んでいた奴がゴブリンの首を刎ねる。斬りつけられたギルドラーはすぐに立ち上がるはずが、ガクガクと震えて昏倒し、そのまま沈黙した。
「おい、どうした!?」
ずるずると引きずり、陣形の内側に運ばれたギルドラーは痙攣を続け、泡を吹き始めた。アルはそれを見たことがあった。
「毒!」
緊張感が高まった。言葉は上手く通じたらしい。ペアだったギルドラーを引きずっていた者は名を呼び声を掛け続けていたが、やがて項垂れ、それから立ち上がった。死んだのだ。
「気をつけろ! 一撃も受けるな!」
ゼイアドの声に何人かが返してきた。遠くでAランクのナサニエルが引き連れて行った討伐隊と、音を聞きつけて迎撃に来たゴブリンとがぶつかる音がした。こちらの殲滅は済んだが、ゼイアドは十人に付近の偵察と掃討を指示し、一度息を整えた。本当にしっかりしている。一匹逃せば、百匹なのだ。
「ナサニエルの援護と、ゴブリンの殲滅だな。怪我人は? 死んだ奴以外でいるか?」
「大丈夫だ、ゼイアド。ただ、矢がない。あいつらの矢は歪んでいるから使えない。抜くだけの時間が必要だ」
わからない単語もあったので暫く行動を見守ってしまったが、倒したゴブリンから矢を引き抜く姿で意図を察した。魔法であれば魔力があれば撃ち続けられるのにな、とアルは焦らされた気持ちだった。矢の回収と死んだギルドラーの眼が伏せられ、親指に唇をつけ、その手の人差し指と中指を遺体へ置く、葬送が行われ、皆がゼイアドを見た。
「行くぞ、ナサニエルたちの状態はわからないが、やることは変わらない。一匹につき二人、お前は、他の二人と組んで三人で」
先程ペアを失ったギルドラーが頷く。最後にゼイアドは息を吸い、叫びながら駆けだした。
「行くぞ、やるぞ、うおぉ!」
うおぉ! 呼応するようにギルドラーたちが叫び、アルも叫んだ。戦功がどうとか言っている場合ではない。ランクなど度外視で、アルはとにかく、生きねば、勝たなければ後がないのだと理解した。
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