15:プロ意識
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アルは嫌な予感がしていた。こういう時の直感は外したことがない。ぞぁっとした冷たい何かが首筋を撫でるようなおかしな感覚がある時は、往々にしてそれが現実に起こり得る。嫌な直感だな、と思いながら先頭を走った。
Aランクのナサニエルに罠のことを報告はしたものの、まったく信じてもらえなかった。隊列の先頭を行くゼイアドは言葉が不自由ながらも必死に伝えようとするアルの誠意を感じたのか、信じてくれたことが救いだ。とはいえ、リーダーであるAランクのナサニエルがどうするのか、従うしかないという。
「足並みを揃えなきゃ結局全員死ぬからな」
ゼイアドの言うことにも理解は示せる。だが、アルは安全なところを陣取るリーダーに眉を顰めていた。アルの知るリーダーという者たちは、誰よりも先陣を切り、状況を切り拓いていく者が多かった。いや、リーダーにも種類があるか、とあまり悪い方へ考えないようにして、アルは走り続けた。後ろから何か聞こえた気がして振り返れば、考えごとをしながら走っていたせいで随分と距離が開いてしまっていた。慌てて足を緩め、立ち止まり、追いつくのを待った。ゼイアドはぜぇはぁ言いながらぼやいた。
「あんたが、本当に走ったって、半分は理解しただろ」
なんとなく言いたいことを理解して、アルは苦笑を返した。時間は掛かったが普通に進むよりはかなり早く移動ができたように思う。陽が沈む前に罠のある場所に辿り着き、その凄惨な光景にギルドラーたちは言葉を失っていた。何か一つ違えば、死ねば、そうなるのだという実感が湧いたのか、中には真っ青な奴もいる。
「触る、音、出る」
アルは槍で死体からのびている紐を指し、その先の小さくて白い細長いものを示した。等間隔に連なったそれは風でもコツコツ鳴っていたが、誰かが引けば、揺らせば、それは違うリズムで相手に知らせる羽目になる。だから、動揺して触るな、とアルは言いたくて報告したのだ。さすがにAランクのナサニエルもこの光景には閉口していた。じろりとアルを見た後、吐き捨てるように言った。
「嘘ではなかったようだ」
「どうも」
ラングがいつも返すように言えば、ふん、と尊大な鼻息が返ってきた。とりあえずこれ以上揉めなくて済みそうだ。
「なぁ、ゴブリンってこんな罠を作れるもんなのか?」
誰かが呟いた一言は、大きな声ではなかったがなぜかよく響いた。本当に王がいるのでは、とざわざわ声が広がっていく。人数がそれなりにいるために、そうしたざわめきもかなり大きくなってしまう。
「落ち着きたまえ! うるさいぞ、それこそゴブリンに居場所がバレるだろうが!」
アルは単語を拾い、言っていることは正論ながら、お前の声も随分大きいんだよな、と頬を掻く。我ながら短絡的ではあるが、いっそ攻め入るか、と考えていればゼイアドに小突かれた。
「呼ばれてるぞ」
目を瞬かせて見遣れば、Aランクのナサニエルが苛立たしげにこちらを見ていた。
「君は空想癖でもあるのかね」
「なに?」
「もういい、ゼイアド、今伝えたことをそいつにもしっかり伝えておきたまえ。野営の支度を進めろ!」
アルにしてみればプンプン怒りながら立ち去っただけなのだが、ゼイアドは呆れた顔でアルを見て言った。
「あんた、もう少し言葉を覚えた方がいい」
叱られたのだとわかって少し背を丸めてみせれば、ゼイアドは溜息をついてから今のことを頑張って説明してくれた。曰く、不寝番くらいできるだろう、お前がやれ、だ。それは構わないが組み分けはどうするつもりなのだろうか。問えば、その点についてはリーダーであるゼイアドに一任されたらしい。
「あんたの実力は足の速さくらいしか把握していないからな、きちんとクランで相談をしたい。あと、野営の場所もな」
そっと死体の山へ視線をやるゼイアドのそれを追ってアルもそちらを見遣る。ブン、と虫の嫌な羽音、もう二、三日もすれば蛆でいっぱいになるだろう。遺体をそのままにしておいてもアンデッドが生まれるというので、明日にはゴブリンを片づけて、弔ってやりたいところだ。
アンデッド、というものをアルはよくわかっていない。ラングも【死体を放置するとそうなる、だから魔物に喰わせる、もしくは弔う】ものだと考えていたらしいが、魂を輪廻に還す神がいるということを知ってからは、アンデッドというものに疑問を抱くようになったそうだ。
時の死神。死の大鎌をその手に、魂を輪廻に還す存在。命を誘う神だ。死の淵に現れる神であるからこそ死神と呼ばれてしまうものの、その本質は魂が迷わずに次の生へ旅立てるように道を示す、優しい存在だ。決して無理に命を奪うことはせず、ただ人の運命に寄り添い、死を隣人とせよ、と厳しいことを言う、そんな男。アルはそこまで関わったことはない。ラングはそれを友と呼んでいた。
そんな存在がいるというのに、何故アンデッドは生まれるのか。魂のない肉体に、いったい何が乗り移って動くというのか。ラングは『こういうことはあいつが得意だっただろうな』と弟を引き合いに出しながら肩を竦めていた。
ゼイアドとクランのメンバーと話し合い、アルは三日三晩なら起きていられる、と言い、このまま不寝番をすることに決まった。正直、実力のわからないギルドラーたちにどこまで頼ればいいのかわからなかったのも理由だ。あとはパーティごとに時間を回すことになった。
野営の場所は遺体の山から距離を取り、火は使わず、ランタンの数は最小限で過ごす。風向きが変わると腐臭がするため、携帯食料を食べられない奴もいた。厳しい場所だ。元から魔物が跋扈する場所だからこそ、人々は魔物から、人から身を守るために粗野であらざるを得ない。アルは干し肉を齧りながら哨戒を続けた。
深夜に差し掛かり、移動疲れもあってか多くのギルドラーが寝息を零していた。魔物がいるのは動物にとっても日常茶飯事なのだろう。ホーホーという梟の鳴き声と、バササ、と獲物を仕留める羽音がする。森の中の生態系は変わらない。アルはそのことに一人安堵を覚えた。
ひそひそと話す声がする。本当にゴブリンだけなのだろうか。こんな罠をゴブリンが作るのは見たことがない。あいつの言うとおり王がいるとしたら、この人数で足りるのか? アルはその声に隣で難しい顔をしているゼイアドの肩をちょんと突いた。
「ゼイアド、ゴブリン、大変?」
「あんなにどこにでもいる害獣だってのに、あんた、戦ったことないのか? いったいどこの生まれなんだか」
呆れられた空気を感じ、アルは頬を掻いた。戦うある、種類ちがう、と答えれば興味深そうに頷き、それならと説明してくれた。この世界のゴブリンの繁殖については聞いていたが、その繁殖力というのがアルの想像を上回っていた。人が子を妊娠する際の感覚でいたのだが、たった三日、四日でその種は肉を持って生まれるのだという。そして生存本能から母体を喰らう。一度に生まれる数は少なくて五匹、多くて十匹と言われれば、その爆発力も察せるものがある。
「一匹見たら、百匹いる。百匹いるなら、わかるだろ?」
ゼイアドはすっかり言語が不自由なアルの扱いにも慣れ、地面に線を一本書いて、横にどんどん線を書いていき、言いたいことを視覚化してくれた。ううむ、と唸ったアルに通じたと判断し、だからあいつらは怖がっている、と囁いた。ラングが言っていたことを思い出した。少数の戦力は数の前では役に立たない。なるほど、ゴブリンの特性を知っていたからこその言葉だったのだ。
『もう少し説明しろって……、なんだよその増え方……』
「なんだって?」
「なんでもない。ラングに、文句」
ゼイアドが苦笑を浮かべ、あんたも苦労してるんだな、と労ってくれた。
「あんたの言うとおり、王がいるとしたらただのゴブリンより手強い。こっちの人数が減らないことを祈るしかないんだよな」
じっと、状況を冷静に窺うゼイアドにアルは首を傾げた。
「ゼイアド、B? 本当?」
「うん? あぁ、ランクか? そろそろAになりたいところではあるんだけどな、上がらなくて困ってる。……これが終わったらパニッシャーに相談できないか?」
「なんでここいる?」
少しだけ話が噛み合わずいくつかやり取りをして、セティエラの街の専属なのか? と問いたかったことが通じ、ゼイアドは仲間と顔を見合わせた。弓を掛けた青年が微かなランタンの明かりの中で、声を潜めた。
「俺ら、四人パーティなんだよ。結構あちこち移動してて、本当はもっと南の街のギルドラーでさ」
「この街には荷運びで顔を出したんだけど、その時に、その、もう一人が酔っ払ってやらかして……」
酒場で刀傷沙汰になり、捕縛されたらしい。やらかしたのは自業自得。相手がギルドラーであれば言い方は悪いが自己責任で済んだ。だが、その傷を負わせた相手というのが、この街の商人だったそうで。仲間は牢屋に囚われたまま、ゼイアドたちは罰則を肩代わりする羽目になり、セティエラの街で言われるがまま依頼に従事しているのだという。
「すてる、ない?」
「馬鹿なことを言うな、仲間だぞ」
ムッと反論するゼイアドにアルはにっかりと笑った。ゼイアドは良い奴だと思った。そして、少し嫌な考えが脳裏をよぎった。ラングがあのギルマスを敵と認識している今、その仲間とやらは無事だろうか? それに、本当に、その刀傷沙汰は偶然だったのだろうか? なんにせよ、こういう良い奴は死んではならないと思う。
ふと、アルは気づいた。梟の鳴き声がしない。こちらから振った雑談で申し訳ないが、アルは手を差し出してゼイアドたちの言葉を遮った。その行動に驚いた後、アルが唇に指を当てて沈黙を示したあたりでゼイアドたちも状況に気づいたようだ。やはり、Bではない気がする。ゼイアドのパーティ。斥候らしい男がひそりと声を出した。
「ランタンを消せ」
ひそ、ひそ、と声が回っていき、ランタンが消える。暗闇に包まれて眠っている仲間を起こし、静かに、と周知する気配が広がっていく。皆が息を潜めていれば、ギャヒ、グガガ、という会話をするような音がした。ずる、ずる、と引き摺る音がいくつも重なり、じっとその出所を探る。そっと足音を立てないように忍び寄り、引き摺る音が死体の山の方へ向かっていると気づき、アルはゴブリン、死体、と呟いた。
暫くして月明りの下、緑色の奇妙な生きものが現れた。子供よりやや大きい、大きな耳と尖った鼻、アルの故郷で見かけるゴブリンとほぼ同じ造形の魔物だった。引き摺っていたのは死体だ。それも腹を破かれ、肉付きのいい腿や二の腕を齧ったあとの女。うっ、と呻く声に誰かがシッと歯の隙間から音を出した。死体を引きずる音で聞こえなかったようだが、ゼイアドは呻いたギルドラーを下がらせた。
ゴブリンは死体の山に辿り着くと待ち侘びていたように引き摺ってきたものを犯し、腕を千切り、首を投げて遊んだ。
アルは槍を強く握り締めた。ここで殺してもいいが、これが死体を運ぶ第一弾であれば後続が来る。そうすれば、捨てに行った奴が戻らないことをどう思うだろうか。知能がどの程度上がっているのかがわからない。今ここで全面戦争にしていいだろうか。自分一人であれば、迷うことなく飛び出したっていいというのに。
それに、今、リーダーは自分ではない。アルはゼイアドを振り返った。問いたいことはわかるらしく、ゼイアドは首を振る。待機に了承を返すように小さく頷き、アルは槍を握った手から力を抜いた。
「見えないから不利だ」
見えない、という単語はわかった。そうだろうな、この暗闇じゃ慣れていなければきついだろう。
じっと耐えるだけの時間は緊張感をもたらす。誰かが飛び出していくかと思ったが、どうやら隣同士肩を押さえ、腕を押さえ、支え合ったらしい。想像以上に優秀だった。
一頻りゴブリンが死体を弄んだあと、ご機嫌な様子で立ち去り、全員が息を吐いた。今になって胃液を吐く奴もいて、この先に連れて行くのは難しい状態のギルドラーが数名出てきた。
「無理に連れていって守る手間が増えるのは困るな、クランの調整をした方がいい。ちょっと行ってくる」
ゼイアドは立ち上がり、この討伐隊のリーダーであるAランクのナサニエルの元へ向かった。アルは首を傾げた。
「ゼイアド、討伐隊リーダー、なんでちがう?」
アルの素直な疑問に、近くにいたギルドラーたちから苦笑が返ってきた。
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是非お手に取ってやってください。
イラストが最高にいいんです。
よろしくお願いします!
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