14:手斧と双剣
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かつて、バディを組もう、パーティを組もう、と言ってきた者たちは多かった。戦力があればそれだけ依頼が入ってくる、実績が積める、そうすると信頼を得られる。何か一つ歯車が合うと良い風が吹いてくるのだ。
ラングが若い頃、唯一組んだことのあるパーティは、所属しているレパーニャで顔見知りになり、それから友になったギルドラーたちだった。半年だけ、本当に短い期間のパーティだった。それでもそこで得た経験と歩き方はその後のラングを助けた。
そうした話を聞きつけて俺とも組もう、半年と言わず、ずっと、などと声を掛けてくる輩もいた。その一人がここセティエラの街のギルドマスター・パルゴだった。ラングがまだパニッシャーになっていない頃、お前は絶対に伸びる、と言いながら熱烈に勧誘してきた。当時、ラングはレパーニャを離れる気はなく、各地を巡ることに意欲的ではなかった。国境近くの都市ということもあり、レパーニャは賊も多く、魔物も多い。そうした討伐などで十分に食べていくこともできた。旅に出よう、様々な景色を見よう、一緒に名声を、とうるさい声からラングは逃げた。
今、アルと共に旅をしている。様々な景色を、国を、世界を見に行くか、と言っている。
ラングにとってそれは今だからこそできることだった。あの時、パルゴと共に行かなくてよかったという確信がなぜか胸にあった。
「ラング、どうした、討伐隊はもう出たぞ?」
昨日とは違いがらんとした冒険者組合の中、パルゴが笑顔で声を掛けてくる。
「お前と話をしに来た」
一瞬、パルゴは探るような視線を見せた。それから、にかりと笑い、よし、じゃあ俺の部屋で、と手招いてきた。ラングはその招待を初めて受けてやった。二階、奥にある大きな部屋。執務机に本棚に、貴重なものが揃っている。間仕切り布を下げた向こう側は寝室か、寝る場所だろう。手入れはされていないか、仮眠用か、そちらから壮年の男の臭いがしてくる。鼻が利く体質というのはこういう時に困る。ラングがソファにどさりと座ればパルゴが切り出した。
「いったいどうした? 昨日のアルとかいう奴の件か? 査定に色はつけんぞ」
「必要ない」
「じゃあなんだ、俺も忙しいんだぞ。まぁお前がこうして顔を出してくれるのは嬉しいがな。どうだ、ラング、復帰したついで、俺と仕事をしてみないか」
「断る」
相変わらずだな、と苦笑いを浮かべ、パルゴは酒をコップに注ぎ、ラングの前に置いてから向かいに座った。
「それで、どうした。パニッシャーが話をしに来た、なんて、随分な脅し文句だぞ」
「わかっているなら話が早い。守り手を解放しろ」
守り手? とパルゴはきょとりと可愛くもない顔を見せた。もしアルがそれを見たのなら、本当に知らないように見えただろう。ラングは一切の反応をせず、ただ、じっとパルゴを眺め続けた。少しの沈黙のあと、深い息を吐きながらパルゴは背もたれに寄り掛かった。
「ラング、何を言いたいのかは知らんが言いがかりは止せ。懐かしい話に花でも咲かせられたらと思っていたんだが?」
「言いがかり? 私が一度としてそんなくだらないことをしたことがあったか?」
ラング、とパルゴはまるで物分かりの悪い相手を前にしたように深い溜息をついた。それから、手酌で注いだ酒を呷り、ごくりと喉を鳴らした。
「だいたい、守り手とはなんだ? どこの守り手だ」
「セテの村、今回、被害に遭った村だ」
タンッ、と壁に張られた地図にラングの投げたナイフが刺さる。相変わらず良い腕だ、とパルゴは感心した様子で言い、また酒を舐めた。
「村は潰れていて生存者はいない。惜しいものだ、配属させていたギルドラーも傭兵も、壊滅したそうだからな。人数を見誤ったことは認めよう」
パルゴは真摯に胸に手を当てて瞑目した。ラングはそこに真正の嘘つきを見た。こいつは、ゴブリンが村をどのように蹂躙したのかを把握した上で討伐隊を送り込んだのだと理解した。アルは大丈夫だろう。問題は今回のクラン、討伐隊に組み込まれた若いギルドラーたちだ。参加自体は自己責任。死んだところでラングはどうとも思わない。ただ、査定によりアルのランクが上がらないのは困る。ならばどうするか。ふむ、とラングは顎を撫でた。膿を出すついで、ギルドの長を入れ替えてしまえばいい。
「殺すか」
ガタリッ、と席を立ったのはパルゴだ。ソファの背もたれの隙間に隠してあった二本の手斧を引き抜き、座り続けるラングに向かって飛び掛かる。ラングは鉄板の仕込まれた硬いブーツのつま先でテーブルを蹴り上げ、飛び散った酒と合わさりパルゴの突進を一瞬緩め、その隙に広い場所へ逃れた。テーブルは手斧で砕かれて真っ二つに割れた。大柄な戦斧でもなく薪割用の柄の長い斧でもないが、それを可能にするのは技術だ。時差を持って衝撃をずらし、片方を押さえに片方を素早く引き抜く。小回りの利く手斧は室内では有利に立ち回れる。ラングはゆるりとシールドを傾げた。
「どうした、パルゴ。武器など抜いて」
「身の危険を感じたからだ」
「ほぅ、それは大変だったな」
すらりと双剣を抜く。パルゴは手斧を握る手に力を籠め、深く息を吸った。殺気が溢れている。殺されるならば、殺してやるという気概を感じる。ラングはゆっくりとシールドを下げ、それでいい、と頷くようにしてみせた。パルゴはゆったりと双剣をだらりと持っているラングに吐き捨てた。
「パニッシャーの乱心など、みっともないぞラング」
「乱心かどうかは、お前自身がわかっているだろう」
「わからんね、言いがかりにすぎん」
ふぅ、とラングはやれやれと言いたげな息を吐いた。バタバタと階段を駆け上がってくる足音がする。職員がテーブルの破壊音に駆けつけようとしているのだ。ラングは片方の剣で肩をとんと叩いた。
「私がパニッシャーとして任命を受けた後、調査は徹底し、確証と証拠を得てから行動することにしている。その実績はお前も見てきたと思うが?」
「お前もいい年だ、見誤ることだって起きはじめるさ。これはその一回目だな」
手斧を軽く握り直し、パルゴは構えた。そこへ、扉を勢いよく開いて冒険者組合の職員と、ギルドラーが駆け込んでくる。
「ギルマス!? 今の物音はなんですか!?」
その声を合図にパルゴが割れたテーブルをラングに向かって蹴り上げた。避けるなり、払うなりすると思ったのだろう。上から叩き潰す勢いでパルゴが手斧を振り下ろした。バキッと音を立てて砕けたテーブルの向こうには誰もいなかった。ハッと周囲を見渡し、駆け付けた職員とギルドラーの視線を追えばそれはパルゴの背後にあった。まるで肉を解体するかのように足の腱を斬られ、がくりと力が抜けて自分で砕いたテーブルの破片に倒れ込む。手斧を背後へ放り投げる前に双剣で腕を刺されて床と破片の上に縫い付けられ、背中に男の膝がしっかりと乗せられ、肺から空気が押し出された。
パルゴがテーブルを蹴り手斧を叩き込んでいる間に、ラングはその場からゆらりと消え、壁を蹴り、パルゴの背後に回って簡単に制圧したのだ。見ていた冒険者組合職員とギルドラーは、それを死神が舞い降りたようだと思った。
雄叫びを上げながらどうにか抵抗しようとするその首の後ろにもラングの膝が乗った。
「お前が騒いでくれたおかげで、牢の見張りはいなくなっただろう」
黒いシールドが駆け付けたギルドラーを見遣り、パニッシャーの威圧に膝を震わせ、床にへたり込む者もいた。頸椎が圧迫され、徐々にパルゴの抵抗は弱くなった。ことりと意識が落ちたのを確認し、ラングは手早く古い知り合いを縛り上げ、床に転がした。
「守り手は解放する。証言をする者があれば聞こう。剣を抜くならば死ぬ覚悟を持て」
顔を見合わせる職員と、武器を捨てるギルドラー。あいつ、全然動きが年寄りじゃねぇ、と震えた声に肩を竦める。
「手早く動け。守り手の証言を聞いた者がいるならば、状況が不味いことは理解できるだろう」
「は、はい! すぐに!」
「おいお前! 裏切るのか!?」
「あいつら言ってただろ! 数がものすごいって! 討伐隊がダメだったら、次はここの可能性もあるんだ! 俺は、ここに家族がいるんだよ!」
「だからって今更……!」
ず、と重い威圧が発され、言い争う声が収まる。ラングは双剣を納めながら言った。
「セテの村の守り手を冒険者組合の受付へ連れてこい。私が話を聞く。ギルドマスター・パルゴからはパニッシャー権限でギルドマスターの資格を剥奪。一時的に私の信頼できる者を置いていくが、その後の配属は冒険者組合本部の指示に従え」
こくりといくつかの首が頷き、ギルド職員が走っていくのを見てからラングはパルゴを振り返った。硬いつま先で肘を、膝を蹴り、潰し、痛みに悲鳴を上げて目を覚ましたパルゴの顔を覗き込んだ。
「傭兵団、ギルドラーの未配属。セテの村からの嘆願書の握り潰し、他の村や、寄せられる依頼料の横領、緊急時での対応不備。ギルドラーへ査定不正。挙げようとすればまだあるが、お前ほど要領のいい男ならば、真っ当に生きていればと思わなくはなかったぞ」
残念だ、と囁いたラングのシールドへ唾が飛ぶ。砕かれた手足を動かそうとするたびに激痛が走るのだろう。悲鳴とも雄叫びともいえる声を上げ、パルゴは口端に泡をつけながら叫んだ。
「お前のように何もかもを持っている天才が! 俺の何を知るという!」
うがぁっ! と叫んだパルゴの胸元を掴み、ラングはそれを引きずり上げた。ラングの手首で力の腕輪がちかりと輝いた。自身よりも大きい男を軽々持ち上げるラングの姿に、持ち上がるその体を追ってみている者の口が開く。ラングは高いところから勢いをつけて思いきり床に叩きつけ、再びパルゴの意識を奪う。死にはしないだろうが暫く昏倒しているはずだ。ラングは床に倒れ伏した男を眺め、聞こえていないとわかっていながら声を掛けた。
「知っていたさ。目端の利く男で、要領よく依頼をこなし、生きるためならば、自分の地位を上げるためならば、汚いことすらやってのける男だ」
尊敬はできなかった。同じ道を行くこともなかった。だが、同じ時代を生きたギルドラーとして、その生き方にはある種の敬意を払っていた。自分が行けない道だからこそどこかでぶつかり合うのだとわかっていて、それが今だっただけだ。バタバタと冒険者組合職員が戻り、困惑した声で言った。
「あ、あの、パニッシャー……。守り手が、もうロビーに、いるんですが……」
手当てもされていて、とおずおず掛けられた声にそちらを見遣る。よかったら、と差し出されたハンカチを少しの間眺めた後、受け取り、パルゴの抵抗を拭った。ハンカチを戻すか、と振り返り小さく首を傾げればぶるぶると首を振られたのでパルゴの上に落とした。
「パルゴを擁護する者は止めはしない。だが、それもまた覚悟してすることだ。素直であれば幾分、冒険者組合本部に話は聞いてもらえるだろう」
ぐっと床に視線を落とすギルドラーもいれば、座り込んだまま項垂れ、動かない者もいる。情報ギルドは既に事情聴取を済ませ、手当てした上でロビーに置いていったのだろう。早急に冒険者組合本部が動くことが予想された。ラングも聞き取りをした上でアルを追うつもりだ。
査定不正。つまり、集められたギルドラーの中には規定ランクに達していない者たちがいる。まったく面倒なことになったものだ。ラングはふぅ、と深い息を吐いた。
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