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異邦の旅人  作者: きりしま
第一章 フィオガルデ王国
15/20

13:道の偵察

いつもご覧いただきありがとうございます。


 あの後、ラングから数日分の食料と不思議な泉の水を入れた水筒を受け取り、アイテムポーチに入れた。時間停止機能が付いているのでものは腐らない。効果も薄れない。有難いアイテムには恵まれている。寝直して起きたらラングはいなかったのであとはお互いやるべきことをやるだけだ。


 アルは狭い部屋の中で柔軟体操をして体を解し、顔を拭い、口を漱ぎ、水筒の水を早速一口、装備を整えて外に出た。昨日寝るのが早かったので日の出前に起きることができていた。できることならざっと湯を浴びたいところだが、またどうせ返り血で汚れるならその後でいいだろう。

 アルは疎らながら既に集合を始めているギルドラーたちを眺めながら、パンに生ハムが挟まったものをもしゃもしゃと齧る。そろそろ温かい料理が食べたい。

 ラングは料理が美味い。趣味であるからこそこだわりもあって、赤ワインで作ったシチューなど、パーティメンバー内でも取り合いになったほどだ。ただのスープにしたって、ハーブを上手に使い、味を一段上げてくれていた。葉野菜と芋、それに塩っ気の強いソーセージが入ったスープの、熱々を流し込む時の味と感覚を思い出し、別のものを食べているのに腹が鳴った。くく、と笑う声が聞こえたが、全部ラングのせいだ。


 ゼイアドとその仲間、アルを入れたクラン二十名が合流し、他のクランとも集まって討伐隊となった。広場に移動し、全体のリーダーからの指示が各クランに言い渡される。前で指示をするのはAランクの何やら偉そうな男だった。体格のいい剣士、貴公子風で、これ見よがしに長い髪を編み込んで下ろしてあり、ラングが見たら掴んでナイフで切りそうな感じだ。ゼイアドがそっとアルの傍に来て耳打ちしようとしたが、届かず、アルが少し身を屈めてやった。


「気をつけろよ。Aランクのギルドラー、ナサニエルだ。鼻持ちならない奴なんだけどな、腕はいい。ギルマスの覚えがよくて、今回抜擢されたらしい。パニッシャー・ラングがいないとあって、機嫌も悪いそうだ。あんた、目をつけられるなよ、同じクランの俺たちが迷惑だ」

「えーと、わかった」


 口ぶりからあまりいい奴ではないと理解し、ギルマスと共犯者の可能性も否めないか、とアルは体を戻した。演説のように指示を飛ばしていたAランクのナサニエルはその動きでアルに目を留めた。


「君が、パニッシャー・ラングのバディか。腕は立つと聞いたが、期待外れでないことを祈っているよ」

「よろしく」


 何やらネチネチした言い方によく思われていないことは理解して、アルは軽く手を上げて挨拶を返すだけに留めた。フン、と顎を上げて馬鹿にした態度を取られたが、そういうものだと思っておいた。長々と続いた演説が終わり、既に疲弊したギルドラーたちがセティエラの街を出ていく。ラングはこの後、ギルマスと何を()()のだろうと思いながら、アルもゼイアドたちについていった。


 隊列はなぜかゼイアドのクランが先頭。その後ろに件のAランクのナサニエル、さらに他のクランが続いている。嫌がらせか実力を測られているのか、判断に困った。ゼイアドにそっと顔を寄せて、どうすればいい、と問えば、そちらはそちらで頭を抱えている様子だった。そもそも、ゼイアドたちのパーティはBランク、集まっているランクの大半もBからCだ。Aランクはナサニエルのパーティのみ、そのクランにだけ、数名Dもいる。明らかに寄せ集めといった空気を感じる。アルも地図を見るのは苦手なので、地図の読み方に長けたベテランが一人居てくれて助かった。アルよりは少し年上らしい男はソロで、たまたまここに来ていて巻き込まれたのだという。言葉は不自由でも、空気とニュアンスで感じ取れるものはある。なんとなく、お互いに頑張ろうな、という空気になって親近感がわいた。


「先頭が詰まっていると後ろが進めないぞ。中間地点まで今日中に行かなくてはならないのだから、少し足を早めてもらいたいね」


 Aランクのナサニエルの声に、だったらお前が先導しろ、とゼイアドが吐き捨て、その口元をパーティメンバーが塞ぎ、少し急ごう、と別の青年がクランに声を掛けた。アルは少し手助けしてやりたくなった。


「ゼイアド、俺、前出る。偵察、ちょっとする、戻る」

「えぇ、あんた大丈夫なのか? 地図読めないんだろう?」

「ゼイアド覚える、戻る」

「いや覚えるって何……」


 アルはとん、とん、とその場で軽くジャンプして地面を確かめ、槍を下ろした。背に負って走るより、木の枝を払いながら走った方が早い。ぎゅっと槍を握り締め、額を当てた。


『それじゃ、行くとするか、オルファネウル』


 フゥゥ、とアルにしか聞こえない音がして、槍から答えがあった。アルは地面を蹴って隊列を離れ、道を駆けていった。常日頃ラングと共に走っているせいで気づかなかったが、アルの足も随分と早くなっていたらしい。パッと弾けるようにして前に跳び出し、そのまま駆けていく背中を、残された討伐隊のメンバーが唖然と見ていた。


「や、やるじゃないか。さぁ! 前列急いで!」


 Aランクのナサニエルは少しだけ悔しそうに言い、ゼイアドたちを急かした。


 アルは隊列を離れて先に進み、周囲を見渡した。【鷹の眼】、アルの持つスキル、遠くがよく見えるものだ。ラングの言っていたゴブリンの知能が上がるというのが気に掛かっていた。言葉の不自由な身として、何か証明を持って帰り、注意を促したかった。それなりに進んだところでにおいが変わった。すん、と鼻を鳴らせば、それが内臓の腐臭であると気づいた。アル自身、過去、自らの失態で囚われ、逃げるために人を槍で殺し、その内臓を浴びたことのがあるからこそ知っている臭いだ。


『縄張り? 他の魔物避けか、それともこれ自体が罠か?』


 オルファネウルの穂先を前に出し襲撃に備えた。足を緩め、できるだけ気配を消して、息を潜める。いっそ思いきり威圧を使ってはどうだ、と相棒である槍、オルファネウルに囁かれるが、それは後ろの討伐隊も危険に晒す可能性がある。ここは慎重に行こうぜ、と返し、アルは臭いの元を探った。

 案外、簡単に見つかった。風下だったので風上へ向かえばいいだけで、そこに四肢を引き千切られ、玩具のように杭に括りつけられた村人の遺体を見つけた。斬りつけて遊んだのか鈍い刃の痕もあり、比較的齧れる場所は骨になっていた。腸を結んで遊んだ跡もあり、一瞬、目を瞑った。死者への尊厳を守るために近づけば、罠がある。紐を足に引っ掛け、向こうに見えるバネが上がれば、死体の束が落ちる。それに引き上げられ宙づりになるだろう。次いで、子供の骨を使った鳴子のようなものがカコカコと鳴るはずだ。遺体の全てが男性であることから、女性は、と思い、アルはぎゅっと眉間に皺を寄せた。


『趣味が悪いったらないな』


 一先ず、後続のギルドラーに伝え、わざわざ罠を踏むことのないように事前周知をすべきだろう。風向きが変わり、自分のにおいがゴブリンに伝わっても困る。


『こういう時、ウィゴールだったら手伝ってくれるんだろうけどな』


 ぽつりと呟いてからメッティアの岩塩坑道のダンジョンであったことを思い出し、慌てて口元を押さえた。竜巻が起きたりだとか、風向きが即座に変わることはなかった。ほっと息を吐き、アルは来た道を駆けて戻った。


「――あんた、無事だったか!」


 それなりに頑張って駆け足で来ていたらしく、ゼイアドたちとはあまり時間を掛けずに合流できた。


「ゼイアド、相談ある。この先、罠ある」

「なんだって? 休憩含めて話した方がよさそうだな? 止まれ、止まれ!」


 ゼイアドの声掛けでじわじわと討伐隊が足を緩め、中には座り込む者もいる。ちょっと待ってろ、と手で制し、指で地面を指してそこにいろと示し、ゼイアドは討伐隊のリーダー、Aランクのナサニエルに声を掛けに行った。周囲ではぁはぁ言うギルドラーたちの中、アルは槍を背負い直し、頭の後ろで腕を組んで待っていた。一日半走り続けたのに比べたら短い時間だ。ゼイアドの仲間に声を掛けられた。


「あんた、結構な距離を行ってただろうに、よく平気だな」

「ラング、もっと走る」


 その弟もたぶんこのくらい行けると思うな、と胸中で呟き、アルはギルドラーたちから憐憫の眼差しで見られた。パニッシャー・ラングにかなり厳しく扱われていると思われたらしい。間違いではない。暫くしてAランクのナサニエルが尊大に顎を上げながらこちらにやってきた。


「罠があるとか?」


 おう、とアルは頷き、拙い言葉で懸命に伝えた。この先に遺体が吊るされたり、杭に刺されて飾られていること。それを助けようと近寄れば、ゴブリンに接敵がバレるだろうこと。そうした工夫に、ゴブリンだけではなく、王がいるだろうこと。ゼイアドの助けもあってどうにか伝えきれば、Aランクのナサニエルはまるで貴族のように笑った。それも少し、腹の立つ貴族の方だ。


「やれやれ、あの短時間でそこまで駆けていけるとも思えないし、だいたいゴブリンがそこまで考えて罠を作るわけないだろう」

「ゴブリンだけ違う、王いる」

「その王とやらを君は見たのかい?」

「まだ。ただ、ラングが言った。王居る、ゴブリン、頭いい、なる」


 ラングという名にAランクのナサニエルは笑うのをやめて真顔でアルを見た。ゆっくり近づいてきてアルの胸倉を掴む頃にはその顔は酷く歪んでいた。


「前時代の化石が、その犬が、偉そうなことを。実際に現場を見たわけでもないくせに、役にも立たない話をするな」

「見た」


 黒い目が真っ直ぐにAランクのナサニエルを見据え、アルは明瞭な声で答えた。身長もそう変わらないとあって胸倉を掴まれていることも脅しにはならない。胸倉を掴む腕を掴み返し、ぎしりと音を立ててやった。


「俺は、ゼイアドたち、死なせたくない」


 う、く、とAランクのナサニエルは手を離し、アルの腕を振り払った。腕を摩り、苛立たし気に叫んだ。


「休憩だ、一時間後、改めて進む」


 どきたまえ、とAランクのナサニエルはゼイアドのクランを割って二番目に戻り、ふぅ、とアルは息を吐いた。なんかごめんな、と声を掛けようと振り返れば、ゼイアドたちは感動した様子で目を輝かせアルを見ていた。


「あんた……、いい奴だな……!」


 ぐっと手を握られ、アルは慣れない状況に苦笑を浮かべ、頬を掻いた。そういうつもりではなかったのだが、変に敵対されるよりはましか、と思うことにした。




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