11:セティエラの街
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メッティアはダンジョンで岩塩を取る街だ。ダンジョンランクの高い奴らはいても、外で戦うことに慣れていないギルドラーばかり、もし余波がメッティアを襲った際、そうした不慣れなギルドラーを動員して街を守らなければならない。それもあり、ギルマスは応援要請に人員を割くのが嫌だったのだろう。街を出て街道を走りながらアルは【この世界】の危険度の認識を改めた。
そもそも、メッティアに移動するまでの間の護衛依頼でもラングは何度か威圧を放ち、余計な接敵を避けていたように思う。盗賊たちはラングの黒いシールドを見て逃げ出していたが、悉く狩り尽くされた。そうして殺した賊の遺体は、必要なものを剥ぎ取った後、そのまま放置される。それでいいのかと問えば、いずれなくなると言っていたが、魔物が喰うからなのだ。それは街道を危険にするのではないかと問えば、メッティアの岩塩坑道で遭遇した風を運ぶものと同じ理由だった。頭のいい狼型の魔物は、街道を襲わず、落ちている死体を喰うらしい。それが道を片付け、他の魔物が寄らないようになる。
他の魔物がいない、だから、賊も街道を狙う。魔物が喰うのが賊であるか、奪われ殺された人であるかの違いだけだ。上手に付き合える魔物は、必要以上にこちらにも関わってこないということだ。なんとも上手い共生の仕組みが出来上がっている。とはいえ、相手は言葉の通じない魔物。死体という餌が少なくなれば、生きている人が狙われる。そうした時、互いに殺し合いが発生するのだ。
街道を駆ける深緑のマントの黒いシールドの男と、美しい槍を持つアルの姿は目立つらしく、通り過ぎるギルドラーたちが目を瞬いていた。恐らく、駆けている速さもその一因だ。
『お前の故郷では、こうした街道にいる魔物は全てダンジョンから溢れたという。だが、こちらではダンジョンから魔物は出ない』
『なんか違うって言ってたな。ちなみに、ダンジョンから魔物が出てこられないのは知ってるけど、外から魔物がダンジョンに入ることはできるのか?』
『できる。そのせいでダンジョン内の生態系が変わってしまったり、取れなくなった素材もある』
ふぅん、とアルは街道を駆けながら少しだけ考え込んだ。アルの故郷ではダンジョンができた理由が存在するらしい。詳しくは話せないと言われたが、そこに理由があるのならば、この場所のダンジョンにも理由があるのではと考えるのは自然なことだった。
『なんでダンジョンがあるんだろうな?』
『さぁな。少し速度を上げるが、いけるか?』
『上等』
すぅー、ふぅー、と独特の呼吸音がラングからして、並走していた体がぐんと前に出た。アルはその後を、ラングの索敵の邪魔にならないよう、一定の距離間で追いかけた。
途中、商人とすれ違った。ギルドラーを護衛に雇っての固い商人だ。セティエラの街のことを聞けば、既に討伐隊が組まれているという。ゴブリンの巣ができているだろうという話題自体、もう十日は前のことだったらしい。情報がメッティアに渡るまでに時間が掛かった、もしくは、最初から当てにされていなくて後回しにされたかだ。残念だったな、メッティアにこそ最強の戦力がいたのにな、とアルは一人で笑った。
「しかし、パニッシャー・ラングが駆け付けるのなら、セティエラの街も安泰ですな」
「討伐隊が組まれているのならば、私が居ようと居まいと関係はない」
噂通りの御仁だ、と商人は苦笑を浮かべていた。ラングは情報の礼に携帯食料を商人から購入し、アルに食わせた。そろそろ空腹だと訴えようとしていたのでちょうどよかった。緊張と感動を視線に込めた護衛のギルドラーと、この先の道の安全を確信した商人と別れを告げて【異邦の旅人】は改めて走り出した。
「とうばつたい、なんですか?」
先程の会話で気になったことを問えば、ラングが足を緩め横に並んだ。曰く、ギルドラーを寄せ集めた大きなパーティ、クランのようなものらしい。規模はひとつ二十名ほどで、それが二つ以上あれば討伐隊と呼ばれるのだそうだ。それなりの人数が既に揃っているということである。
「行く意味、ある?」
「行って、意味がなければ、レパーニャを目指す」
「わかるました」
「わかった、でいい」
わかった、とアルは言い直し、また走り続けた。
丸一日走り続け、小休止は三時間ほど、お互いに一時間半の睡眠を交代で取ってさらに走った。本来四日、五日掛かるところを一日半ほどで駆けつけ、アルは体が熱かった。この距離、それはラングも同じようで、ふぅ、と顎を濡らす汗を拭っていた。それでも臭わないのは羨ましい。ラングのシールドの横についた飾り、浄化の宝珠の効果だという。アルは襟元に指を引っ掛けてパタパタ風を入れながら尋ねた。
「馬、ない?」
「考えてもいいかもしれん」
馬は荷物があれば足が遅くなるが、空間収納やアイテムポーチに生活用品や食料を持てる【異邦の旅人】であれば、その問題はない。それは後で考えようということになり、アルは目の前の石壁を見上げた。
セティエラの街。交易の中継地点でもある街の城郭は、古いが堅牢だった。積み上げられた石は大きく、所々欠けてはいたが補修もされており、その堅さは揺らぎなく見えた。ギルドラーがその名を持たず傭兵の分類だった時、小国同士で争いの絶えなかった中、残った都市としての貫禄を感じた。つまり、ここは大きい街だ。
前に並んでいた商人が中に入ると、門扉を預かっている傭兵が二人、ごくりと喉を鳴らした。それから、ビシッ、と胸に腕を当てて背筋を伸ばした。
「パニッシャー・ラング! よう、ようそこ、セティエラの街へ!」
「ようそこ、いや、ようこそ!」
噛むほどなのかとアルが喉の奥で笑いを堪えれば、ラングはギルドラーカードを差し出した。
「ありがとう、手続きを頼む。【異邦の旅人】としてな」
「バディを組まれたというのは、本当だったんですね」
ラングとアルのギルドラーカードをあの不思議な薄い透明な板に当て、本物であることを確認した。列に並んだあたりで深緑のマントと黒いシールドに視線が集まってはいたが、傭兵のその言葉にごくりとまた喉の鳴る音が響いた。アルはそれらを見渡して首を摩った。
『居心地悪いなぁ、ラングずっとこれか?』
『そうだ』
『それじゃ、シールドも外せないよな』
じろりと睨まれた気配がして、アルは視線を逸らした。手続きが終わり、震える手で戻されたギルドラーカードを受け取り、街の中へ入った。
討伐隊が組まれているからか、街の中に混乱はなかった。闊歩する傭兵が三人一組で行き交っていたり、ギルドラーが大勢で歩いていたり、少しだけ緊張感はあるものの、普段と変わらない日常を人々は心掛けているようだった。
城郭同様に多少古びた石造りの家々が連なり、窓枠を利用して洗濯物が干されている光景はそこに人の生活を垣間見せる。屋台は肉や川魚を焼いており、通りすがりに強請って食べた。生肉ではなく燻製肉、魔法のないここでは生鮮食品の取り扱いも難しいのだ。ゆえによく焼かれているので若干硬い。だがそれがいい。ぎゅうっと噛めば中からじんわりと滲む脂が、燻製と炭火でよく炙られて香ばしく、口内を満たしていく。奥歯を使ってぎゅむ、ぎゅむ、と噛みしめれば、塩だけだというのに甘みも感じられていい。肉を食べているのだと思う。ラングは串物を食べる時に歩くのを好まず、店のそば、家の壁に寄ってそれを楽しんだ。果実水でも飲みたいところだ。きょろりと探し、コップを掲げて呼び込みをしている屋台を見つけた。
『水筒で飲め』
肩を掴まれて引き留められ、アルは差し出された水筒を受け取り、傾けた。すぅっと体の疲れが取れるような気がした。これはアルの故郷のダンジョンで湧く、安全地帯の不思議な水だ。疲れや多少の怪我は癒してくれる優れもの。時間停止機能の付いている空間収納、ラングのスキルは、こういったものの効果を落とさないまま、持ち運ぶことができる。この場所で言えば貴重なものだが、今後、宿で休まずに参戦する可能性を考慮されたのだろう。
『まずはどこへ?』
『冒険者組合だ。そこでお前を討伐隊に参加させる』
『あれ? ラングは?』
『私は参加しない』
なんでだよ、と眉を顰めれば、ラングも水筒を傾けて喉を潤し、屋台に串を返した。ラングは軽くシールドを揺らして周囲を示し、アルはそちらへ視線をやる。そわそわと浮き足立った青年や、ある程度年齢のいったギルドラーが熱視線をラングに注いでいた。まるで往年の英雄を見ているかのような姿だ。なるほど、伝説のパニッシャーの参戦を期待しているわけだ。
『期待に応えないのかよ』
『戦線を浮き足立たせるのは好ましくない』
『残念がるぞ、あいつら』
『知らん』
行くぞ、と顎で呼ばれてアルもついていく。セティエラの街も初見ではないらしく、真っ直ぐに冒険者組合に辿り着いた。慌ただしい空気で音がざわざわとしている。討伐隊の各クランのリーダーだろう者が、他のギルドラーに指示を出していたりと指揮系統らしい空気も垣間見えた。それを見渡していれば、向こうも深緑のマントに黒いシールドに気づいたらしく、少しずつざわめきが収まっていく。それを不審に思い振り返った男が、奥の方から大きな声がした。
「ラング、ラングか!」
「久しいな、パルゴ」
手を差し出されたがラングはシールドを揺らして応え、握手を拒否した。しかしめげずに壮年の男は笑い、肩を叩こうとして避けられた。相変わらずだな、と腹を抱えているのでそういう間柄ではあるのだろう。ラングはアルの背を押して前に出した。
「メッティアで応援要請依頼を見た。今回はこいつを参加させる」
「また珍しいところにいたんだな? お前は参加しないのか?」
「しない」
ふむ、と男は顎髭をジョリ、と撫でた。まぁ、お前もいい年だもんな、と呟き、男はアルの肩を叩いた。
「期待してるぞ、ラングのオススメさんよ。名前は?」
「アル。【異邦の旅人】、ラングのバディ」
胸を叩いて言えば周囲がしんと静まり返り、げらげらと嘲笑が広がった。アルはきょとんとするばかりだが、壮年の男は苦笑を浮かべてからアルの肩を叩いた。
「まさかそんな、噂が本当だっていうのか?」
「事実だ。【異邦の旅人】というパーティで、こいつとバディを組んでいる」
再び冒険者組合内が静かになり、男はラングの差し出したギルドラーカードを見てからそれを返した。
「俺があれほど誘っても、パーティ入りも、バディ契約もしてくれなかった男がな、どういう風の吹き回しだ?」
「アルは腕のいい槍使いだ。存分に使え」
「そうしよう。見定めさせてもらうぞ、お前の相棒にふさわしいかどうかをな」
「くどい。しつこい。パルゴ、職責を果たせ」
ッチ、とラングから舌打ちが零れ、冒険者組合で緊張感が走った。それを気にもせずにラングはアルへ簡単な説明をした。
『この男はセティエラの街のギルドマスターだ。昔からうるさい男で、パニッシャー贔屓だ』
『つまり、昔の男ってことか』
じろりと剣呑にシールドが動き、おっと、とアルは両手を上げ、冗談だって、とその手でラングの肩を叩いた。また別の方向から睨まれた気がして手を離し、頬を掻いた。面倒になってきた。ラングはアルの胸を叩き、拳を軽く揺らした。
「アル、後は任せるぞ」
「うん? おう! わかった!」
よくわかっていないが、拳を差し出されたならそこに当てておこうと思った。ゴツッ、と音を立てて拳を当て合い、ラングは男、ギルマスを振り返った。
「今回の応援要請はメッティアでこいつが請けた。私は個人で動かせてもらう。……アルは異邦人だ。言語は不自由だが、ギルドラーの規則は基本を教えてある。だが、暗黙の了解といった点ではまだ甘い。お前のギルドマスターとしての差配に期待している」
ラングはそれだけを告げて冒険者組合を出ていった。置いていかれたので、ここで対応しろということはわかった。アルはギルマスを見遣り、右手を差し出した。
「よろしく」
「……足を引っ張るなよ」
不承不承ながらも全体の士気を考えそれを握り返し、ギルマスは冒険者組合内へ声高に宣言した。
「討伐に向けて改めて作戦会議だ、リーダーは奥の会議室へ! それから、ゼイアド! こいつを引き取ってやってくれ」
行け、と促された方へ行けば、髪を一つに結んだ金髪の青年がいて、興味深そうにこちらを観察していた。長剣を腰から下げているので剣士、その周りを固めているのは元々のパーティメンバーか、斥候らしい青年と、弓を掛けた青年がいた。三人に上から下まで不躾に眺められたがアルは気にしなかった。ラングと行動を共にするというのは、そういうことだと理解している。
「よろしく、【異邦の旅人】、アルだ。ことば、少し苦手、あー、ゆっくりよろしく。勉強してる」
「二番討伐隊のリーダーを預かっている、ゼイアドだ。……お手並み拝見だ」
向こうから手を差し出してくれたのでアルはそれを強く握り返した。
「よし、リーダーたちは来い。お前もだ、来たばかりだからな、少しは把握しておけ」
お前、で指を差され、アルはゼイアドと共に奥の会議室へ向かった。
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