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家が決めた結婚がひと月後に迫った今日は、妹の社交界デビューの日であった。


流行りのドレスを身に纏い、浮き足立つリリーは、見送りをしに来た姉のレイリンに笑顔で振り返った。

「では、お姉様。行って参りますね!」

淑女らしい立ち振る舞いはまだ身についておらず、ドレスの裾を翻しながら馬車に乗り込む。

そんな妹の姿にレイリンは苦言を呈すことなく「気を付けてね」と手を振って送り出した。



「本当に宜しかったんですか?」

馬車が見えなくなるまで見守るレイリンに、侍女のミラが心配そうに声をかけた。

「なにが?」

「今日のパーティのエスコート役がルイス様じゃないですか……」

「えぇ、そうね。別に構わないわ」

侍女の表情とは打って変わり、レイリンは平然とした態度であった。



ルイスとは、レイリンの婚約者ルイス・フォスターのことだ。

今日のパーティで、リリーのエスコート役を務めるという話は彼女の耳にも入っていた。しかし、その件はリリーからもルイスからも知らされていない。

わざわざ見送りに来たのもその報告を聞くためだったのだが、リリーは何も言わずに行ってしまった。


「エスコートしてくれる者がこの家にはいないのだから、もうすぐ家族になる彼がやっても問題ないはずよ」


婚約者がいない場合、男兄弟や父親、従兄弟などの親族などが引き受ける。しかしこの家には男家族がいない。正確には、姉妹以外の家族がいないのだ。

もちろん一人で参加することも出来るが、リリーはどうしてもルイスにエスコートして欲しかったのだ。


「ですが、リリー様とルイス様は……」

ミラが気にしているのはそこでは無かった。しかし核心に触れる言葉が出る前に、レイリンに制されてしまったのだった。




レイリンとリリーは、この街で知らないものはいないフローレス伯爵家の姉妹である。


古くから商売をするこの家は、祖父の代で大商会へと成り上がった。

一時は「フローレス商会に勝てるところはない」と言わしめたこともあるほど、多種多様な事業を成功させ続けた。

しかし六年前、とある事件がきっかけで低落した。


レイリンとリリーの両親の死である。


事故死だった。



当時、レイリンは十歳、リリーは九歳だった。


取引相手に招かれたパーティの帰り道。

予定よりずいぶんと遅くなった夫婦は、娘たちが寂しく待っているだろう思い、自宅へと馬車を走らせた。昨日から振り続けている雨のせいで、ぬかるんだ道に脚をとられた馬車は山道を曲がり切れず、道から外れ、崖から転落した。

助かったものは居なかった。


祖父サミュエルは、一人息子とその妻が亡くなった喪失感や幼い姉妹が残された憐憫より、跡取りがいなくなってしまったことに焦燥していた。

そして姉妹に悲しむ暇も与えず、葬儀が終わった次の日から当主としての教育を始めたのだ。


妹のリリーはその状況に耐えられず、祖父に反抗的な態度をとった。そうすると必然的に教育を受けるのはレイリンとなった。

まだ子どもだったにも関わらず、朝から晩まで経営ついて厳しく叩き込まれた。


それから三年後、祖父が亡くなった。

息子たちが亡くなった時にはすでに自分が老い先長くないと分かっていたのだろう。遺言書には『レイリン・フローレスが結婚するまでフローレス家の当主とする』と書かれていた。


それからはずっとレイリンが一人でフローレス商会を運営している。




夕食後、いつものように書斎でペンを走らせていると、バタバタと慌ただしい足音が聞えた。

「当主様、大変です!」

足音の正体は、リリーを会場まで送った若い執事だった。

パーティが終わるまで帰ってこない予定だった。それにも拘わらず、当主の部屋をノックしないで開ける程慌てているということは、何か問題が起きて帰ってきたのだろう。


レイリンはそんな彼を一瞥すると、手を止めずに言葉を促した。

「どうしたの?」

「パーティ会場で、ルイス様がリリー様との婚約を宣言いたしました!」





女性が大商会を経営するのは何かと不都合が出てくるだろう。


そう考えた祖父は、フローレス家に婿養子を迎えて夫婦二人で経営させようと思いついた。

そこでフローレス家と昔から付き合いのある、フォスター伯爵家の次男ルイス・フォスターをレイリンと婚約させたのだ。


ただ婚約してからも、レイリンとルイスはあまり親しい間にはならなかった。

二人でお茶をしたり出掛けたりもしたが、覚えることが山積みのレイリンにとって、二人きりで過ごしても気が休まらずいつも考え事をしていたり厳しい顔をしていた。特に当主を引き継いでからは、毎日忙しいレイリンは月に一回義務の様に訪ねてくるルイスと少し会話をする程度。しばらくすればルイスはリリーと過ごしている方が多くなっていた。


「そう。それで?」

「そ、それで……?」

平然した態度のレイリンに、執事の方が拍子抜けした声を出した。廊下で様子を窺っていた他の執事や侍女たちも同様の反応である。

ポカンとした表情を浮かべたままで話が進まないので、レイリンはすぐに言葉を促した。

「ルイス様がこちらにいらっしゃるのではなくて?」

「あ、はい!そうです!リリー様と共に向かっております!」

思い出したかのように慌ててそう伝えると、レイリンはやっとペンを置いて立ち上がった。

「分かったわ。丁寧にもてなしてあげて。ミラ、着替えを手伝ってくれる?」

「かしこまりました」


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