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秀吉の兄に転生したけど、そんなの居ないよな   作者: 牧場のオヤジ
2章ー新婚旅行と海外遠征ー

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第50話ー堺は嵐に負けずー



秀高が疲れ果てた小梅を背負い、近衛や忍び達と共に堺屋高山国支店への帰路を歩いていた頃。


支店では支店長の指示のもと、明日の営業再開へ向けた復旧作業が急ピッチで進められていた。


昨日まで客を迎えていた店内には、賊達による襲撃の爪痕が生々しく残されている。入口の戸は破壊され、商品を並べていた棚のいくつかは倒され、机や椅子などの家具にも壊されたものが少なくない。床には商品や道具が散乱し、賊達との戦いによって付いた汚れも至るところに残っていた。


それでも、店内で立ち止まっている者はいなかった。


『そこの棚はもう使えん。新しいものと入れ替えろ。机も壊れているものは全て交換するぞ。戸の修繕も今日中に終わらせろ』


支店長が店内を歩きながら次々と指示を出していく。


『明日の朝には、いつも通り客を迎える。中途半端な状態で店を開けるわけにはいかん。掃除も商品の入れ替えも、できるところまで今日中に進めるぞ』


『はい!』


支店の者達が声を揃え、それぞれの持ち場へ散っていく。


壊された戸は職人達が修繕を進め、使用できなくなった棚や机、椅子などは新しいものへ次々と交換されていた。店員達は散乱した商品を一つずつ確認し、無事なものと破損したものを分けながら店内を片付けていく。


一人の店員が壊れた商品を持ち上げ、そのまま処分しようとすると、支店長がすぐに止めた。


『それは捨てるな。向こうの部屋へ運んでくれ』


『こちらもですか?』


『ああ。総統からの指示だ。襲撃で破損したものは、商品も道具も全て一箇所へまとめて保管しておく。勝手に処分するなよ』


『分かりました』


壊れた商品だけではない。使用できなくなった道具や家具についても、何がどれだけ破損したのかを後から正確に確認できるよう、一箇所へ集めて保管されていく。


その一方で、店内では掃除も進められていた。床を掃き、汚れを拭き取り、倒れていたものを元へ戻し、空いた棚へ新しい商品を運び込んでいく。


堺屋高山国支店は確かに襲撃された。多くの者が傷つき、店も荒らされ、副総統である小梅まで連れ去られた。それでも、堺屋は店を閉じようとはしなかった。


今日、賊達に荒らされたのなら、明日にはもう一度店を開けばいい。壊されたものがあるのなら、新しいものへ入れ替えればいい。汚されたのなら掃除をして、失われたものがあるのなら補充すればいい。襲撃されたという理由だけで商いを止めてしまえば、それこそ賊達の思う壺である。


その復旧作業には支店で働く者達だけではなく、秀高と小梅の義弟である長宗我部弥三郎と島津又六郎も加わっていた。


『又六郎、そっちを持てるか?』


『はい、弥三郎義兄上』


二人は壊れた家具を運びながら店内を何度も往復する。


しかし、その足取りは重かった。


二人の脳裏には、どうしても昨日の光景が蘇ってしまう。


大勢の賊が支店へ押し入り、その前へ小梅が一人で立った。


小梅は次々と賊達を倒していった。十四人以上もの男達を相手にしてなお戦い続け、店とそこにいる者達を守ろうとした。


それでも人数差を覆すことはできなかった。


最後には大勢の男達に押さえ込まれ、武器を奪われ、膝をつかされ、その場で拘束された。


弥三郎と又六郎は助けようとした。


自分達の大切な義姉が捕らえられている。


見ているだけなどできなかった。


しかし、二人が前へ出ようとした時、小梅は首を横へ振った。


来てはいけない。


その目が、そう訴えていた。


二人は動けなかった。


そして小梅は、二人の目の前から連れ去られた。


残されたのは、賊達によって荒らされた支店だけだった。


『(義姉様……)』


弥三郎は唇を噛む。


『(俺がもっと強かったら……)』


又六郎も俯いたまま荷物を運んでいた。


『(俺達がもっと大きかったら……義姉様は連れていかれなかったかもしれない)』


二人の胸にあるものは同じだった。


『弥三郎義兄上……』


『何だ?』


『俺達……何もできませんでしたね』


弥三郎はすぐには答えられなかった。


『……ああ』


二人だけではない。


支店で働く者達も、同じような思いを抱えていた。


自分達を守るために副総統が戦った。


自分達の目の前で捕らえられた。


そして連れ去られた。


それなのに、自分達には何もできなかった。


支店の復旧作業を続けていても、皆の表情から完全に暗さが消えることはなかった。


そんな者達を見て、支店長が声を張り上げる。


『皆、手を止めるな。副総統が戻ってきた時に、荒らされたままの店を見せるつもりか?』


店内の者達が支店長を見る。


『俺は嫌だ。総統は副総統を取り戻すために動いている。なら俺達は、この店を元に戻す。明日にはいつも通り店を開けて、客を迎えるぞ』


『はい!』


『やりましょう!』


『明日には絶対に店を開けましょう!』


再び店内に活気が戻る。


それからも全員で作業を続け、やがて外が薄暗くなり始めた頃には、荒れ果てていた店内もかなり元の姿を取り戻していた。


弥三郎と又六郎は作業を続けながらも、何度となく入口へ視線を向けていた。


『(義兄上……)』


『(義姉様……)』


その時だった。


外から大きな声が聞こえてきた。


『帰ってきたぞ〜!』


『『!!!』』


店内にいた全員の動きが止まった。


続いて、別の声が聞こえる。


『総統と……副総統が……帰ってきた!』


その瞬間、誰かに命令されるまでもなく、支店の者達が一斉に入口へ向かった。


弥三郎と又六郎も走る。


『義兄上!』


『義姉様!』


外はすでに薄暗くなっていたが、通りの向こうからこちらへ近付いてくる一団の姿は確認できた。


近衛達とその周囲を警戒する忍達。


そして、その中心を歩いている一人の男。


その背中には、一人の女性が背負われている。


堺屋の二つの巨星である総統・鷹司秀高と、その背中で眠っている副総統・鷹司小梅の二人が、堺屋高山国支店へ帰ってきたのである。


秀高は店の前へ集まっている部下達を見て、僅かに微笑んだ。


そこには弥三郎と又六郎もいる。


二人とも不安と期待の入り混じった顔で、こちらを見つめていた。


「(かなり心配させてしまっただろうな)」


秀高は自分の背中へ意識を向ける。


小梅は帰路の途中から眠ってしまい、今も秀高の背中へ身体を預けて静かな寝息を立てていた。


「小梅、起きて」


反応はない。


「小梅。もうすぐ支店だぞ」


『……んぅ』


僅かに反応したが、まだ目は開かない。


秀高はもう一度、優しく声を掛けた。


「小梅、起きて。みんなが君を待っているよ」


『ん〜……秀高様〜』


ようやく小梅が眠そうな声を漏らし、重そうな瞼を少しだけ開ける。


「みんなが君を待っているよ」


『……みんな?』


小梅は秀高の背中へ埋めていた顔をゆっくりと上げ、その肩口から顔を覗かせた。


そこには、小梅が守った支店の皆が揃っていた。


『……みんな』


小梅の顔が見えた瞬間、支店の者達の表情が一斉に緩んだ。


自分達を守るために戦い、そのまま連れ去られた副総統が生きて帰ってきた。


それだけで十分だった。


秀高は小梅を降ろそうとはせず、そのまま支店へ向かって歩いていく。


支店の前まであと少しというところで、支店長が一歩前へ出た。


『総統、副総統。お帰りなさいませ!』


すると、その後ろに並んでいた者達も一斉に声を上げた。


『『お帰りなさいませ!』』


先ほどまでの落ち込みはどこへ行ったのかと思うほど、元気な声が夕暮れの町へ響き渡る。


秀高はそんな皆を見ながら答えた。


「今戻った」


小梅も秀高の肩越しから顔を見せる。


『ただいま戻りました』


すると、弥三郎と又六郎が二人のもとへ駆け寄ってきた。


『『義兄上様、義姉上様。お帰りなさい!』』


「ただいま」


『ただいま……二人とも……心配かけてしまいましたね』


小梅は秀高の背中から腕を伸ばし、弥三郎と又六郎の頭を交互に撫でる。


その瞬間、二人がこれまで我慢していたものが一気に溢れ出した。


『義姉様……!』


『義姉上様……!』


二人の目から涙が溢れる。


小梅は何も責めず、泣き止ませようともせず、二人が落ち着くまで優しく頭を撫で続けた。


『大丈夫ですよ。私はちゃんと帰ってきましたから』


二人は何度も頷く。


秀高もそんな三人を静かに見守っていた。

そしてそれを見ている支店の人間たちも、涙を流す者や目尻を押さえる者、泣くのを我慢している者までいた。


こうして秀高と小梅は、無事に堺屋高山国支店へ帰ってきたのである。


店の前での会話は程々にすると、秀高は疲れ切っている小梅を休ませるため、そのまま背負って支店の中へ入っていった。


廊下を進んでいくと、小梅付きの侍女達が待っている。


秀高は足を止めた。


「小梅は俺の部屋で休ませる。あと身体を拭くために、大桶にぬるま湯と手拭いを多めに持ってきてくれ」


『『はい』』


侍女達はすぐに準備へ動いた。


秀高はそのまま自分の部屋へ入り、ゆっくりと身体を低くして小梅を降ろす。


小梅は床へ両足をつけると、自分で立とうと脚へ力を入れた。


『あ、あれっ』


突然身体がふらついた。


秀高が咄嗟に小梅を抱え込み、倒れるのを防ぐ。


「大丈夫か?」


『ありがとうございます』


「無理するな」


秀高は小梅を支えながらゆっくりと布団まで移動し、その上へ横にさせた。


そして小梅の手を取ると、袖を少し捲る。


『秀高様?』


そこには、痛々しい縄の痕が残されていた。


秀高は何も言わず、その痕を見つめる。


賊達の拠点でも目にしていた。それでも明るい部屋の中で改めて見ると、小梅がどれほど長い時間あの拘束に耐えていたのかを嫌でも実感させられる。


「(……こんな痕が残るほど)」


この痕を誰にも見せたくない。


見せることなどできない。


秀高は強くそう感じた。


その時、部屋の外から声が聞こえた。


『参議様。湯と手拭いをお持ちしました』


「入ってきてくれ」


戸が開く。


『失礼します』


侍女が大桶に入れたぬるま湯と手拭いを持って入室する。


「ここに置いてくれ」


『承知しました』


侍女が秀高の脇へそれらを置く。


「後は俺がやるから、下がっていい」


侍女は一瞬戸惑ったが、横になっている小梅を見る。


小梅が小さく頷いた。


『では、失礼致します』


侍女が退出すると、秀高は手拭いをぬるま湯へ浸してしっかりと絞り、まず小梅の顔を優しく拭き始めた。


頬や額についていた僅かな汚れを丁寧に拭き取っていくと、すぐにいつもの綺麗な顔が戻ってくる。


『ありがとうございます』


「礼を言われることではないぞ」


秀高はそう返し、もう一度手拭いを濡らして絞る。


「小梅、身体を拭くから脱いでくれ」


『えっ!』


小梅が驚いて目を開いた。


『そ、それは……ちょっと……それでしたら侍女に』


秀高は少し前のめりになり、小梅の手を取る。


突然手を取られた小梅が戸惑っている間に、秀高が先に口を開いた。


「嫌なんだ」


『?』


「これだよ」


秀高は小梅の袖を捲り、腕を露わにする。


そこには、小梅が受けた拘束の縄の痕が何本も残されている。


「君の身体全身に刻まれている、この縄の痕を侍女達には見られたり、触れることもさせたくない」


秀高は小梅の目を真っ直ぐに見つめた。


「この縄の痕は俺が消す」


小梅は戸惑った。


いつもの秀高らしくない言動だった。


普段であればもっと冷静に判断する男が、今は自分の身体へ残された縄の痕を見て、感情を隠すことができていない。


しかし、それだけ自分を大切に思ってくれていることも伝わってきた。


小梅は愛する人からの訴えに応えることにした。


『……分かりました』


小梅は身体を起こすと、恥じらいを見せながらも衣服を脱いでいった。


そして、その身体を目にした秀高は絶句した。


腕だけではない。


肩や背中、胴、脚にも、拘束されていたことを示す痛々しい縄の痕が残っている。


「……」


秀高は俯いた。


「小梅、すまない」


小梅はそんな秀高へ近付き、微笑みながらその手を取る。


『宜しくお願い致します』


秀高は顔を上げ、静かに頷いた。


「ああ」


手拭いをぬるま湯へ浸し、しっかりと絞る。


「小梅、こちらに」


秀高はそう言って、胡座をかいている自分の前を軽く叩いた。


小梅は一瞬驚いたものの、秀高の表情を見ると素直に従う。


『し、失礼しますね』


小梅が秀高の胡座の中へ腰を下ろすと、その身体は秀高の内側へすっぽりと収まった。


秀高は手拭いを使い、小梅の身体を丁寧に拭き始める。


右手から右腕へ進み、続いて左手から左腕へ移る。その後も身体に残る縄の痕を刺激しないよう注意しながら、ゆっくりと丁寧に汚れを拭き取っていった。


小梅は自分を優しく清めてくれる秀高の手を感じながら、その思いをさらに強くしていく。


『(秀高様……)』


秀高もまた、小梅の身体に残された痕を目にするたびに胸を締め付けられながら、それでも今ここに小梅が生きて戻ってきたことを確かめるように手を動かし続けた。


一通り身体を拭き終えると、小梅は秀高へ振り向いた。


『秀高様』


「どうした?」


小梅は両腕を後ろへ回し、背中の高い位置で組んだ。


先ほど拘束されていた位置よりは低い。それでも、その柔軟性は目を見張るものがある。


そんな光景を見せられた秀高に対し、小梅は自慢するように笑った。


『秀高様。私、こんなに腕を上げられるんですよ』


その一言に、秀高は耐えられなくなった。


「小梅っ」


『きゃっ』


秀高が小梅を後ろから抱き締める。


小梅は突然のことに戸惑った。


『秀高様?……!!』


小梅が自分を抱き締めている秀高の腕へ触れると、その身体が震えていることに気付いた。


『秀高様……?』


「小梅。済まなかった。君に怖い思いをさせてしまった」


『そ、そんなこと。私の方こそ、ご迷惑をお掛けしました』


「君は、まだ気付いていない」


『な、何をです?』


「自分の手を見てくれ」


『自分の手、ですか?』


小梅は秀高に言われた通り、自分の手を見る。


『あっ』


そこで初めて気付いた。


自分の手も震えている。


しかも、その震える手を使って先ほどは自慢するように両腕を背中へ回して見せていた。


『な、なんで……』


小梅は自分の手を見つめた。


もう助かった。


拘束も解かれた。


支店へ帰ってきた。


秀高も隣にいる。


それなのに、震えが止まらない。


『あれっ……なんで、涙が……』


小梅の頬を涙が流れた。


一滴だけではない。


次から次へと溢れ出してくる。


秀高はすぐに小梅へ肌着を羽織らせ、身体の向きを変えると、自分の胸へ抱き寄せた。


「小梅、我慢しなくていい。怖い思いをしたんだ。全部吐き出していいんだ」


その言葉を聞いた瞬間、小梅の中で張り詰め続けていたものが完全に切れた。


『あぁぁぁぁぁぁぁ……!』


小梅が泣き叫んだ。


秀高の胸へしがみつき、これまで押し殺していたものを全て吐き出すように泣いた。


その声は支店の中へ響き渡った。


いつも明るく、太陽のような笑顔で仕事をしている小梅が、今回の事件ではあれほどまでに泣き叫ぶほどの思いをしたのである。


廊下にいる侍女達も、店内で作業をしていた者達もその声を聞いた。


一人、また一人と目元を押さえ、中には小梅の泣き声に釣られるように涙を流す者もいた。


それを秀高は真正面から受け止める。


「大丈夫。もう大丈夫だよ。君の隣には俺がいる。存分に泣いてくれ」


小梅が泣き叫ぶたびに、秀高は何度でも応えた。


泣き止ませようとはしない。


我慢させようともしない。


ただ背中を優しく撫でながら、小梅が今日まで耐えてきたものを全て吐き出させる。


やがて、小梅の泣き声が少しずつ小さくなっていった。


『……秀高様』


「ああ」


『……ありがとうございます』


秀高は小梅の顔を見る。


目元は泣いたことで赤くなっているが、先ほどまでよりもずっと穏やかな表情になっていた。


秀高は小梅を抱き上げる。


『きゃっ』


小梅が驚いて声を上げる。


秀高は抱き上げた小梅と共に、部屋の中をゆっくりと歩き回った。


最初こそ驚いていた小梅も、やがて秀高へ身体を預ける。


『ふふふ。秀高様』


「もう、大丈夫か?」


『はい。ありがとうございます』


小梅が落ち着いたことを確認すると、秀高は小梅を布団へ入れ、自分も一緒に布団へ入った。


『ひ、秀高様』


「今日は一緒に寝よう。ゆっくりお休み」


『はっ、はい』


これまで小梅が秀高の寝床へ忍び込むことは多々あったが、最初から一緒に布団へ入るのは婚姻式以来だった。


最初は緊張していた小梅だったが、秀高が布団の上から優しくポン、ポンと一定の間隔で叩いているうちに、少しずつ瞼が閉じていった。


『……秀高様』


「ああ」


『……いますよね』


「いるよ」


『……はい』


小梅は安心したように目を閉じ、それから暫くすると静かな寝息を立てて眠ってしまった。


「お休み、小梅」


小梅が眠ったことを確認した秀高も、そのまま目を閉じる。


こうして二人にとって、あまりにも濃密だった一日が静かに終わったのであった。






翌朝


秀高が目を覚ますと、最初に視界へ入ったのは自分のすぐ隣で眠っている小梅だった。


昨夜あれだけ泣いたため、目元には僅かに腫れが残っている。それでも寝顔は穏やかで、昨日のように緊張した様子もない。


秀高は小梅を起こさないよう静かに身体を起こそうとしたが、その僅かな動きに小梅が反応した。


『……んぅ』


「起こしたか?」


『……秀高様?』


小梅がゆっくりと目を開ける。


暫くぼんやりと秀高を見つめた後、小さく微笑んだ。


『……おはようございます』


「おはよう、小梅」


小梅は身体を起こしながら腕を動かし、僅かに顔をしかめる。


『まだ少し身体が重いですね』


「昨日あれだけ動いたんだ。当然だろ」


『そうですね』


小梅が苦笑する。


その際、寝間着の袖口が僅かにずれた。


秀高の視線が小梅の腕に向けられる。


まだ縄の痕が残っている。


昨日より薄くなっている部分はあるものの、小梅の腕には今も縄の痕が残されていた。


小梅も秀高の視線に気付き、自分の腕を見る。


『まだ全部は消えていませんね』


「……ああ」


『でも、昨日よりは薄くなっています』


「完全に消えるまでは無理するなよ」


『分かっています』


小梅はそう答えながら袖を戻した。


「身体の調子は?」


『昨日よりは随分いいです。脚にもちゃんと力が入ります』


「本当か?」


『本当です』


「無理してないな?」


『していません。秀高様は心配性ですね』


「昨日の今日だからな」


『それを言われると何も言えません』


小梅は困ったように笑った。


二人が身支度を整えている頃、堺屋高山国支店ではすでに朝早くから開店準備が始まっていた。


昨日まで壊れていた戸は修繕され、使用できなくなった棚や机なども新しいものへ交換されている。床は綺麗に掃除され、散乱していた商品も全て片付けられた。


破損した商品や道具は秀高の指示通り別室へ保管され、その代わりとなる新しい商品が次々と棚へ並べられていく。


『そこの商品はもう少し右だ。昨日空いたところへ詰めてくれ』


『はい!』


『入口周りももう一度確認しろ。客が入ってきた時に昨日の襲撃を感じさせるなよ』


『承知しました!』


支店長の指示に従い、皆が忙しく動き回る。


その様子を見て驚いているのは、周囲の店の者達や朝から通りを歩いている町人達だった。


『……もう店を開けるのか?』


『昨日あれだけ荒らされたんだぞ』


『戸まで壊されていたじゃねえか』


『それを一晩でここまで戻したのか……』


昨日、大勢の賊が押し入り、店員達が襲われ、商品が荒らされ、副総統まで連れ去られたことはすでに周囲へ広まっている。


普通なら数日は店を閉めていても不思議ではない。


それなのに、堺屋高山国支店では襲撃された翌朝から、何事もなかったかのように開店準備が進められている。


『堺屋ってのは……本当に止まらねえんだな』


周囲の商人達は、忙しく働いている支店の者達を驚いたように眺めていた。


やがて開店準備がほとんど整った頃、店の奥から二人の人影が現れた。


最初に気付いた支店長が目を見開く。


『総統……副総統……』


支店の者達が一斉に振り返る。


そこには、秀高と小梅が並んで立っていた。


昨日の夕方、小梅は秀高の背中へ背負われた状態で帰ってきた。


しかし今は違う。


自分の足で立ち、秀高と肩を並べている。


まだ身体に縄の痕は残っている。


昨日受けたものが全て消えたわけでもない。


それでも、小梅はいつものように皆の前へ立っていた。


その姿を見た瞬間、支店の者達の表情が一斉に緩んだ。


昨日の帰還で無事であることは確認している。


それでも今こうして、総統と副総統の二人が揃って店へ顔を出したことで、皆は改めて二人が帰ってきたのだと実感することができた。


『副総統、お身体は大丈夫なのですか?』


支店長が尋ねる。


小梅は笑顔で頷いた。


『はい。まだ少し疲れは残っていますが、昨日より随分良くなりました』


『無理はなさらないでください』


『分かっています。秀高様からも散々言われていますから』


その言葉に、支店の者達から僅かな笑い声が漏れる。


昨日まで店を包んでいた重苦しい空気が、ようやく消えていった。


秀高は小梅と並んだまま、店内にいる者達を見渡した。


昨日、この店は襲われた。


多くの者が傷ついた。


小梅も連れ去られた。


それでも誰一人として商いを諦めなかった。


一晩で店を立て直し、もう客を迎える準備を終えようとしている。


秀高はそんな部下達を見て、いつもと変わらない口調で声を掛けた。


「今日もよろしく頼む」


その一言に、皆の表情が明るくなる。


『『はい!』』


支店長が入口へ向かい、修繕されたばかりの戸を大きく開いた。


朝の光が店内へ差し込む。


外で様子を窺っていた周囲の商人や町人達が一斉に店を見る中、店員達はそれぞれいつもの持ち場へ向かい、客を迎える準備を整えた。


昨日襲撃を受けたばかりの店とは思えない、いつも通りの朝だった。


堺屋高山国支店は止まらない。


壊されたものは直し、失ったものは補い、傷ついた者は互いに支えながら再び立ち上がる。


嵐は確かに堺屋を襲った。


しかし、その嵐に屈する者は誰一人としていなかった。


こうして堺屋高山国支店は、いつもと変わらぬ一日を始めるように、通常通り開店したのであった。




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