儀式の朝、玉座の夜
ピピピピピピ
朝日の差し込む部屋の中。静寂を破ったのはベッド脇に置いた目覚まし時計の音だった。
「んぅ……」
部屋の主は気だるげに薄目を開けると、おもむろに目覚まし時計をつかみ――
ぶおんっ!
がしゃん!
投げ飛ばした。と、それを待っていたかのように。
あさだよー。あさだよー。おきろー!
二つ目の目覚ましが、朝を告げる声を上げ始めた。さらに。
てんてれてれれれてんてん♪てんてれてれれれてんてん♪
スマートホンのアラームが鳴り始める。
さすがにこれ以上寝ているとさらなる目覚ましが起動してしまう。
嫌々ながら体を起こし、ベッドから離れた位置に設置してある目覚まし時計三つと、スマートホンのアラームを切り一息ついた。
この部屋の主の名は高峯飛鳥。プロレス団体シャングリラでトップレスラーの一人として数えられるヴァイス高峯とは彼女のことであった。
ヴァイスとは、ドイツ語で白のこと。それが表すとおり、彼女の髪は白く染められていた。肌も色素が薄いのか透き通るように白い。
プロレスラーになるに当たって多少焼いたほうが見栄えがいいのではと思い日焼けサロンに通ったこともあるが、肌が赤くなるだけでまったく黒くなってくれなかったので焼くのはあきらめた。
その髪と肌を、シャワーでひと流し。徐々に意識が覚醒してくる。
シャワーに打たれながら、鏡を覗き込む。鏡に映った自分に向かって、
「覚醒なさい、ヴァイス高峯」
と、話しかける。朝目覚めるときの、一種の儀式であった。
バスタオルを巻きつけただけのあられもない姿で、飛鳥は朝食の準備に取り掛かった。といっても、朝は食欲があまりないので――グリーンスムージー、プロテイン、卵、砂糖をミキサーに入れ、スイッチを入れる。適度に混ざったところでジョッキに注ぎ、無理やり飲み込む。
「げほっ」
むせた。
体質的にプロテインを3食及びトレーニング後にしっかり摂らないと、体格が維持できない。170センチの長身で、筋肉質なので体重の割に細く見える。だが見た目のことよりもリング上のパワー、タフネス、スタミナを考えると、もう少し筋肉と脂肪を増やしたいと考えている飛鳥である。
それでもパワーに関していえばシャングリラの中でも屈指である。片仮名でヴァイスといえばドイツ語の白(Weiß)のほかに、英語での万力(vise)なのだが、万力の意味に解釈してもそれに恥じない強力なパワーを持っているのが飛鳥だった。その力で対戦相手を絞め上げ、ギブアップを奪うのが飛鳥の主たる戦い方だ。
朝食を終えた飛鳥は道場に向かうためジャージ姿になる。道場はこのマンションからさほど離れていない。徒歩で行くこともできる距離だが、あまり日の下を歩きたくないことと、着替えなどの荷物もあるためいつも車で通っていた。
道場に着くと、まずは二階でマシントレーニング。その後一階のリングでビューティ・コネクションのメンバーとスパーリング。特に華山涼子と川部雪江相手にはみっちりと指導しつつのスパーリングだ。
「ほらほら雪江、それで力を入れているつもりかしら? まだまだ追い込みが足りませんわよ」
「ぐうっ、まだ、まだぁっ!」
グラウンドで雪江を圧倒しつつ、それでも内心(基礎は十分ね)と値踏みをする飛鳥。この子のグラウンド技術は武器になる。そして、二つ目の武器として柔道の投げ技を基にした動きをできるようになれば伸びるわね、と育成プランを考えるのだった。
翌日、11月3日。
レディオンアリーナ大阪にて、大一番。氷室いずみの持つシャングリラ無差別級シングル王座への挑戦が行われる日であった。
白を基調としてサイバーチックな蛍光グリーンのラインがあつらえられたリングコスチュームに身を包んだ飛鳥は、入念にストレッチを繰り返す。
「気合入ってるわね、飛鳥ちゃん」
高峯飛鳥のことを飛鳥ちゃんと呼ぶのは一人しかいない。「天の女王」の意味を持つ覆面レスラー、レイナ・シエロこと鈴村天だ。天はストレッチを続ける飛鳥の横に腰を下ろす。
「ええ、研いできた牙は今日のため」
飛鳥の薄い笑みは肉食獣を思わせるようだった。飛鳥のこういう表情は久々に見るな、と天は思った。
「打ち合わせどおり、乱入は勝敗に直接関わらない程度にするから、安心してぶつかってきてね」
一応(?)ビューティ・コネクションはヒール軍団なのだ、タイトルマッチで乱入せずして何がヒールか。
「ふっ。ちゃんと観客には乱入のおかげで勝ったと思わせるように頼みますわ」
「分かってるって。でも実力で玉砕しても私たちのせいにしないでよ?」
「どうかしらね」
意地悪そうに笑う飛鳥を、天は軽く小突く。こんなやりとりも、気心の知れた二人ならではだった。
「勝つわ」
「期待してる」
メインイベント
シャングリラ無差別級王座選手権試合
挑戦者 ヴァイス高峯 vs 王者 氷室いずみ
「さあ無差別級シングル王座戦、ゴングが鳴りました。この試合のゲスト解説は松井香織選手です、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「試合が終わったばかりで駆けつけてくれました。息が上がってますね」
「さすがに、セミの試合の後すぐの解説はきついですね。引き受けるんじゃなかったわ」
「はは、ですが松井選手の解説は評判いいんですよ」
「そうですか、ありがたい話です」
「さあ氷室が蹴りを放てば高峯も袈裟斬りチョップでやり返す。氷室選手の蹴りはいわずもがなの威力ですが、高峯選手のチョップも効くんですよね」
「そうなんですよ、高峯は細身に見えてパワーがありますから、あのチョップ重くて芯に響くタイプです」
「なるほど。おっと、高峯が氷室を場外へ連れ出し、ああっとセコンドのシエロがパイプ椅子で氷室を殴打! これはいけません!」
「やはりセコンドが手を出してきましたか。選手権試合でこういうことはして欲しくないのですが」
「そうですよね!」
「氷室のセコンドも割り込んで止めないと」
「なるほど! 今は望月選手や豊嶋選手がセコンドについていますね」
「あいつら動く気があるのかなあ」
「できれば阻止して欲しいですね。さあ戦いはリング上へ」
「高峯、徹底して氷室の足をつぶしにかかってますね」
「そうですね、アキレス腱固め、膝十字、ストンピングなどで集中攻撃を見せています。グラウンドに捕らえてのこういう展開、高峯選手は本当に上手ですね」
「ええ、ですが同じ戦法を採った私を、氷室は退けてますからね、簡単に足殺しが上手くいくと思わないことです」
「確かに! 松井選手は前々回の無差別級挑戦者。序盤から足を狙った組み立てをしていましたが最後は氷室の膝爆弾、ケルベロスに沈んだのでしたね」
「改めて言われるとやっぱり悔しいわね……もう一度挑戦しないと」
「そうですね! おおっと高峯のサイバーカッターが炸裂、顔面を強打した氷室、コーナーに逃れます。ああっと! ここでビューティ・コネクションがリング上に乱入! 川部がレフリー石黒の注意を引いている間に、コーナーの氷室へ連続攻撃!」
「あーもう! だから乱入させるなって言うのに!」
「チャンピオンシップにあるまじき行いですビューティ・コネクション! 場内のブーイングで石黒レフリー背後に気づいてセコンドを排除しますが、これはどうですか松井さん」
「ちょっと氷室のダメージが増えてきましたね、まあタフさには定評のある氷室ですから、これくらいではやられないでしょうけれど」
「そう思いたいですね! 眼光鋭く高峯を睨み付ける氷室、高峯を首投げから背中に強烈なキック! その蹴りはいまだ弱らず! 立ち上がる高峯にさらに蹴りを、おおっと高峯蹴り足を捕まえてドラゴンスクリュー! そして膝十字へとつなぐ! 悲鳴を上げる氷室、これは効いている!」
「私の膝攻めより高峯のほうが効果的に攻めてたってことかな、腹立つわね」
「なんとかロープに逃れた氷室、その右足は相当辛いのか、左足一本で立っています! その体重のかかる左足の膝へ、高峯の前蹴り!両足とも潰していくつもりでしょうか!」
「いや、これは……」
「動きの止まった氷室をコーナートップに据え付ける高峯、ああっとこれは、高峯のフィニッシュホールド、サイバースラム(雪崩式チョークスラム)か! まともに食らった氷室、この落差の前についに沈むか! いや、カウント2で返す……すかさず高峯ルーマニアンクラッチで氷室を捕らえる! リング中央、ロープは遠い!」
「これは危険な場所で入ってますよ。首、肩、腕、3箇所が完璧に極まってる」
「そうですね松井さん! さあ粘る氷室、しかし動きが止まる! 石黒レフリーが氷室の手をとるが、力なくマットに落ちる、これは!」
「あー、やばいかもしんない」
「ギブアップ、ギブアップです! 王座交代! 初代に続いて長期政権となっていた二代目王者氷室いずみの保持していたシャングリラ無差別級シングル王座、ヴァイス高峯に移動してしまいました!」
「ふん、仇はとってやろうじゃないのいずみちゃん」
「おおっと、松井選手はやくも挑戦表明ですか?」
「ただ、私は挑戦したばっかりだから、順番待ちかもねえ」
「なるほど! さて高峯がマイクを持つようです」
『ふふ、楽しませていただきましたわ。これでこのベルトはわたくしのもの。ビューティ・コネクションがベルトを制圧することが、この団体のハッピーエンドになるのですわ。そう、ハッピーエンドに!』
飛鳥が高らかに宣言する。これに反応したのが豊嶋だった。
『卑怯な手を使ってチャンピオンになって、何がハッピーエンド? そんなまやかし、冗談じゃないわね?』
『冗談じゃなければ、どうするのかしら?』
『私が、正してあげる。そのベルトを奪い返すことで』
『できると思っているのかしら? でもいいわ、かかってらっしゃいな。そうね、来月の幸福園ホールなんてどうかしら』
『異存ないわ』
『そして幸福園ホールでも思い知ることになりますわ。わたくしたちのハッピーエンドを、ね』
「さあ、早速豊嶋選手がかみつきましたね、松井選手」
「そうですね。彼女もこのところ本当によく伸びていますから、十分勝機はあるでしょう」
「期待したいところです」
シャングリラ無差別級シングル選手権試合
○ヴァイス高峯 (18分11秒、ルーマニアンクラッチ) 氷室いずみ×
※氷室いずみが10回目の防衛に失敗。ヴァイス高峯が第三代王者に
キャラクター名鑑 vol.16
リングネーム:リリス渡部 本名:渡部聡美 身長:155センチ 階級:軽量級
出身:東京都 スポーツ暦:なし
得意技:大日本女子でデビューしたが、シャングリラに引き抜かれて移籍してきた若手レスラー。大女時代は頻繁なクラブハウス通いが問題視されていたが、シャングリラの寮近くは好みのクラブハウスが無いためくすぶっている。グラマラスなボディの持ち主。




