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決断の夜

 興行が終わると、会場撤収作業に入る。新人や練習生がリングを解体していく中、作業に混じっている川部雪江にチラチラと視線を送る同期たち。

 さきほどの試合で設立されたユニット、ビューティ・コネクション。そのメンバーの一人、スペル・シエロが雪江を預かっている形になっているため、雪江の立場もビューティ・コネクションのメンバーになるのでは、と同期たちは感じていた。しかし雪江は周囲のそんな思惑をよそに、いつも通り変わらぬ様子でリングマットのカバーを畳んでいた。だが視線を感じて坂本樹理亜(ジュリア)を見やると、樹理亜は目をそらす。困ったように先輩の三宅(みやけ)美鈴を見るが、美鈴も困ったように眉をひそめるだけで、それ以上の反応はなかった。

 撤収作業が終わりに掛かり、さすがに空気が変だと察した――ようやく察した――雪江。リングの床板をトラックまで運び終わって一息ついていた天野ケイにおずおずと声をかけた。


「あの、ケイさん、ちょっといいですか?」


 振り向いたケイは、ジト目で雪江を見やる。


「なに、ユキちゃん」


 ケイの口調に、トゲがある。うっ、と雪江はやや怯むが、気を取り直して。


「あの、なんだか今日は空気が変というか、皆さんの視線が刺さるような感じがあるというか」


 それを聞いてケイは「はあ~」、と大きく、大げさにため息をつく。


「それ本気で言ってるとしたらユキちゃん相当鈍いよ。あのね、みんなね、今日の出来事はびっくりしてるの」

「あ、はい、そうですよね、私も最初聞いたとき驚きましたから」

「……」

「あ、あれ?」

「いつさ」


 ぼそり、とケイ。


「え?」

「いつ聞いたの、って聞いてるの」

「えっと、ユニット立ち上げのことですよね。おととい、だったと思います」

「そういうとこだよ!?」

「な、なにがですか?」

「それ知ってたのに、何食わぬ顔して今までと同じ態度だったわけでしょ、信じられない。ユキちゃんどんだけ図太いんだよ」

「だ、だって、(てん)さんから、誰にも言うなって言われましたし……」


 天とは、鈴村(すずむら)(てん)。雪江を預かっているレイナ・シエロの正体である覆面レスラーの本名だ。

 頭をがしがしと掻いたケイは、これはあれだ、図太いんじゃない、鈍いんだ、と思い直した。


「あのね、天さんの弟子のユキちゃんがね、今まで通りあたし達と仲良くしてていいのか、っていう話なんだけど。分かる?」


 ぷんすか、と拳を腰に当てて雪江に詰め寄るケイ。

 やっと情況が飲み込めた雪江は、あわてて両手をわたわたと動かす。


「で、でも」


 言い訳しようとした雪江だが、そこに久保渚(くぼなぎさ)の声がかかる。


「おーいさぼってんなよー」

「うへ、そうだ、作業やらなきゃ。とりあえずユキちゃん、そういうことだから、考えとくように!」

「は、はい!」


 言いつつ二人は会場内にかけていった。

 

 

 シャングリラの選手移動は、1台の大型バスに全選手が乗り込んで興行会場へと向かう。が、この日はバス前で軽いいざこざが起こった。


「なに? 敵対ユニット軍団と同じバスになるわけ?」


 腕を組んでビューティ・コネクションの面々を睨み付けているのは、リリス渡部(わたべ)のリングネームを持つ中堅レスラー、渡部(わたべ)聡美(さとみ)である。小柄ながらグラビアモデルを兼業していて、男性人気の高いレスラーだ。その渡部の腕を、やめようよ、とアイドルレスラーの海原まりんがひっぱる。

 渡部と海原はともに大日本女子の出身で、デビューは1年渡部が先輩になる。同い年であり、ともに芸能活動を行うことが多いという共通点を持つ二人は仲のよいコンビである。


「あら、一緒が嫌なら降りればいいのではなくて?」


 見下したような笑いを浮かべて反応したのは、ヴァイス高峯(たかみね)こと高峯飛鳥(あすか)。長髪を美しい銀髪に染めた、サディスティックな雰囲気を持つシャングリラのトップレスラーであり、ビューティ・コネクションのリーダーであった。


「んだとお」


 喧嘩腰に詰め寄ろうとする渡部。

 とうとう、海原が渡部の腕にしがみつき、引きずり始める。


「私は、別に、どこでも、いいですが」


 ぼそぼそとビューティ・コネクションの若手である華山(かやま)涼子がつぶやくが、聞こえてないのか聞こえないふりなのか、ともかく皆に無視された。

 と、そこに松井香織と芹沢すずな、タッグチーム「ダブルドラゴン」の二人がやってきた。シャングリラのレスラーで最も年長でもある松井はこういう揉め事を収めるのに強かった。


「はいはい、情況は分かったから。とりあえず渡部と海原、乗っちゃいなさい。それからビューコネの連中は他のレスラーが全員乗ってからにしてもらえると、トラブルが避けられてうれしいんだけどな?」


 べー、と高峯に向かって舌を出しつつバスに乗り込む渡部と、ぺこりと頭を下げながら渡部を押し込むように押しながらバスに入っていく海原。

 その様子を肩をすくめて見送った天が、松井の提案に応える。


「そうねえ、正直サプライズを優先しすぎてこういうことへの対応ぜんっぜん考えてなかった私らも悪いかもだし? それでいい、あすかちゃん?」

「ええ」


 高峯は渡部の挑発に反応したが、それはあくまでユニットのリーダーとして仲間の盾になろうとしていただけで、内心はどうでもいい、と考えていた。渡部を見下していたと言うよりは、そういう軋轢(あつれき)に対して興味がないだけのようだった。


「体が冷えるので、作業をしている新人たちまで待っていられませんわね。最前列をわたくし達の席として、他の方々と距離をとるということでどうかしら?」

「そうだな、そうしてもらおうか。ありがと、高峯」


 礼をいいつつバスに乗り込もうとする松井の背中に高峯が返事を投げる。


「礼を言われるほどのことではないですわ。ふふ、わたくし達の門出(かどで)、トラブルから始まるのも"らしい"かもしれません」


 松井は顔をちらと向けるだけでそのまま乗り込んだが、松井に続こうとしていたそのパートナー芹沢(せりざわ)すずなは、のんびりとした口調ながら好戦的な性格を隠しもせずビューティーコネクションの面々に啖呵を切った。


「仕方ないかもしれないけど、あんまりおいたはだめよ~? リング上でなら、いくらでも相手してあげるけど~」


 不穏な雰囲気を孕みつつ、撤収作業は続いていく。


・・

・・・

・・・・

 

 

 この日のシャングリラは会場からそう距離のない安ホテルに宿を取っていた。そして皆試合の疲れから寝静まる……かと思いきや。「お疲れのところすみません、相談があるんです」と雪江は天を近くのファミレスへと呼び出していた。


「と、いうことをケイさんに言われたんですけど、どうしましょう天さん」

「あはははははは!」


 大笑いされた。店員がちらりと視線を向けてくるが、すぐに視線を戻したのはこういう客に慣れているからか。


「わ、笑わないでください……ちょっと、鈍かったかなとは思いますけど」

「ちょっと! ちょっとね! いいわ雪江、あんた見込んだ通り面白いわよ!」


 テーブルに突っ伏して肩を震わせる天。これには雪江も困り顔である。


「まあその辺は、会場の設営だの撤収だのの作業からはずすのは特別扱いしたくないからさ、今まで通りでいいんじゃない? 会社にも私のほうから言っておくわ」


「あ、はい、ありがとうございます」

「ただ、練習とかはね……他の子が気にしないなら、それも今まで通りでいいかと思ってほっといたんだけど、どうもそういう雰囲気じゃなさそうね?」


 ブラックコーヒーを一口啜る天。仕草が一つ一つ決まっていて、さすが元モデル……と余計な感心をしている雪江だった。


「そうなんですよ、なんだか居心地の悪い視線を感じちゃいまして」

「それなら、練習、うちらと一緒にやる? ただ、覚悟はしときなさいよ」

「厳しい、ってことでしょうか」


 天はちちち、と人差し指を振って否定する。


「あんたそうなるとデビューからヒールってことよ」

「あ、ああ、そっか、そうですよね……」


 雪江はウーロン茶で喉を潤す。急に喉の渇きを覚え、飲み干してしまった。ずずず、とストローが音を立てる。天がふっと口元に笑みを浮かべた。


「ここ十日ほどあんたを見てたけど、そんなにヒールに向いてるほうじゃないなと思いはしたのよ。でもまあ、まっちゃんっていう前例があるからさあ」

「MACHIKOさんですか」

「そうそう。あれも素の性格だとヒールなんてできそうにないじゃん。でも今うちで一番ヒールらしいヒールはあの子よね。あすかちゃんはサドでねちこくやらしい攻めはするけどあんまり露骨な反則技は使わないし」

「はあ」


 そこまで言うか、と雪江は思った。

 高峯飛鳥と鈴村天は二人とも武蔵野女子プロレスという団体でデビューしていて、キャリアでは高峯が先輩だが年齢は天の方が上という関係であり、プライベートで仲がよいのでこれくらいの軽口は日常茶飯事。


「私の弟子のまま正規軍か。私の弟子としてビューティ・コネクションか。どちらを選んでも楽じゃないかもね。でも、あんたに選ばせてあげる。選んで、後悔するかも知れないけど、まあ人生失敗して当たり前、気楽に覚悟決めてみなさい」

「気楽に、覚悟……」


 矛盾するようだが、雪江にはこの言葉がすっ、と腑に落ちてきた気がした。

 そして、この人についていきたい、その想いが強く湧き出したのだった。


「ヒールで、デビューします。天さんの弟子として」


 真っ直ぐに天を見つめる雪江。天はうんうん、と頷く。


「じゃ、帰ったらコスチューム決めましょ。出来上がり次第デビューってことで」

「ええっ、いいんですか!? こんなところでデビューなんて大事なこと決めちゃって!?」

「会社から、雪江のデビュー判断は任されてたのよ。基礎はできてるってね」


 ウィンク一つ。天の言葉に、雪江は体が震えてきた。武者震い。ウーロン茶を飲もうとストローに口をつけるが、氷が溶けた水が少し入ってきただけ。お代わりは入れてなかった。


「デビュー、デビュー……っ!」

「それじゃ、宿に帰りましょ。明日は広島、あさってが岡山、そんで東京に。デビューのカウントダウンは、はじまったわよ」


 立ち上がった天が伝票を手に取る。雪江が手を伸ばそうとするが、「弟子に奢らせる師匠がどこにいるのよ」と笑ってその手をはたき、レジへ向かう。あわてて雪江もその後に続くのだった。

キャラクター名鑑 vol.11

リングネーム:ヴァイス高峯(たかみね) 本名:高峯飛鳥(あすか) 身長:170センチ 階級:重量級

出身:長崎県 スポーツ暦:特になし

得意技:ルーマニアンクラッチ、サイバースラム(雪崩式チョークスラム)、サイバーボム

概要:長身・美貌のシャングリラトップレスラーの一人。ヒール軍団ビューティ・コネクションのリーダー。髪を白に染めていることが、リングネーム「ヴァイス(ドイツ語で白の意味)」の由来となっている。グラウンドテクニックに秀でており、それだけでなく腕力もかなりのもの。万力のように締め上げる絞め技は恐怖の的。かつてベアハッグで相手レスラーの肋骨をへし折ったことがある。

プライベートでは独特の言動が多く、あまり付き合いが良い方ではない。

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