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天野ケイが進む道は

 梅雨も明けて日差しの強くなってきた7月中旬。シャングリラ道場は熱中症対策のためエアコンがフル稼働している。2,30年昔前なら根性で乗り切れとでも言ったのかもしれないが、シャングリラの社長は非科学的な根性論より、運動生理学などの理論に基づいた選手管理を徹底している。

 しかし、練習生を暑さに慣れさせないといけないのも事実である。それは、スポットライトが当たる会場では、リングの上が高温になるためだ。ということで、練習生は(もちろん、現役レスラーもであるが)暑い日差しの中、今日もロードワークに精を出す。

 ロードワークが終わって練習生が道場で水分補給をしていたとき。総務の事務員、山名(やまな)葉子(ようこ)が道場にやってきた。


「すみません、天野さんいらっしゃいますか?」


 きょろきょろと周りを見回す山名。


「あら、いらっしゃいませんね。2階でしょうか?」


 道場の2階、つまり筋トレ用のマシンルームのことだ。しかし。


「あ~、ケイさんなら、その、逃げました……」

「に、逃げた!?」


 雪江が困った様子で返事をする。

 雅と樹理亜も顔を見合わせる。


「今日は暑かったからなあ」

「そうね、暑かったものね」


 トレーナーの石黒が、ため息をついた。


「逃げる元気があるなら練習しろっていうのに。探してくるから、あんたたちは練習してなさい」


 練習生の3人にそう言って道場から出て行こうとする石黒。そこに山名が声を掛ける。


「では、見つかったら事務所のほうにきてもらえるようお伝えいただけますか。社長が呼んでます、と」

「ええっ、ケイさん、社長からの呼び出しですか!? 何があったんですか!」

「なになに、逃げすぎるから首とか? うっわー、とうとうそこまで」


 騒ぐ雪江と樹理亜に、違う違うと山名が手を振る。


「そういうお話ではないので、心配しないでください。では、お待ちしてますのでよろしくお願いします」

 了解、と石黒が見送った。


 寮のトイレにいたところを発見されたケイは、石黒から拳骨(げんこつ)を一発脳天にもらった後で事務所にやってきた。


「社長~、呼んだ~?」


 先ほどまで逃げ出していたことを悪びれる様子もなく、社長の席に向かって声を掛ける。それで顔を上げたのは生真面目そうな三十路の社長、太田垣正哉(おおたがきまさや)である。


「お、天野君待ってたよ。実は君のデビューに関して、他の子とは違う形でプロデュースしようと思ってるんだ」


 応接スペースに移動しながら太田垣。ケイもその後ろをとてとてとついていき、応接ソファに腰を下ろす。


「プロデュース?」

「そうだ。君、アイドルレスラーになってみないか?」

「アイドルレスラー? まりんさんみたいなの?」


 海原(かいばら)まりん。若手レスラーで、アイドル業もこなしている先輩である。この日は小さなライブハウスでトークイベントの予定だ。


「そう。君は明るいし声もよく通り、物怖じしない。一方で体が小さく、レスラーとして強さを売り出すのは難しいだろう。これは、天野ケイというレスラーの商品価値を、できるだけ高めたいという会社からの提案だよ」


 目をぱちくりとさせていたケイは、徐々にその目を輝かせていく。


「アイドルレスラー! 目立てるよね?」

「そうだね」

「歌を歌ったり、トークしたり!」

「もちろん」

「プロレスの練習は減らして!」

「それは駄目」

「ちぇー」


 もちろん楽しいことばかりではない、と社長は言う。


「アイドルとしてのレッスンも追加される。海原君もやっていることだけど、ボイストレーニング、ダンストレーニングなどが代表的だね。両立は、はっきり言って大変だけど」

「むむっ」


 それを聞いて少しテンションが下がるケイ。大変なのは歓迎したくないところだった。それでも、楽しそうだという気持ちが胸の奥から湧き出てくる。目立つことが大好きで、派手なことが大好きなケイ。そもプロレスの道に入ったのも、よく分からないけど楽しそうだったから、である。

 いままで直感で道を選択して、それが失敗だと思ったことはない。中学高校とやっていた飛び込み競技にしてもそうである。その直感が告げている。これは、とんでもなく楽しいことではないだろうかと。


「そう、だなあ。うん、やってみる。あたし、アイドルレスラーやってみる!」

「おお、そうか。やってくれるか。では来週から、アイドルとしてのレッスンもやってもらうことになるが、頑張ってくれよ」

「うん!」


 覚悟が決まれば、あとはやるだけだ。会社が用意してくれたチャンスを、絶対にモノにしてやるんだと決意を固めるケイであった。


「ああ、それとだ、天野君」

「なに?」

「今日、海原君のトークショーがあるんだ。見学に行ってみないか?」


 これに目を輝かせて頷くケイ。


「いく!」

「うん、参考になることがあればいいな。でも邪魔をするんじゃないぞ」

「分かってるよう」

「それと」

「うん?」

「今日の練習、逃げずにちゃんとやるんだぞ」

「あうっ、はーい、もう逃げませーん」


 こうして天野ケイはアイドルレスラーとしての道を進み始める。決して楽な道ではないが、持ち前のポジティブさとスター性を以って、その道を駆けていくことになるのだった。

キャラクター名鑑 vol.8

リングネーム:海原まりん 本名:海原悠 身長:153センチ 階級:中量級

出身:山口県 スポーツ暦:特になし

得意技:フィッシャーマンズスープレックス、フィッシュストレッチスリーパー

概要:大日本女子出身、シャングリラ旗揚げに伴って引き抜かれた(というより先輩の豊嶋、前田、渡部の引き抜きに勝手に付いてきた)元大日本4人衆の1人。童顔で歌が上手く、アイドルを兼業するいわゆるアイドルレスラー。弱い。

プライベートではよく羊羹と温かい緑茶で一息ついている。

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