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訳あり物件の幽霊さん、世話焼きが過ぎませんか?  作者: 凪塩 未来


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2/2

第2話:メモの往復と満たされる日々

お読みいただきありがとうございます!

第1話ではたくさんの温かい反応をいただき、本当に励みになります。


完全無料の家事代行付き・至れり尽くせりの格安物件ライフにすっかり馴染んでいく主人公ですが……美味しいご飯や見えない優しさの裏側で、少しずつ日常の歯車が狂い始めます。

じわじわと忍び寄る冷気と違和感を、今回もお楽しみください!

それから数日、私の生活は一変した。

というよりも、これ以上ないほど「至れり尽くせり」な環境が構築されてしまった。


毎朝、目を覚ますと昨日までの散らかりが嘘のように片付いた部屋が待っている。ダイニングの小さなちゃぶ台の上には、いつも湯気の立つ味噌汁と、ふっくらと焼き上がった魚、あるいは栄養バランスの考えられたおかずが並んでいた。

学校から帰宅すれば、脱ぎ捨てたはずの洗濯物はきれいに畳まれ、ふかふかの状態でクローゼットに収められている。シャンプーやトリートメント、トイレットペーパーといった日用品も、残り少なくなるといつの間にか新しいものがストックされていた。


「これじゃあ、まるで本当の母親か……いや、それ以上に過保護だな……」


最初は、見知らぬ誰かが勝手に部屋に出入りしているという恐怖で心臓が縮み上がっていたはずだった。しかし、人間という生き物は驚くほど環境に適応してしまうらしい。

危害を加えられるどころか、生活の面倒を完璧に見てくれる。家賃三万円という貧乏学生喉から手が出るほど欲しい条件に加え、家事全般の代行までついてくる。こんなホワイトな環境、世の中のどこを探しても見つからない。


「……まあ、いっか。悪い人じゃなさそうだし」


いつしか私は、その奇妙な同居人の存在を前提として生活するようになっていた。

ある夜、私は机に向かい、窓際に貼られていた付箋の裏にボールペンを走らせた。


『昨日の肉じゃが、すごく美味しかったです。ありがとうございました。もしよかったら、私の好きな甘めの味付けの秘密を教えてください』


ほんの出来心だった。本当に返事が返ってくるのかという好奇心もあった。

翌朝、学校へ行くために目を覚ますと、そのメモの下に新しい文字が書き足されていた。


『口に合って良かったです。隠し味に、少しだけバターとハチミツを隠し入れると、まろやかになりますよ』


相変わらず、丁寧で少しだけ古い癖のある美しい文字。文末には、ほんの小さな曲線が添えられていた。顔は見えないけれど、なんだかこちらに微笑みかけてくれているような、そんな温かさを感じた。

私はすっかりその文字との交流に夢中になっていた。日用品の希望や、今日の天気、食べたかった料理のリクエスト。メモを通した筆談は、いつしか私の毎日のささやかな楽しみになっていた。


ただ——。

その温もりに浸りきっている裏側で、ほんの小さな「違和感」が、水底の泡のようにぽつり、ぽつりと生まれ始めていたことを、このときの私はまだ気づいていなかった。


「葵、最近なんか……肌荒れてないか? ファンデーション変えた?」


大学のカフェテリアで、向かいに座る友人の美咲が、私の顔をしげしげと覗き込んできた。

「え? そうかな。いつものだけど」

「うーん、なんか血色悪いよ。ファンデというより、もしかして貧血気味? ちゃんと寝てる?」

「寝てるよ。毎朝しっかり朝ご飯も食べてるし、夜もぐっすり……」


そう答えながら、私は自分のカップを持つ手から視線を外した。

指先が、妙に白く、そして冷たい。以前の私はもう少し健康的な小麦色をしていたはずなのに、最近は日光を避けているわけでもないのに、肌が透き通るような、というよりも生気のない真っ白さに変わってきている気がした。


「それに、なんか少し痩せた? 羨ましいけど、ちょっとやつれて見えるから心配になるよ」

「そっか……最近、課題とかバイトで忙しいからかもね」


美咲の心配を適当な笑みでかわしたものの、心のどこかで引っかかるものがあった。

確かに、最近は階段を数段登っただけで、胸のあたりが重くなり、息が切れる。以前なら何ともなかった通学の道のりが、やけに遠く感じられるのだ。体は軽いというより、中身がスポンジのようにスカスカになっているような、奇妙な気だるさが常にまとわりついていた。


そして、それは外だけでなく、自分の部屋の中でも感じ始めていた。


夕方、講義を終えてアパートの扉を開けた瞬間、ぞっとするような冷気が頬を撫でる。

外はまだ初秋の心地よい気候のはずなのに、部屋の中だけは、まるで真冬のように底冷えがしていた。エアコンはつけていない。なのに、窓ガラスにはうっすらと結露が浮かび、部屋の隅の空気が淀んでいるように感じられた。


「……ただいま」


誰もいないはずの部屋に声を落とすと、キッチンのほうから、かすかにカチャリと食器が触れ合うような音がした気がした。

慌てて振り返るが、そこには誰もいない。いつも通り、綺麗に片付けられたテーブルと、温かいお茶の入ったマグカップがぽつんと置かれているだけだ。


「気のせい、だよね……」


私はブルリと身震いしながら、マグカップを手に取った。

カップの陶器は、冷蔵庫から出したばかりのように冷え切っていた。中に注がれているはずのお茶も、湯気など出ておらず、冷たく澄み切っている。

あれ? 最近はいつも温かいお茶が用意されていたはずなのに。


ふと、窓際に目をやる。

そこに置いた覚えのない、新しい付箋が貼られていた。


『お部屋が寒くなっていませんか。あたたかくして、ゆっくりお休みくださいね』


その文字を見た瞬間、心臓がトクンと大きく跳ねた。

嬉しいはずの言葉なのに、なぜか背筋を冷たいものが這い上がる。文字の線が、以前よりもわずかに太く、力強く書かれているような気がしたのだ。


私はごくりと生唾を飲み込み、冷え切ったお茶を一口飲んだ。

美味しかったはずのその味は、なぜか水道水の鉄の味がして、喉の奥を重く通り過ぎていった。

お読みいただきありがとうございました!

第2話、いかがでしたでしょうか。


「あれ、なんか最近調子が悪いな?」という小さな違和感。恐怖というよりも、心地よさに麻痺していく感覚を描いてみました。親切のつもりで行われていることが、徐々に主人公の生命力を削り取っていく……そんなジメッとした雰囲気が伝われば嬉しいです。


次回、いよいよ「見えない同居人」との決定的な対話と、さらなる変化が訪れます。

ぜひブックマークや感想、評価での応援をよろしくお願いします! 次回もお楽しみに!

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