第1話:格安物件と過保護な朝食
ご覧いただきありがとうございます、作者の凪塩未来です。
今回は「格安物件」「見えない同居人」「心温まる(?)日常」から少しずつ狂い始める、ちょっぴりホラーでエモーショナルなサスペンス作品をお届けします。
主人公の女の子が味わう甘い罠と、じわじわと迫る異質さを楽しんでいただければ幸いです。
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都内の私立大学に通うため、地方から上京してきた私(佐藤葵)が最初に直面したのは、圧倒的な金銭的壁だった。
親からの仕送りとアルバイト代を合わせても、まともに借りられる部屋は限られている。不動産屋の愛想のないおじさんが最後に「ここ、ちょっと訳ありって言うか、変わってるからさ……でも家賃は破格だよ」と、ため息交じりに勧めてくれたのが、木造モルタル2階建ての古いアパートの一室だった。
「家賃、三万円……。管理費込みで、しかも駅まで徒歩十分?」
飛びつかなかったのは、私の財布が完全に干からびていたからだ。築年数は経っているが、中はリフォームされていてそれなりにきれい。日当たりも悪くない。何より、この安さは貧乏学生にとって神の恵みだった。
「変わってるって言っても、どうせ日当たりがちょっと悪いとか、変な虫が出るとか、その程度でしょ」
楽観的な私は、その日のうちに契約書にハンコを押した。
引っ越し初日。
段ボールの山に囲まれ、荷解きの途中で力尽きた私は、床に敷いた布団の上に倒れ込むように眠りについた。部屋の掃除も中途半端、床には緩衝材のプチプチやガムテープが散乱し、お世辞にも綺麗とは言えない空間だったはずだ。
——そして、翌朝。
「ん……っ」
カーテンの隙間から差し込む朝日で、私は目を覚ました。
ぼんやりとした頭で起き上がった瞬間、私は自分の目を疑った。
「え……?」
昨夜まで散らかっていた段ボールがきれいに片隅に積み上げられ、ゴミ一つ落ちていない。それどころか、どこからか香ばしい匂いが漂ってきた。
恐る恐るリビングの小さなちゃぶ台に目を向けると、そこには湯気の立つお椀と、きれいな焼き目がついた鮭の切り身、そして炊き立ての白米が並んでいた。
夢を見ているのだろうか。寝ぼけて自分で片付けた? いや、そんな記憶は微塵もない。
足音を忍ばせながらテーブルに近づくと、すぐ隣の窓ガラスに、小さな付箋が貼られているのが見えた。
『お疲れ様でした。疲れていたようだったので、荷物を少し整理しておきました。朝ご飯、温かいうちにどうぞ。足りない日用品があったら、この紙の裏に書いてください』
丁寧で、少しだけ古い癖のある美しい文字だった。
「……誰?」
背筋にぞくりと冷たいものが走った。鍵はしっかり閉めれていたはずだ。合鍵を持った大家の嫌がらせ? それとも、不法侵入者?
恐怖で心臓が早鐘を打つ。しかし、目の前にある味噌汁からは、かつお節と合わせ味噌の、あまりにも美味しそうな、実家の母親を思い出させるような匂いが立ち込めている。
怖いはずなのに、なぜかお腹が鳴った。上京してからまともなものを食べていなかった私の胃袋が、その誘惑に抗えなかったのだ。
「……いただきます」
震える手で箸を割り、一口食べた味噌汁は、驚くほど優しく、染み入るような味がした。
恐怖心は、ほんの少しの温かさと奇妙な安心感に塗り替えられていく。これがこのアパートの「変わっている」という所以なのだろうか。
名前も姿もわからない、けれど確かにそこにいる「何か」。
それが怪異と呼ばれるものなのか、それとも人違いの親切心なのか、このときの私はまだ知る由もなかった。
お読みいただきありがとうございました!
第1話いかがでしたでしょうか。
「家賃が安くてご飯が出てきて洗濯もしてくれるなんて最高じゃん!」と思いきや、忍び寄るジメッとした気配……。ホラーでありながら、どこか切なさと執着が交差する物語にしていきたいと思っています。
果たして「見えない同居人」の正体とは何なのか、そして主人公の身に何が起きるのか。
じわじわと加速していく恐怖と日常の歪みを、ぜひ最後まで見守っていただけると嬉しいです。
次回、第2話もお楽しみに!




