page46 way of life
「久しぶりじゃのう」
この空間、この声、そしてその姿。
全部、覚えがあった。
「よう、少年」
緑の葉っぱでできた冠をかぶり、ギリシャ神話の登場人物が着てそうな白い布を身に纏い、椅子の上で胡坐をかいている。
真っ白な肌と髪の毛、そして長い睫毛と深紅の眼。
紛れもなく、あの時の神だ。
多分俺は今夢の中で、彼女はその夢に干渉してきたという事だろう。
こうして会うのは二度目だが、あの時よりは肉体の輪郭をなんとなく保ててるような気がする。
「なんで今、俺を呼んだ?」
「少し、話をしたくてな。この事実を隠してた理由を」
俺が死んだ直後、神は褒美という体で俺をこの世界に転生させた。
その際、俺の父親の事やその大罪については一言も言及していない。
その理由は、ショックで俺の魂が消える事を防ぐため。
死後の人間は当然ながら肉体から魂が離れている。つまりこの世に存在するにあたって重要な接続が無く、極めて不安定な状態。精神のみで生きているようなものだ。
そんな時に父親の事を伝えてしまえば、精神的なショックで魂が消滅する可能性があった。
だから、敢えてすべてを隠した。
いつか俺がその隠された理由に気付き、苦しもうとも。
「趣味悪いぜ」
今でこそ言える台詞だが、サラがいなければ俺はどうなってたか分からない。
「結果的に、あの娘を共に転生させたのは大正解じゃったな。無理をした甲斐があった」
「そこまでして俺に親父の尻拭いをしてほしかったのかよ」
そもそも尻拭いだけが目的なら、別の世界から混沌に支配されてない親父本人を連れてくればいいだけの事ではないか。
そう思ったのだが、神曰くそれは難しいとのこと。
「混沌に支配される可能性のある人間を連れてくるのはあまりにリスクが高すぎる」
世界というのは無数に存在するが、どれも本世界の分岐である事には変わりない。
そしてその本世界で混沌に支配されてしまったなら、いくら別世界の親父だろうと混沌には決して太刀打ちできなくなる。
「それに、お主は何かと『特別』じゃからな」
「全然嬉しくないけどな。それより、サラは大丈夫なのか?」
俺がこの世界に呼ばれた事自体に今更悩む事は無いが、サラが連れてこられたのは若干気にかかる。
彼女は元々普通の人生を送っていたはずだ。それをたった一度の恩だけで、俺を支え続けているのはなんだか申し訳ない。
「まあ自ら望んだ事じゃ。それに、奴にも何か特別なものを感じる」
「特別特別ってうるせえな。サラはそんなんじゃないだろ」
「まあそれもそうじゃな」
転生がどうとか、使命がどうとか、そういうのはもう沢山だ。
まずは、親父を倒す。そして混沌も倒す。
色々考えるのはその後だ。
「......悪かったな」
「は?」
神から放たれた唐突な謝罪に、動揺と困惑が隠しきれない。
まあ思うところが無いわけでもないが。
「いやな、儂だって本当はこのような回りくどい事なぞする必要は無かったのじゃ」
「まあ神だしな」
神ならこんな事しなくとも、さっさと混沌を殺すなり封印するなりして本世界を守ればいい。
というか今やっている方法は考えつく中でもかなり悪手というか、分の悪い賭けに出ているような印象だ。
ただ、神がそういう事をできない理由も蒼井から聞かされている。
確か大きな戦いの末に、元々持っていた力の大部分を失ってしまったからと言っていたはずだ。
幼女の姿をしているのもその影響だったか。
「儂が力を取り戻せば混沌なぞ一発じゃし、身体だってもっとこう、あの白珠とかいう少女よりもな...」
「なんで神が人間に嫉妬するんだよ」
「う、うぅむ...それはそうなのじゃが...」
たとえ神の身体が美しかったとしても、それを自慢する場は無いのだからどうでもいいのでは?
神にもルッキズムとかいう概念があるのか。
「あの女は、何か儂に近しいものを感じるというかなんというか...」
「髪の色以外何も似てねぇだろ。そんなことより、どうすればお前の力は元に戻るんだ?」
別に責任から逃げるつもりは毛頭ないが、対抗策は複数あった方がいいに決まっている。
親父だけが相手なら負けるつもりは微塵もないが、人知を超えた混沌が相手となるなら話は変わってくる。
「わからん」
「あのさあ......」
「申し訳ないとは思っとる。が、分からんものはどうしようもないんじゃ...」
まず、神と一言にいってもその種類は多岐にわたる。
水を司る神、陽を司る神、といった風に、操ったり支配したりできるものは神によって異なる。
だが、こいつは自分自身が何を司る神だったのかを忘れてしまったという。
そんなことあるのかと思ったが、これも昔の戦いによる後遺症のようなものとのこと。
自分自身の名前も忘れていることがその証左となっている。
一応今でも転生や軽い攻撃ならできるらしいが、今の混沌の足元にも及ばない程度の力であることに変わりはない。
そして弱いとはいえ神は神。その存在を消されてしまったら、司るものも共に消えてしまう。
「だから俺やサラ、蒼井を転生させて動向を窺うだけになってる訳ね」
「重ね重ね、本当に申し訳ない」
色々と言いたいことはあるのだが、今そんなことを愚痴っても意味はない。
神から世界の命運を託されてしまった以上、俺にできるのはその旅路を辿るだけだ。
「さて、もうすぐ夢も覚める。何か聞いておきたいことは無いか?」
「...この先、何があろうとも」
せめて、俺以外の死に征く者達が次の生では幸せになれるように。
★★★
「ん......」
顔の半分が眩しい。
微かにいい匂いがする。
後頭部に柔らかいものが当たっている。
起き抜けにまず思ったのはそれらだ。
「おはよう」
ゆっくりと、ひっそりと。
子供に語り掛けるようなその声の主は。
「あー...おはよう」
どうやら俺はサラに膝枕をしてもらってたらしい。
お陰でよく眠れた。いつもなら陽が昇る前に目が覚めるのだが、今日は既に太陽が真上まで昇っている。
だから顔半分が眩しかったのか。
「もうみんな起きてるって。ふふ、よく眠れた?」
「バッチリだ。丸三日は寝ずに行けるかもな」
「まったくもう、無理しないでって言ったのに」
正確な時間は分からないが、多分二桁時間は余裕で寝ていたと思う。
神と話してた時間もあるとはいえ、ここまでの睡眠をとれたのは転生前を含めても本当に久しぶりな気がする。
お陰で身体が嘘みたいに軽い。
「......もう、大丈夫?」
「ああ。悪かったな」
「ううん、全然。寧ろ嬉しかった」
サラの言っていた通り、俺はあまり人を頼るような事をしてこなかった。
それは転生前の生き方が当たり前だと思い込んでいたのだが、自分の激情を誰かに吐露することは思っていたよりも恥ずかしい事では無いのかもしれない。
誰かと繋がって、共に生きていく。
それが人として、人らしい在り方なのだろう。
「......起きないの?」
「空が半分しか見えないのが良い」
「...はあ」
★★★
「おはよう。と言ってももう昼だけどな」
体育館に戻るなり軽口を叩いてきたのは、ブルー。
本当の名を、蒼井加奈。
「うーっす」
皆俺の事を心配してくれていたようで、俺とサラの分を空けて輪になって座っていた。
飯の量も気持ち多めになっている...ような気がする。
「単刀直入に言うぞ。黒金、お前もう大丈夫なのか?」
藤堂さんの口調は相変わらずだが、いつもより若干目つきが優しくなっている辺り彼も俺に異常がないか様子を窺っているようだ。
「大丈夫っす。俺のやるべき事に変わりはないので」
この旅はゾンビを作り出し、世の中を滅茶苦茶にした元凶を討つのが目的。
たとえその元凶が親父だろうと、決して許すわけにはいかない。
俺自身の償い方はその後考えればいいだけの事。
「償いって...黒金君は何も悪いことしてないじゃん」
荒川さんは俺を親父の被害者だと見てくれている。
それはとても嬉しいが、だからといって逃げるわけにはいかない。
「いや、親父の罪はちゃんと俺が背負います。だから、俺に親父を殺させてください」
きっとこれからの俺の人生に、光が射すことは無い。
それでいい。罪人が笑う世界はここで終わらせなければならないんだ。
「だけど、黒金の親父には後ろ盾があるんだろ? 確か混沌だっけ」
「ほぼ神様みたいな存在なんでしょ? 私達に太刀打ちできるかどうか...」
蓮堂と古村が不安げに顔を合わせる。
ちなみに彼ら非戦闘員組も一応戦いの心得を少しずつ調達者から教えて貰っている。
そのおかげか、最近は後ろを任せられるくらいには皆成長していた。
「そもそもどういう存在なんだか...目に見えるのか触れるのか、死ぬという概念すらない可能性もあるよなぁ」
「こっ、怖いこと言わないでください!」
早川の考察に菊池が肩を竦める。
だが確かに、混沌がどういう存在なのかはまだわからない。
例え親父を無事殺せたとしても、混沌が自由ならまた同じ悲劇が繰り返されるだけだろう。
どうにかして神の力を復活させなければ。
「息子に罪を負わせるなんて、とんでもねぇクソ親父だな」
蒼井が俺の肩を小突いた。
実際その通りではあるし、再会したら最低でも十発はぶん殴りたい気持ちだ。
「地獄に突き落とすよう、神に頼んどくよ」
「それがいい」
最上川さん、穂村、矢田さん。
既に三人がこの世界を去っていった。
あと何日、皆と共に居られるだろう。
明日には誰が死んでもおかしくないこの世界に、俺達は生きている。
早く、終わらせなくちゃ。




