page45 Heartful Cry
「...と、まあここまでが世界にゾンビが溢れた理由とその他諸々。それで...」
「ちょ、ちょっと待って!」
時は進み、現在。
アタシ達はゾンビを世に放った黒幕である陽平と混沌を倒すため、こうして旅を続けている。
今は道中にあったとある学校の体育館で身体を休めつつ昔話をしていた最中だった。
「なんだよ。まだ基地のボスが裏切り者の理由を説明してないんだが」
「そうじゃなくて、京平! 京平が!」
それも分かっている。
黒金からすれば、自分の父親が世界を壊した張本人だなんて話を受け止めきれる訳がないだろう。
「ハァっ...はぁっ......ゲホッ」
当の黒金は胸に手を当て、必死に呼吸を落ち着かせて吐きそうなのを抑えている状態だ。
怪我はあれど体調不良になっている姿を見たことが無いので、いつもと違う弱弱しい姿に痛ましさを覚えた。
「なぁ...ブルー......」
息も絶え絶えに、黒金がよろよろと立ち上がる。
「...全部、本当の事なのかよ」
全て、嘘だと思いたかった。
それはアタシも同じだ。
「ゾンビを作ったのも! 世界を滅茶苦茶にしたのも!! アンタが今そんな姿になってんのも!!!」
何度も何度も、数えきれないくらい同じ夢を見た。
今起きているのは全て夢で、目が覚めたら平穏な日常に戻っているのではないかと。
「全部全部全部!.........親父のせいだってのかよ」
「ああ」
今この場で嘘を吐くような奴が、ここまで生き残っているわけがない。
それくらい、彼も頭の中では理解していただろう。
それでも、この事実を認めたくは無かった。それだけだ。
「......悪い、しばらく一人にさせてくれ」
そういって、黒金は今にも倒れそうな足取りで外へと出て行った。
いつもの快活な姿とはあまりにギャップが大きすぎて、誰も後を追う気になれなかった。
「まだ話の続きが残っているというのに」
「アンタ鬼だな。ここで黒金を壊す気か」
普段から回りに厳しい態度をとる藤堂だが、こういう時は真っ先に心配をする辺り人の好さが隠しきれてない。
とは言えこれについては皆同意見なようで、薄っすらと空気が悪い。
「別に壊すつもりなんて無いさ。ただ、いつかは向き合わなくちゃいけない問題だろう?」
「それはそうだが、ここで言う必要は無いんじゃないか」
「もう研究所まであまり距離もない。これでも引っ張った方だと思うけどね」
あと丸三日ほど歩けば、恐らく研究所に着く。
流石に研究所近くで話すのは酷が過ぎると思ったから、今この場で全てを話すつもりだった。
分割して話してもよかったのだが、恐らくこうして一気に話す方が黒金へのダメージは少なかったと思う。
とはいえ、こんな話をして皆が受け止め切れていないのは仕方ない。
ここからの戦いはより激しくなる。そのことに気付いているからこそ、皆に緊張感が走っているのだろう。
「...あのさ、私京平の様子を見てきてもいい?」
そんな中で、確固たる決意を持っている少女が一人。
「別にいいが白珠、お前はアイツにかける言葉があるのか?」
藤堂の言うとおり、黒金は今精神的にかなり危ない状況にいる。
ここで下手な言葉をかけてしまえばどうなるか分からない。
まともに戦えなくなるだけならまだマシで、最悪父親のように心が混沌に飲み込まれる可能性がある。父親がああなってしまった以上、彼にもその素質はあると見ていい。
「大丈夫です」
白珠がゆっくりと頷く。
何がどう大丈夫なのかはわからない。
だけど彼女ならきっと、彼の心を留めてくれるだろう。
★★★
どうして、こんなことになってしまったのか。
そんな思いだけが、俺の頭を巡り巡っていた。
「親父、か............」
ゾンビと戦う内に、俺はゾンビを作りだす黒幕を倒す事が自分の使命であり、そのためにここへ呼ばれたという気持ちがあった。
言い換えれば、世界を救うヒーローになれるのではないかという淡い期待と無謀な高揚感。それが俺の中にあった。
だけど違った。
この世界を壊したのは俺の父親であり、俺はその責任を取る為に呼ばれたのだ。
親父のせいで沢山の人が死んだ。どれだけの人が親父を恨んだだろう。どれだけの人が親父を憎んだだろう。
勿論、俺のいた世界とこの世界の親父は似ているようで別人だっていう事は分かっている。俺のいた世界では親父がどうなって死んだのかは知らない。
それでも、俺がこの世界から逃げていい理由にはならない。血の繋がりとはそういうものだ。
今日はやけに風が強い。
運動場の真ん中に、小さな砂埃が舞い上がる。
不意に、基地が爆破された時の事を思い出した。
あの日、基地にいた住民は皆爆発に巻き込まれて死んだ。巻き込まれなかった者は包囲していたゾンビによって喰い殺された。
皆、どういう思いで死んだだろう。最上川さんも穂村も、あの時後悔なく死ねたのだろうか。
全部、全部、全部、親父が引き起こした事だ。
だけどその責任に、俺が含まれているんじゃないだろうか。
蒼井曰く、親父が狂ったのは母の蘇生を行おうとしたから。
その際幼少期の俺の血や細胞を使って蘇生を行ったと言っていた。
もし俺がその時産まれていなければ母は蘇生されず、親父が混沌に付け込まれて狂う事も無かったのではないか?
俺がいなければ、世界が滅ぶ事は無かったのではないか?
俺は、産まれてくるべき人間じゃなかったのではないか?
俺は、俺は——————————、
「違うよ」
後ろから、声がした。
「京平は、これっぽっちも悪くない」
いつもそうだ。
飯を食う時も寝るときも、特訓している時も。
気が付けば隣にいて、俺と同じ景色を見ようとしている。
「サラ......」
だけどその言葉が俺を憐れんでいるようで、馬鹿にされているようで。
俺は頭が悪いから、ついカッとなって思ってもいない事を口走ってしまう。
「お前に...お前に俺の何が分かるんだよ」
「貴方の気持ちは私にはわからないかもしれない。だけど」
月明かりに照らされる彼女の精悍な顔つきは、紡ぐ言葉全てが本心である事を鮮明に表しているようだった。
「京平が誰かの為に動ける人だっていう事は、私が一番よく知ってるから」
俺が独りにならないよう、気が付けば隣にいる。
あの日、あの一瞬が結んでくれた、硬くて大きな絆。
俺が守ったその命に、今度は俺が救われて。
次の誰かが繋ぐ輪廻に、俺が在れた。
たったそれだけの事。
だけど、確かに今気付けた事。
視界が滲む。
頬を何かが伝う。
「クソッ......涙なんて流したこと無かったのに.........」
最後に泣いたのはいつだったか。
もう記憶にすら残っていない。
「京平は強いから、いっつも一人で色んなものを背負い込もうとしちゃう」
俺の頭を、サラがそっと胸に抱き寄せた。
「それが悪い事とは思わない。だけど、一緒に背負おうとする人がいる事をどうか忘れないで」
その言葉がとても温かくて、柔らかくて。
俺は、子供のようにサラの胸の中で泣いてしまった。
「俺はっ......ぐすっ......俺はぁっ......!」
「大丈夫。好きなだけ泣いていいから」
傍から見たら、みっともない男に見えるかもしれない。
もう泣いたりなんてしないから、
明日にはちゃんとするから、
もう誰にも迷惑をかけないから、
だから、
「...おやすみなさい」
今だけは、全部放り出して泣いていたかった。




