97.魔人都市セデスの異変
とある深き山中にある大規模な集落。
集落と呼ぶにはその規模から言うと既に小国レベルのその集落は、周囲を分厚い壁で囲まれていた。それはどんな侵入者をも拒むような壁。そんな城壁都市を人々は【魔人都市セデス】と呼んだ。
古の時代より鎖国を貫くセデス。今その入り口にゼノのとシノンが立つ。
「待て、どこへ行く?」
城壁の門へ辿り着いたゼノとシノンに武装した複数の門兵が尋ねる。ゼノは汚れたコートから少し顔を出して門兵を見る。
「ゼ、ゼノ様っ!? 大変失礼致しました!!!」
門兵はゼノだと分かると深々と頭を下げ、別の兵に門を開けるよう指示を出す。ゼノ達は軽く頷くとゆっくりと城壁都市への中へ入って行った。
街は整然としていた。
石畳が美しい街並み。均等に切り揃えられた石材の建物が石畳の街並みによく映える。用水路もきちんと整備され、その周りに植えられた新緑の木々が美しい。人も多く歩いており、ここが『魔人族の里』だと言われなければそれに全く気付かないであろう。
ゼノとシノンはセデスの街を歩き、中央にある立派な宮殿に辿り着いた。
ゼノは一度立ち止まりその宮殿を見上げる。それはまるで小さな要塞のような強固な作りであると同時に、球状に加工された石材を用いるなどして美をも意識した宮殿。ゼノは大きく深呼吸してから宮殿の入り口へ向かう。
「待ちたまえ。ここに一体何の用件で……!!」
宮殿の前に立つ兵がゼノ達にそう呼びかけると、ゼノはすぐにコートを脱ぎ捨てた。その顔を見た兵士が笑顔になって言う。
「ゼ、ゼノ様、お帰りなさいませ!!!!」
兵士達が一斉に頭を下げてゼノの帰還を喜ぶ。ゼノは軽く頷いて宮殿の中に入る。シノンはずっと下を向いてゼノの後ろについて歩いた。
ゼノとシノンは宮殿の最上階、採光用の天窓がたくさんつけられた明るい広間へやって来た。
そこに座るのは大柄の男。入ってきたゼノの姿を見て一瞬驚きの表情を見せる。ゼノはその男の前にやって来ると片膝を付いて頭を下げ言った。
「父上、ただ今戻った」
ゼノの父ラウザが言う。
「お前は勘当したはずだが」
と椅子に座ったままラウザが答える。ゼノは父の顔を見て言う。
「父上の為に、魔人グラリスに多大なる協力をして来た」
「それは知っている」
表情を変えずにラウザが答える。ゼノは立ち上がって言う。
「前にも信にて伝えてはいたが、ここにいるシノンとの婚姻を何卒認めて貰いたい」
ラウザが答える。
「お前は魔人族、このセデスを追放された身。そのお前が誰と一緒になろうともあの掟さえ守れば我々には関係のないこと」
ゼノが真剣な顔をして言う。
「父上。その件に関してだが、シノンのお腹には新しい命が宿っている。許されるのならば私がここに戻りこの子に将来の跡継ぎを……」
そこまでゼノが言うと、それまで無表情だったラウザが突然立ち上がって言った。
「あ、新しい命だと!?」
ラウザは少し大きくなったシノンのお腹を見て激高する。
「それだけは、それだけは絶対に許さん!!!!」
そんな怒りを表わすラウザを見てゼノは、ドンと大きく床を踏んで言い返す。
「もうそんなこといいじゃねえか、オヤジよ。俺はすべてを受け入れるつもりだ!!」
そんなゼノをラウザは激しく睨み返しそして言う。
「何も知らぬ愚か者め!! やれ!!!!」
ラウザが手を上げるとゼノの周りの空間が歪みそこから数名の魔道師が現れる。
「な、なに……!?」
驚くゼノとシノンに、現れた魔道師達が何やら魔法を掛ける。
「くっ、ううっ……」
ゼノは急激な睡魔の襲われてその場に倒れた。
「ううっ、ここは……?」
目が覚めるゼノ。
見知らぬベッドの上。暗く狭い部屋。机や椅子がある程度で周りには誰もいない。ゼノは起き上がるとドアを開けてそこに立っていた兵士に尋ねた。
「シノンは、ヒト族の女はどこだ?」
血走った眼で兵士を詰問するゼノ。その凄味に怯え小声で兵士が言う。
「ち、地下牢です……」
ゼノは全身に闘気のオーラを纏い急ぎ地下牢へ向かう。
「ゼノ様、ゼノ様、ここは、ここは立ち入りを許可されて……」
ドン!!
ゼノは地下牢の入り口で立ち入りを認めようとしない看守を怒りのまま殴りつけた。泡を吐いて白目で倒れる看守。ゼノは勢いよく地下牢のドアを開けるとすぐにシノンの姿を探した。
「シノン! シノン!!!」
地下牢には様々な人達が捕えられていたが、その誰もが居なくなっていたはずのゼノの姿を見て驚いた。シノンは中ほどの牢に閉じ込められていた。
「ゼノ……」
「シノン、無事か!! 今助けてやる!!」
ゼノンは看守から奪った牢の鍵でシノンノ牢獄の扉を開いた。そして中に居たシノンの手を引き、牢を飛び出る。ゼノは宮殿の中を走りながらシノンに詫びる。
「すまなかった、シノン。俺の判断が間違っていた。これからはふたりどこか静かな場所で暮らそう……」
「……」
ゼノは走りながらシノンの様子がいつもと違うことに気付いた。やがて足を止めるふたり。ゼノはシノンの方を振り返り、その両手を握って尋ねる。
「シノン、どうした? 様子が変だぞ……?」
黙るシノン。しかし彼女の両目から涙が溢れ、そして頬を伝りぽたぽたと床に落ちた。驚くゼノ。そして尋ねる。
「どうしたんだ、シノン? 何があった?」
見たところ大きな怪我などはしていない様子。しかし彼女の体を改めて見たゼノは、その異変にようやく気付いた。
「……まさか、まさか」
シノンが両手を顔に当てて言う。
「……子供を、堕胎させられたの」
涙を流すシノン。ゼノは彼女のお腹の膨らみがなくなっていることにようやく気付いたのであった。
「そんな、そんなことが……」
頭が真っ白になるゼノ。それと同時にこれまでに経験したことがない怒りの感情が心の奥深くから湧き上がる。
「こんなことが、こんなことがああああ!!!!」
ゼノから放たれる殺意を持った闘気。それが振動となって廊下にあった装飾品などがガタガタと震えだす。シノンが言う。
「ゼノ、落ち着いて! 話を聞いて!!」
そんな心配するシノンの言葉ももはやゼノには届かない。
「ガアアアアあああ!!!!」
ドーーーン!!!
ゼノは自身の魔人オーラを最大限に放つと、すぐに以前自分に仕えていた配下を呼んだ。
「オード!!! すぐここへ!!!!」
ゼノが叫ぶと影のようにひとりの男がその前に現れる。片膝を付く巨躯の男。ゼノに言う。
「ご帰還、お待ちしておりました。ゼノ様」
ゼノはオードに命令する。
「この女、シノンのセデス脱出を頼む」
「はっ」
ゼノはその一言だけ命じ、ひとり宮殿の階段を上り始める。シノンが叫ぶ。
「ゼノ!!! ゼノ、行かないで!!!」
シノンはゼノを追おうとするが怪力のオードはそんなシノンの体をヒョイと抱きかかえ、素早く宮殿出口へ向かった。
しかしオードの心臓は張り裂けんほど緊張していた。
久しぶりの主ゼノとの再会。だがその主から放出されていたのは『鬼人』のオーラ。力ある魔人族が怒りの頂点を超えると変化すると言う鬼人。
破壊と殺戮のみを行い魔人族究極の姿であり、同時に決して発出させてはいけない存在。オードは感じたことのない気迫に押し潰されそうになっていた。
「許さねえ。絶対に許サネエェェェェェ!!!!」
ゆっくりと階段を登るゼノの顔が徐々に鬼のように変化していく。




