91.戦場に響く少女の歌
歌が好きだった。
幼き頃から大好きな歌をずっと歌っていた。
森の中で、友達の前で、お父さんやお母さんの前で。
みんな私の歌を笑顔で聞いてくれた。
そこに争いはなかった。みんなが自分の歌を聞いてくれて幸せになる。
そんな時間がとても好きだった。
「魔物が来ても大丈夫! 私が歌ってあげるから!!」
いつしかその歌に特別な効果があることに気付いた。
――聞いた人の争う気持ちを無くす
最初は両親や飼っていた家畜のケンカ。そして次第に魔物の怒りすら鎮めることに気が付いた。
これがあればこの世に平和をもたらすことができる! まだ幼かったココはそうなると思い込んでいた。
ただ現実は違った。
ココの特別な歌の噂が広がるにつれ、家には見知らぬ客人が多く訪れるようになった。その多くは得体の知れない人達。時には裕福そうな人、時にはどこかの国の偉い人。そして父はそれらを全てを必死に断っていた。
そしてその日はやって来た。
街へ買い出しに出かけていた父親が血を流して帰って来た。
「ココ、逃げろ!! 今すぐ逃げるんだ!!!!」
その姿、そしてその言葉を聞いた母親はすぐにココを連れて逃げ出す準備をする。
「お父さん、お父さんは!?」
「いいから早く逃げろ!!!」
父はそう言うと家にあった護身用の槍を持ってひとり外に飛び出した。窓から見える外の光景。槍を持ちひとり走る父の前には鎧に身を包んだ複数の兵士達がいた。
「お父さん!! お父さーーーーん!!!!」
ココは大声で父の名を叫んだ。
母はそんなココを抱きかかえ、裏口から躊躇いもせず逃げ出す。全力で森へ走る母。そこに一点の迷いもなかった。まるでこの日が来ることを知っていたかのように。
「うっ、ううっ!!」
ココの手を引き走る母から声がする。ココはあまりの突然の出来事に涙が出なかった。何が起こっているのか理解できなかった。現実とは思えなかった。
自分達を追って来る兵士達から矢が放たれる。怖かった。心から怖いと思った。
――そうだ、歌っ! 歌を歌えばいい……
頭では理解した。
だけど、歌えなかった。
怖くて口が開かない。喉が乾燥して声も出ない。恐怖から全身が震え、口が動かない。
「きゃああ!!!」
一緒に走っていた母が急に消えた。そう思った瞬間自分の体が落ちていく感覚に包まれる。目に映る映像がスローモーションのようにゆっくりとなる。崖、木々、そして悲鳴。
ココと母は走りながら近くにあった崖に落ちた。ぐるぐるとまわる目に映る映像。全身に感じる鈍痛。不思議とそこに音だけはなかった。
気が付くと崖の下に倒れていた。
起き上がり隣に居た母を見てココは悲鳴を上げた。
「お母さん!!! お母さーーん!!! いやあああああ!!!!!」
母の背には兵士が放った矢が数本突き刺さっていた。泥と血に塗れる母。崖から落ちた時にできた傷も体中にある。ココは母親に抱きついて泣いた。母親はまだ温かかった。そしてココに気付くと優しくその手で頭を撫でた。そして息絶えた。
ココは初めて涙が出た。
父、そして母の死。自分を守るために死んだ両親。そしてこんな時に歌えなかった自分への怒り。
――魔物が来ても大丈夫! 私が歌ってあげるから!!
何て愚かだったんだろう。
肝心な時に歌えなくて、何の意味があるんだろう。
皆を幸せにする歌?
違う。
これは不幸を招く歌。呪われた歌。
歌なんて、歌なんて……、大嫌い……
ココは息絶えた母親の傍でひとりずっと泣いた。
何時間いたのか分からない。自身も大怪我を負っていたが、不思議と痛みはそれほど感じなかった。
――もう死ぬんだ、私も。
それもいいと思った。私に生きる価値などない。呪われた私に生きる価値など……
「どうした? 大丈夫か!!」
優しい声。
温かい声。
ココがその声に気付き顔を上げると、金色の美しい髪をしたひとりの男が腰を下ろして話しかけていた。
そしてココはその男に抱きかかえられると、眠るように気を失った。
(歌わなきゃ、私が、歌わなきゃ……)
ココは泣いていた。
目に映るのは必死に敵と戦うハルトやクレア。そして傍には大怪我を負った恩人ランフォード。歌おうと思ったが、体が震えて声が出ない。
――また同じ。また、あの時と、同じ……
襲い来る恐怖。震え。乾く口。
どれひとつとっても歌など歌える状況ではなかった。
「ううっ、ううううっ……」
両手を顔に当て蹲るココ。またしても何もできない自分。頭が混乱し、なにがなんだか自分でも分からなくなってしまう。
嫌だ、嫌だ、こんなの嫌だ……
――ココ
その時だった。
誰かが自分の手を優しく握った。
――誰っ?
右の手は大きくて硬い手。左手には温かくて優しい手。ふたつの手がココの小さな手をしっかりと包んだ。
ココは覚えていた。忘れるはずはない、この手。この温もり。顔を上げその人を見つめる。
(お父さん、お母さん……)
ココの両親は優しい眼差しで見つめココの手を握る。温かな手。大好きな手。
ココはそれに導かれるように立ち上がった。傍には同じく温かい眼差しで見つめるランフォードがいる。ココが言う。
「……そうだね。私泣いてちゃだめだね。歌わなきゃ。今ね、分かったよ。私の歌はみんなを幸せにする歌」
ココの周りに溢れる笑顔。
お父さん、お母さん、ランフォードにランベル。そしてハルト達。自分の周りにはいつも沢山の笑顔が溢れていた。ココはその事にようやく気付いた。
ココは少し息を吸い、歌いだした。
♪
小さな優しさ
消えそうな優しさ
そんな優しさを見つけ私は歌う
小さな、小さな、小さな優しさ
私は集めて歌うよ
その優しさが集まって集まって
美しさを恥ずかしがらずに歌う花のように
私も歌うよ
小さな優しさ
消えそうな優しさ
そんな優しさを見つけ私は歌うよ
ココは笑顔だった。
両目から流れる涙。
にっこりと微笑みながら消えて行く父と母。
――ありがと、お父さん、お母さん。大好きだよ……
戦場に響く少女の歌。
その優しき歌は聞いた者の戦意を無くし、振り上げた剣を下ろし、そして目の前の相手への憎しみを消した。
「ココ……」
ココの歌を聞いたランフォードが涙を流す。ココはその差し出された手を握り同じく涙を流す。
「ランフォード様……」
しかしその大きな手にいつもの力強さは感じられなくなっていた。
「これは、ココの歌!?」
国王軍と戦っていたハルトがその歌声に気付く。次々と戦意を失う兵士達。悪意と殺意に満ちていた戦場を清らかな歌が洗い流す。
「こんなこと、こんなことは許さんぞ!!!」
ココの歌が終わるとすぐに、スタン国王が大声で叫ぶ。しかしそれに気付いた魔物の主ダべラスが槍を構えて言った。
「貴様には俺からの贈りものをくれてやる!!!」
そう言うと、持っていた大きな槍を思い切り国王に向けて投げつけた。一直線に放たれる槍。風を切る豪快な音を立てて、その槍は国王の胸に突き刺さった。
グサッ!!
「ぐはっ!!」
「こ、国王!!!」
急な攻撃に慌てる側近。しかしその槍の威力は凄まじく刺さった国王は即死であった。
「贈り物のお礼だ」
ダべラスは国王を見て小さくつぶやいた。
「許さんぞおおおお!!!!」
幸せな歌に包まれた拠点に、突如怒声が響いた。
叫んだのは【剛の畏敬】ゼラルド将軍。ハルトは振り返り、そしてゼラルドの姿を見て驚いた。
「耳が、耳がない……!?」
ゼラルドは自身の耳を切り落としていた。鬼の形相をしてゼラルドが叫ぶ。
「そのようなまやかしの歌、剛の畏敬には届かん!!!!」
そう言うとゼラルドは大きく跳躍してハルトの前にドンと降り立つ。
「全員、全員皆殺しにしてやる!!!!!」
聞くだけで恐怖のどん底に落とされるようなゼラルドの怒声が辺り一面に響いた。




