55.フレアとバド
「大丈夫だ、リティは疲れただけだ」
リティの肩を抱きながらフレアが皆に言った。
転移魔法は高位の魔法。その扱いの難しさ故、まず常人では使いこなせない。体力、魔力の消費も激しく、それは王宮魔道師であったリティであっても同じである。
「良かった……」
ハルトはクレアやルル、そしてフレアの無事を確認して言う。フレアは倒れて意識を失ったリティを抱き上げた。
「ふう」
ハルトは大きな息をつく。
――何かがおかしい……
ハルトはひとり夜空を眺めながらそう思った。
「正直ここにはあまり来たくなかったけどな……」
ゴブニル国の襲撃からリティの転移魔法で逃れた一行。ハルトは森の中に佇むその小さな廃殿にやって来てそう言った。フレアが答える。
「まあ、仕方がない。しばらくは隠れ家にも戻れないし、街中に行くこともできない。彼らに頼らざるを得ないだろう」
そう話すフレアも決して納得した顔ではなかった。
「さあ、入りましょう」
ルルが皆を中へと先導した。
「そうか、それは難儀だったな」
地下神殿でハルト達に会ったバドは笑顔で言った。その笑顔は意外であったし、二つ返事でハルト達の為に部屋を準備してくれたことにも驚いた。
「まあ、思う事は色々あるが、『想望の英雄』が居れば皆の士気が上がることは間違いない」
バドはそう言うとフレア達の肩を叩いた。フレアが答える。
「感謝する。少し落ち着くまでだが、我々も手伝いをしよう」
フレアは軽く頷いてバドに言った。先日バドに殴られた事はもう忘れてしまったのだろか、ハルトは普通に話すフレアを見ながらそう思った。
「はっ、はあああっ!!」
その日からすぐにフレアは地下神殿にいるバドの兵士達と訓練を開始した。
剣に槍に多くの防具も並ぶ。圧政を受けるヒト族の拠点に、これだけの物資が集められていることに改めて驚く。フレアは得意の槍を振り回し、皆の稽古をつけた。
カンカンカン!!
フレアの槍から乾いた音が響く。兵士と言っても本格的に訓練を積んだ者は少なく、フレアの見事な槍さばきを皆が興味津々で眺める。
フレアは汗をかいたので少し休憩しようと腰を下ろす。それを待っていたかの様にハルトが横に座った。
「なあ、ちょっといいか……」
ハルトは前を向いたまま無言で立ち上がり、通路に消えて行く。それに続くフレア。二人は地下神殿の隅にある目立たぬ階段を下った。暗く狭く、まるで迷路の様な通路を黙って歩く二人。フレアはハルトの様子から何かの異変を感じていた。
しばらく歩くと奥から不気味な奇声が聞こえてくる。ハルトの足がゆっくりとなる。そして壁からその先を覗いた。
「こ、これは……!?」
それは幾つかのガラスと壁に仕切られた大きな部屋に、魔物と兵士達が対峙している光景であった。
(ま、魔物の襲撃……!?)
そう思ったフレアは直ぐにその考えを否定した。
何故ならば一体の魔物を取り囲むように大勢の兵士が対峙している。兵達は剣や槍を構え魔法の詠唱をする一方、魔物はその多くが手や足を鎖で縛られている。
それは一方的な虐待に近いものであった。
別の部屋、そのカーテンが付けられた部屋の中からは男達の低い笑い声と、若い女の魔物の助けを求める悲鳴も聞こえる。
「な、何なんだ、ここは!?」
フレアは眼前の光景を信じられない表情で見る。ハルトが答える。
「前に『魔物との実戦訓練もしている』とバドが言っていたが、もしかしてこれの事かも知れん」
「しかし、これは訓練と言うよりは虐待と言うべきじゃないか……」
フレアは惨たらしい仕打ちを受ける魔物達を見て言った。ハルトが答える。
「ああ、捕まっている魔物は比較的大人しい魔物ばかりだ。何の目的かは知らないが、これは訓練にしては度を超えている」
「どうする?」
フレアはハルトの顔を見て言った。
「奴らが何を考えているのかまだ分からぬ以上、下手に動くのは危険だ。ただ、隙を見て転移魔法で少しは彼らを逃してやりたいと思う」
「……リティだな」
「ああ、頼めるか? 彼女にまた負担をかける事になるが……」
「無論だ。この様な非道、何もせぬ訳には行かぬ」
フレアは沸き上がる怒りを抑えるように言った。
その夜、フレアはリティを連れ魔物達が捕まっている牢獄へ向かい可能な限り外部へ転送した。ただそれは数える程。リティの体力を考えると無理はできない。
翌日、ハルト達は何食わぬ顔で訓練に参加した。
「フレア殿、一度お手合わせ願いたい」
そう言ってフレアの前に現れたのは、両手に剣を持ったバドであった。
「私と? ……真剣でか?」
「ああ、そうだ」
バドはにこやかな顔をして話しているが、目は笑っていない。その意味を感じ取ったのかフレアが答える。
「分かった。お互い怪我しないよう気をつけてやろう」
そう言いながら槍を構えるフレア。バドも両手の剣を大きく広げてフレアに向き合う。
「はっ!!!」
カンカン!!
突如始まった『独立と勝利軍』リーダー・バドと『想望の英雄』フレアの手合わせ。その気迫、そして見事な両者の戦いぶりに自然と周りに人が集まる。
「はっ、はっ、はああ!!!」
カンカンカン、ガン!!!
バキンッ!!
「!?」
暫く真剣に打ち合っていた二人。素早く攻撃を仕掛けるバドに対して、フレアはその長い槍を可憐に振り回してその斬撃をかわしていた。しかしバドが気合を入れてフレアに斬り込むと、剣を受け続けていたフレアの槍が途中から折れてしまった。
「なっ!?」
「はああっ!!!」
構わず剣で斬り込むバド。折れた槍を持ち焦るフレア。バドの剣がフレアに迫る。
ガン!!
「はあ、はあ……」
折れた槍で剣を受けようとしたフレアの前に、透き通った青色の盾が現れた。
「今のは『ごめんなさい』じゃあ済まないぜ、バド」
両者が声の方を見ると、ハルトが左手を前に突き出している。
(……護衛士?)
バドはそのシールドをしばらく見つめてから剣を収めた。
「いや、すまない。戦い始めると夢中になってしまってな」
バドは笑顔でフレアに言った。
「いや、私の負けだ」
フレアが真剣な顔で言う。バドが答える。
「いいや、不運にも槍が折れてしまったんで、ここは両者引き分けってとこだな。まあ別に勝負していた訳じゃないけどな」
バドは何度も頷きながらそう言った。
(……不運にも、ねえ)
ハルトは床に転がる折れた槍を見てそう心でつぶやいた。
フレアはハルトに「心配するな」と言わんばかりに数回頷いて見せてから、再び鍛錬を始めた。
カンカンカン!!!
新しい槍を手にしてひとり模型人形に槍を打ち込むフレア。その額には大粒の汗が流れ落ちる。無心で槍を打ち込む姿は、周りの者を自然と引き込む雰囲気があった。
「……あの、これをどうぞ」
そんな中、ひとりの女性がフレアにタオルを差し出した。
「ああ。ありがとう」
フレアはタオルを受け取ると額の汗を拭きとった。
「私は副リーダーのメルカって言います。今回はご協力頂いて、本当にありがとうございます!」
メルカはフレアに向かって勢い良く頭を下げた。フレアが言う。
「とんでもない。本来これは私がやらなければならないこと。自分の未熟さを恥じているところだ。私の方こそありがとうと言いたい」
フレアは爽やかに笑った。
「あ、あの、リーダーがすみませんでした! 何か困ったことがあったら言ってください!!」
メルカは顔を赤くして再び頭を下げると、そのまま走り去っていった。
『想望の英雄』、フレアは自分がどのように民から見られていたのかを、自分自身まだ良く理解していなかった。
「はああ!!!」
カンカンカン!!!
フレアはタオルを置くと、再び無心で槍の鍛錬に汗を流す。ハルトはそんなフレアを見つめながら、やはり何か悪いことが起きそうな不安を感じていた。




