29.ラクネル
魔竜ラクネル迎撃の為、飛竜の里を飛び立ったハルト達。ハルトはリーヴァに、そしてクレアとルルはそれぞれ別の飛竜に乗って出撃する。
「ちょ、ちょっと。もう少しゆっくり飛んでよ~」
飛竜の首に必死にしがみつき叫ぶクレア。しかし今はそんな声に誰も応えようとはしない。リーヴァを筆頭に悲痛な思いが皆を包む。
高速で移動する飛竜達。
飛びながらリーヴァは、初めてラクネルが里を襲撃した昔のことを思い出していた。
「こ、これは!?」
その日のリーヴァは別件で単騎、里を離れていた。しかし里の様子がおかしいと気付き、急ぎ戻ってみるとそこは見慣れた里の風景と全く違うものとなっていた。
美しかった里の自然。
その美しく豊かに茂っていた木々は黒ずみ、まるで焼かれたように消失している。川の水も穢れ、可憐で里の誇りでもあった七色の果実も黒ずんでいる。
地面には力尽きた多くの飛竜達が倒れている。まだ息がある者もその体が黒く浸食され、その多くがもはや絶命寸前であった。
そして空には真っ黒な飛竜と、ひとりの黒い衣装を着た男がいる。
リーヴァはその飛竜の正面へ飛び、そしてその顔を見て驚愕した。
「ラ、ラクネル!?」
行方不明になっていた弟ラクネル。
翼は肢体は大きくそして黒く染まり、見違えるほど強靭になっている。放たれるオーラは邪を含み、こうして対峙しているだけでも飲み込まれそうになる。ただ姿形は変わってしまっても、それは間違いなく弟ラクネルである。
「どうしたんだ、ラクネル!! 俺だ、リーヴァだ!!!」
リーヴァは変わり果てた弟に必死に呼びかけた。
「グウウウゥゥ……」
何かを感じ取ったのかラクネルが低い声で唸る。すると隣にいた男が話し始めた。
「お前が兄のリーヴァか。同じく魔竜へと思ったが、お前は無理のようだな」
男の話を聞いてリーヴァが叫ぶ。
「貴様、何奴!?」
「私はグラリス、魔人だ。まあ私の名などどうでもよい……」
「お前が弟をそのような悪へと変えたのか!!!」
激怒するリーヴァ。グラリスが答える。
「彼は自ら望んで変わったのだ。それに悪? 一体どっちが悪だと思うのだ?」
「ど、どういうことだ、それは……」
リーヴァの顔が一瞬曇る。
「知らぬなら教えてやろう。お前の弟はお前の下で苦し悩み、そして他者から嘲笑され卑下されて、強さを求めて我に出会った。私はほんの少し力を貸してやっただけだ」
「なっ……」
「お前は気付いていなかったのか? 優秀な兄と無能な弟。それだけでも大きな劣等感を抱いているはずなのに、同じ団、そして同じ環境に居たのだ。分からぬのか?」
リーヴァは顔を青くして答える。
「わ、私は弟とは言え、皆平等に、同じように接して……」
「それは有能たる貴様だから言えることだ。蔑まれて追い込まれた奴にそれが何の救いとなる?」
「そ、そんな。私が、私が原因だと言うのか……」
動揺するリーヴァ。不敵な笑いをするグラリス。
「そう、お前が、原因だ」
グラリスが最後に言った言葉。その言葉がずっとリーヴァの胸の奥に刺さっている。
あれからどれだけ時間が経とうが、決して無くならない心の痛み。「魔竜ラクネル襲来」との伝令を聞く度に心臓を握り潰されるような震えに襲われる。
――私が原因
リーヴァはハルトを乗せながらも、やはりその重い言葉が心の中で響いていた。
飛行を続けること数分、里から離れた森の上にその魔竜はいた。
「ラクネル……」
悲しき表情を浮かべてその名前を呼ぶリーヴァ。しかしその弟、魔竜ラクネルは禍々しい大きな翼をゆっくり羽ばたかせ、真っ黒に染まった屈強な肢体からは邪のオーラを放出している。そして鋭い目つきでこちらを睨んでいる。
「な、何あれ~。ちょっとやばいんじゃない?」
魔竜を見たクレアがつぶやく。
「気を抜かないで。邪に取り込まれるわ」
同じくその脅威を感じたルルがみんなに言う。リーヴァが叫ぶ。
「皆の者、恐れるでない!!! 少しでも恐れを抱けば、すぐに邪に取り込まれる!! 我は聖飛竜。聖なるご加護で皆を守らん!!」
「リーヴァ……」
その背に乗りながらハルトが心配そうに名を呼ぶ。
「大丈夫だ、ハルト。我は聖飛竜。唯一あいつに対抗できる飛竜。負けることはない」
そう言ったリーヴァの顔はとても寂しいものであった。
「俺にできることは?」
ハルトが聞く。
「振り落とされずに乗っていること。そして召喚力を切らさぬよう頼む!!」
「了解!!!」
リーヴァはそう言うと仲間の飛竜に一度鳴き、そして魔竜へと突進した。
「グオオオオオオォォォォン!!!!!」
魔竜の咆哮。それは鼓膜の内側まで響くような大きな咆哮。周りの空気ですらその声に怯えるように震え始める。新入りの団員の中にはその声を聞いただけで震えが止まらぬ者もいる。
「ラクネルっ!!!!」
リーヴァは一直線に魔竜ラクネルに突入する。魔竜の口が大きく開かれる。
「グワアアアアァァァン!!!!」
そしてその口からは真っ黒で禍々しく、そして邪のオーラを纏った息が吐き出される。それを見たリーヴァが叫ぶ。
「聖たる息!!!」
リーヴァの口から真っ白なブレスが吐き出される。白く日の光を浴びて輝く息。そしてそれは魔竜の黒きブレスに混ざると輝きを増し、まるで浄化するようにそれを消していった。
「グワアアアアァァァン!!!!」
再び大きな咆哮を上げる魔竜ラクネル。
「はっ!!」
シュン!!
「グワンッ!!」
ハルト達の横を一筋の光が走る。その光は咆哮を上げたラクネルの右目に命中。振り返るとルルが弓を構えていた。
「今よ!! ハルト!!」
ルルが叫ぶ。ハルトとリーヴァは頷くと素早く魔竜ラクネルに突撃する。
「はああああ!!!!」
ドォーーン!!!
「グワアアアアアアアアン!!!!」
リーヴァの体当たりを食らった魔竜ラクネルは、悲鳴のような叫び声を上げて少し後退する。
その瞬間、ハルトはそれを見逃さなかった。リーヴァが体当たりした時に見せたラクネルの目。それはとても悲痛で悲しい目であった。
「グググッ……」
魔竜ラクネルは下を向き少し唸ると、ハルト達に背を向け大きく羽ばたきながらその場を去って行った。
「ラクネル……」
弟ラクネルが去った後、リーヴァはひとり小声でつぶやいた。
何か感ずるものがあったのだろうリーヴァもラクネル同様、里へ帰還するその姿はやはり悲しき姿であった。
飛竜の里に戻ったハルト達。初めてだと言う【対魔竜ラクネル会議】が開かれた。
目的はひとつ。里の脅威であるラクネルの討伐。これまでラクネルは団長リーヴァの弟と言うこともあってか討伐についてはある意味不可侵とされていたが、今回初めてリーヴァ自らが提案を行った。
「私に、私に弟ラクネルの捕獲を許可ください」
リーヴァは神妙な顔で皆に言った。討伐ではない、捕獲だと。
「私は里で唯一の聖飛竜。ラクネルが出現以来何度か対戦してきましたが、私ならば彼の邪なる気を祓うことができるかと思います。何卒、許可を!!」
リーヴァは里長の前に来て深く頭を下げた。通常リーヴァの提案ならば即答で許可する里長であったが、何故か今回ばかりは難しい顔をしている。
「里長……」
しかしリーヴァの覚悟を決めた顔を見て里長もついにその許可を出した。そして明日魔竜ラクネル捕獲部隊を結成し出陣することが決まり、会議は終わった。
その後、食事を終え召喚界に戻ろうとするリーヴァがハルトに聞いた。
「なあ、ハルト」
「ん、なんだ?」
「この里に来て楽しいか?」
ハルトは今さら何を言うのだと言う顔をしてリーヴァに答えた。
「ああ、もちろんだよ。どうしたんだ?」
「いや、何でもない。それなら良かった」
リーヴァはハルトに笑顔を見せると召喚界に帰って行った。
ハルトは理由は分からないが、何故かもうリーヴァが戻ってこないような感覚を覚えた。




