第十三話:どうやら私、選択肢を間違えたようです。
昼下がり。
孤児院の庭では、子供たちが元気に走り回っていた。
でも。
門の前に立つ鎧姿の兵士たちのせいで、どこか空気が重い。
【ガレス】
「どうやら、ますます大変な事になってきたな」
ガレスさんが腕を組みながら呟く。
兵士たちは、患者の列を整理している。
以前みたいに、誰でも自由に入れるわけじゃなくなってしまった。
【セドリック】
「当然でしょうね」
セドリックさんは書類を整理しながら言った。
【セドリック】
「もはや、この孤児院には国家規模の価値があります」
国家規模。
なんだか難しい言葉だ。
【エンフェリア】
「うーん……?」
私が首を傾げていると、セドリックさんが小さく笑った。
【セドリック】
「つまり、皆がエンフェリアさんを欲しがっている、ということですよ」
欲しがる。
なんだか物みたいだ。
少しだけ変な感じがした。
【ガレス】
「だから、もう決めちまったらどうだ?」
【エンフェリア】
「決める?」
【ガレス】
「俺たちと家族になるんだよ」
ガレスさんは、まっすぐ私を見る。
【ガレス】
「家族ってのはな。
一人で抱え込まなくていい場所だ」
その声は優しかった。
【セドリック】
「……私も本気で申し上げます」
セドリックさんも静かに頷く。
【セドリック】
「エンフェリアさんが望むなら、我々は貴方を支えます」
家族。
なんだか温かい響きだった。
でも。
【ルシアン】
「待て」
ルシアン様が割って入る。
【ルシアン】
「エンフェリアは余と結婚するのだろう?」
【エンフェリア】
「ええ?」
なんでそうなるの。
【エンフェリア】
「ルシアン様、まだ全然わたしを惚れさせてませんよ?」
一瞬、静まり返る。
次の瞬間。
【ガレス】
「がははははっ!」
ガレスさんが大笑いした。
【セドリック】
「これは手厳しい」
セドリックさんまで肩を震わせている。
【ルシアン】
「なっ……!?」
ルシアン様は真っ赤になった。
【ルシアン】
「余は頑張っておるではないか!」
【セドリック】
「最近ようやく普通に子供の世話が出来るようになった程度ですが」
【ルシアン】
「うぐっ」
痛いところを突かれたらしい。
【ガレス】
「しかも最近じゃ、ロラの方が上手いしな」
【ルシアン】
「ぐむむむ……!」
ルシアン様は悔しそうに唸る。
赤髪の少女――ロラは、最近よく小さい子たちの面倒を見ていた。
特にジョンが懐いている。
【ルシアン】
「エンフェリア!」
【エンフェリア】
「はい?」
【ルシアン】
「余を援護しろ!」
【エンフェリア】
「えぇ……」
困る。
そんなこと言われても。
その時だった。
頭の中に、いくつもの選択肢が浮かんだ。
ガレスさんとセドリックさんと家族になる。
ルシアン様と結婚する。
孤児院で子供たちと暮らす。
病気の人たちを助ける。
勇者様たちの魂を慰霊する。
でも――
どれも大事で、どれも捨てられなくて。
だから私は、選べなかった。
【エンフェリア】
「……まだ、ルシアン様には惚れさせてもらってません」
私がそう言うと。
また笑いが起きた。
【ルシアン】
「まだ、ということは可能性はあるのだな!?」
【エンフェリア】
「そこは自分で頑張ってください」
【ガレス】
「はっはっは!」
【セドリック】
「殿下、前途多難ですね」
賑やかな笑い声。
子供たちの声。
温かい空気。
私は――
まだ選ばなかった。
この時の私は。
“選ばない”という選択が、
一番危険だなんて知らなかった。
――
夜の街。
復興途中の城下は、昼とは別の顔を見せていた。
壊れた建物。
積み上げられた木材。
遠くで響く工事の音。
そして、その隙間を縫うように広がる暗い路地。
月明かりも届きにくい裏路地で――
白髪の男が煙草をくゆらせていた。
紫煙が、静かに夜へ溶けていく。
【アドリアン】
「……急ぎ過ぎたようだな」
足音。
暗闇の奥から、赤髪の男が姿を現す。
フェランだった。
【フェラン】
「そうでしょうか?」
【アドリアン】
「門番まで付けられた」
アドリアンは煙を吐く。
【アドリアン】
「タウリナ王はこちらの想定より有能なようだ」
【フェラン】
「ええ。想像以上に」
フェランは壁に背を預けた。
その顔に焦りはない。
まるで、すでに次の手を考えているみたいに。
【フェラン】
「ですが、まだやりようはあります」
【アドリアン】
「……そうだな」
アドリアンは小さく笑った。
【アドリアン】
「だが、約束だ」
短い沈黙。
遠くで犬が吠える。
【アドリアン】
「こちらの策を進める」
フェランが静かに目を細める。
【フェラン】
「……ロラを使うのですね」
【アドリアン】
「ああ」
煙草の火が赤く灯る。
【アドリアン】
「あの子なら自然に懐ける」
【フェラン】
「エンフェリア様は、子供に弱いですからね」
【アドリアン】
「特に、“守るべき相手”にはな」
フェランは黙る。
アドリアンは続けた。
【アドリアン】
「あの子は、ドレイケルドの生き残り」
【アドリアン】
「エンフェリアが魔王国と信じて疑わないドレイケルド国の人間だ」
【アドリアン】
「それをエンフェリアはまだ知らない」
静かな夜風が吹く。
【フェラン】
「……知れば、揺らぎますか?」
【アドリアン】
「揺らがねば世界が終わる」
即答だった。
【アドリアン】
「アイツは今でも、世界を単純に見すぎている」
【アドリアン】
「敵か、味方か。
人間か、魔物か」
【アドリアン】
「だからこそ危険だ」
フェランはゆっくり目を伏せる。
【フェラン】
「ですが――」
【フェラン】
「あの子を傷つけるような真似は避けたい」
アドリアンは煙草を指で弄ぶ。
【アドリアン】
「必要なら?」
一瞬だけ。
空気が止まった。
フェランはすぐには答えない。
やがて。
【フェラン】
「……あの子は、
出来れば泣かせたくありません」
アドリアンは笑った。
【アドリアン】
「慎重だな」
【フェラン】
「そうかもしれません」
否定はしなかった。
その時。
路地裏の屋根の上で、
小さな瓦がかすかに鳴った。
二人の視線が一瞬だけ動く。
だが。
そこには誰も居ない。
【アドリアン】
「……野良猫か」
【フェラン】
「復興中ですからね。
増えているのでしょう」
二人は再び歩き出す。
だが――
屋根のさらに上。
夜の闇に溶け込むように、
黒い影が静かに息を潜めていた。
月光が、わずかに赤い瞳を照らす。
その影は、何も言わない。
ただ静かに、
二人の背を見下ろしていた。




