緊張のカノン
段々と外に慣れてきたセレーネは、周囲を見回す余裕が生まれていた。その中で気になるものをカノンに訊く。
「ねぇ、カノン。あのお店は何? 食べ物じゃないみたい」
「あれは宝石露店ですね。比較的安価な宝石を売っている露店です。中には掘り出し物もあるそうですよ」
「掘り出し物って?」
「思いがけず手に入れる珍しい品物の事です。ああいった露店に時折お宝が眠っているという事ですね。まぁ、本当に極々稀な事ですが」
「ふ~ん……そういうものもあるんだ。あっちは?」
「あちらは、魔術や魔術薬、錬金術で使う素材を売っている露店です。こちらも宝石露店と同じで掘り出し物があるかもしれません」
「ふ~ん……あっ! リーシアちゃん!」
セレーネが声を上げた事で、素材露店で商品を見ていたリーシアがセレーネ達に気付く。
「お嬢様。外ではあまり大声を出してはいけません。他の方に迷惑をお掛けするきっかけになりかねません」
「うん。分かった」
カノンの注意に頷いたところで、セレーネはリーシアの元に向かおうとする。すぐに、カノンも隣に並んでリーシアの元に着く。リーシアの隣には買い物袋を持ったもう一人の女性がいた。長い銀髪と赤眼で、リーシアと同じく黒い外套を纏っている。
「リーシアちゃん! おはよう!」
「はい。おはようございます、セレーネ。今日はお出かけですか?」
「うん! お母様が良いって」
「そうでしたか」
「リーシア様。私はお先に」
「ええ。お願いね」
女性は、セレーネとカノンに頭を下げると、雑踏の中に消えていった。
「今の人は? メイドさん?」
「いえ、私の眷属です。ミーシャという名前で、私の義理の姉妹ですね。養子としてノスフェラトゥ家に来た際、私の眷属になりました。あっ、別にセレーネ達といるのが嫌で帰った訳ではありませんから、そこは気にしないでください。早く保存しておいた方が良い素材があるので、先に帰っただけです」
「へぇ~」
セレーネは全く何も気にしていなかった。それが、セレーネの反応から窺えて、リーシアは苦笑いしてしまう。
「せっかくです。お昼でも行きましょうか」
「良いの?」
セレーネの確認は、家にミーシャがいるのに良いのかという確認だった。
「はい。大丈夫ですよ。ミーシャはミーシャでご飯を食べますから。私が先に帰した時点で、ミーシャも了承しています」
「じゃあ、食べる!」
「はい。カノンさんの方で予約などはしていますか?」
「いえ、特には決めていません」
「では、私のおすすめの場所に行きましょう。セレーネもそれで良いですか?」
「うん!」
お昼はリーシアのおすすめのレストランに行く事になった。リーシアの案内で進んでいくと、そこは高級レストランが並ぶ通りだった。
「あの……リーシア様。私達の予算では、この辺りでの食事は……」
「大丈夫です。お代は私が持ちますので。子供に支払いをさせる程困窮しているわけでもありませんから」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
しっかりとお礼を言えたセレーネの頭をリーシアは優しく撫でる。自身の子孫という事もあり、リーシアはセレーネに甘かった。
高級レストランの一つに入り、リーシアはすぐ個室を用意して貰った。態々個室まで用意されて、平民であるカノンは、多少緊張していた。
「そこまで緊張する必要はありませんよ。そのために個室を用意していただいたのですから」
「はい。ありがとうございます。お嬢様、何を食べますか?」
カノンは、セレーネにメニューを見せながら、自分も軽く見ていく。そこには、カノンが考えていたよりも高い値段が書かれている。
(これが貴族……私もこの価値観に慣れておかないと、お嬢様に恥を掻かせる事になるかもしれない。でも、取り敢えず、安めのものにしておこう)
どこまでも平民としての価値観が抜けきらないカノンであった。
カノンにメニューを見せて貰っているセレーネは、どれを注文しようか迷っていた。
「カノン、これは?」
「ミートパイですね。パイ生地の中に挽肉を入れたものです。お嬢様がお好きなハンバーグもありますよ」
「本当だ! ハンバーグが良い!」
カノンは、セレーネにトマトソースのハンバーグを薦めたが、その値段を改めて見て、目を見張った。だが、セレーネが食べたいというので、ハンバーグは決まった。カノンは卵とチーズのパスタを頼む。リーシアはステーキを頼んだ。
「そういえば、魔術の勉強は順調ですか?」
「順調……?」
セレーネは何と言えば良いのか分からず、カノンの事を見る。
「基礎を磨いているところです。現在は、【水球】を使った魔力の調整と操作をしているところです。順調と言えば順調と言った感じでしょうか」
「なるほど。魔術修行の初期段階は変わらずですか。まぁ、重要な部分ではありますから、変えようがないというのが正しいですね。魔力を操作する感覚は、かなり重要です。頑張ってください」
「うん!」
「後は、眷属を増やすかどうかですね」
「えっ、眷属って、初めて吸血した時にだけなるんじゃないの?」
本には書いていなかった事に、セレーネは驚きながらリーシアを見る。
「普通は二人か三人くらいしか作りませんね。私はミーシャともう一人いますが、今は遠くに出ているので紹介は出来ません」
「そう……なんだ……でも、元に戻す方法は分からないんだよね?」
「そうですね。基本的には減らす方に考えないものですから。眷属を増やしたいのなら、吸血している際に、相手に魔力を注ぐとなります。そのためには、魔力をしっかりと操作しないといけません。今、まさにセレーネが勉強している事が重要になるのです」
「ふ~ん……でも、増やしたいとは思わないかも」
「今はまだですよ。これから先は分かりません。覚えておいて損はありませんよ」
「う~ん……うん。分かった」
リーシアが言うのならそうなのだろうとセレーネは納得したが、最初の眷属の時の苦みが残っているので、そこまで乗り気ではなかった。
「せっかくですから、気が向いた時に吸血鬼族の事を教えましょうか? 私ではなくミーシャに頼むかもしれませんが」
「お嬢様。これはまたとない機会です。吸血鬼族に関しては、教科書も書物もあまり詳しい事は書かれていません。特に真祖については、かなり少ないです。直接教えを受けるのがお嬢様にとっても良いことかと」
「そう? じゃあ、お願い」
「はい。では、研究の合間に顔を出せそうでしたら行きますね。後は、先程も言った通りミーシャを送ると思います。多少硬い子ですけど、仲良くしてあげてください」
「うん」
そんな話をしていると、注文した料理が運ばれてきた。出て来たハンバーグに、セレーネは大満足だった。カノンも初めて食べる高級レストランの味に驚きを禁じ得なかった。何とか屋敷で再現出来ないか等も考えつつ、しばらくは絶対に味わえない料理を堪能した。
その後は、リーシアと別れ、屋敷へと帰る。最初は不安だった街散策だが、最終的に大満足に終わった。また外出したいと言うセレーネに、カノンは内心ホッと胸をなで下ろしていた。下手をすれば、二度と外出したくないとなる可能性もあったからだ。
この報告には、ミレーユも安堵した。そして、毎日とはいかないが、セレーネの外出許可が下りるようになる。いつまでも家の中に籠もっていては、世間知らずに育ってしまう。セレーネの今後を考えると、外に出て様々な物を見聞きする方が良い。ミレーユはそう考えたのだった。




