カノンとライルの会話
カノンは、ライルが乗ってきた魔動車に乗り込む。
「私が運転しますが……」
「良い。こちらの都合に付き合わせるんだ。今は、自分が客人だと考えていろ」
「ありがとうございます」
メイドとしては、自分が運転しなくてはと思うが、ライルにこう言われてしまえば、頷かざるを得ない。
「それで、セレーネの勉学は順調か?」
街までの道中でライルが話題に選んだのは、セレーネの事だった。
「はい。お嬢様自身が興味を抱きますので、勉学に関しては何も問題はないかと」
「そうか。少し子供っぽいところが強くなっていたが、そういうところはしっかりしているようだな」
「甘えたい年頃という事ではないでしょうか。私にも、マリアさんにも、テレサ様にも同じように甘えていらっしゃいます」
「それだけ信用されているという事だろう。学園で困った事はないか?」
そう訊かれて、カノンは少し考え込む。自分が学園でセレーネと接する事が出来る時間は限られている。なので、どう答えたものかと考えているのだ。
「カノンの事だ。学園内でもセレーネの音は監視しているのだろう?」
「あははは……お見通しでしたか……」
カノンが遠くの音を聞く事とその聞き分けが上手く出来るようになったのは、学園でのセレーネを見守るために聴覚に集中していた経験からだった。音が複雑に雑ざっている中で、セレーネの音だけを聞き分けるという行為は、カノンにとって大きな経験値になっていた。
「シフォンさんの件があってからは、お嬢様達に絡むような方はいらっしゃいません。時折、少しの会話はしているようですが、学園内の友人という線を越えてはいませんね。フェリシア様とシフォンさんのみです」
フェリシア達以外の友人は、学園外での付き合いはない。だが、学園内で軽く話す程度の友人は何人か出来ていた。セレーネが分け隔てなく接する事が出来るのに加えて、優秀という事もあって、色々な会話をしているのだ。セレーネに不利益が及ぶような会話ではない事をカノンは確認しているので、特に友人関係に口は出していない。
「狭く深い縁という事か。セレーネにとっては、そのくらいが心地よいのかもしれないな」
「そうかもしれませんね」
「特にウルトラマリン家の令嬢とは仲が良いみたいだな」
「あ、そうですね」
仲が良いで止まらない関係になりそうなのだが、カノンはその事については言わなかった。あまり広めすぎるのもセレーネに悪いと思ったからだ。
「セレーネとくっつくのも時間の問題というところか」
「そう思われますか?」
「これでもあいつの兄だからな。接している時間は短くとも、何となくの機微は分かる。この旅行で随分と距離が縮まっただろう?」
ライルがしっかりとセレーネの事を当ててくるので、カノンは少し驚いていた。
「おっしゃる通りです。元々フェリシア様とシフォンさんには心を許していましたが、フェリシア様には特にべったりとしていました。恐らく、本人も自分の気持ちには気付いておられませんでした。ですが、この旅行の中で、自分の気持ちをようやく自覚出来たようです」
「そうか。兄としては応援したいところだが、そう簡単にはいかないだろうな」
「そうですね。フェリシア様には婚約者もいらっしゃるようですから。それでも、フェリシア様はお嬢様に惹かれていらっしゃるようですが」
「そうだな。そもそも貴族の婚約は家の繋がりを強める目的が強いからな。そこまで愛があるとは限らん。何とかしたいところだが、変に動けば家に迷惑が掛かるからな。奇跡でも起こらない限り、一定の距離から近づく事は出来ないか」
「はい。それでもお嬢様が望むのなら、叶えて差し上げたいところですが……」
「ふっ……セレーネも愛されているな」
「最愛の主人ですから」
「そうか。カノンは、セレーネと結婚したいとは思わないのか?」
今の言葉を聞いて。ライルはカノンの方の気持ちが気になりそう訊いた。それに対して、カノンは少し困ったような表情になる。
「思わない訳ではありません。私の方がかなり年上ですが、それでもお嬢様の魅力が分からない訳ではありませんから。眷属として一生を捧げると同時に、私自身の気持ちも捧げているつもりです。なので、現状でもある程度満足はしているつもりです。これ以上を望むのは贅沢というものでしょう」
「そうか? そのくらい望んでも良いくらいには、セレーネに尽くしているだろう?」
「過分なお言葉ありがとうございます」
その態度を崩さないカノンに、ライルは少し呆れたように息を吐く。
「何はともあれ、セレーネから気持ちを伝えられたなら応えてやれ」
「そうですね。お嬢様から伝えられたのなら、そうしようと思います」
このようにライルとカノンの会話は、基本的にセレーネの事ばかりだった。二人の共通の話題など、セレーネくらいしかないので、当たり前と言えば当たり前だった。
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カノンの気配が遠くに行くのを感じながら、セレーネは海での遊びを満喫していた。シフォンと水を掛け合っている中で、傍観しているフェリシアに標的を変更した結果、フェリシアに追いかけ回される。
「わっ!?」
「きゃっ!?」
そして、水に足を取られて転ぶセレーネに、覆い被さるようにしてフェリシアも転んだ。
「あはは! フェリシア可愛い」
「うるさいわね。驚いたら、誰でもあんなものよ」
自分の短い悲鳴をからかわれたフェリシアは、少し恥ずかしがりながらセレーネの小さな鼻を軽く摘まむ。お返しに、セレーネは脇腹を突っつく。脇腹は弱いフェリシアは、セレーネの横に突いていた手の力が抜けて、セレーネに乗っかる形になる。間近に来たフェリシアをセレーネは抱きしめつつ、立場を逆転させる。
「ふっふっふ、形勢逆転」
「そうかしらね」
フェリシアは、上体を起こしてセレーネの身体を抱きしめると、セレーネの背中にゆっくりと指を這わせた。
「ひやっぅ!?」
「セレーネだって可愛いじゃない」
「むぅ……」
仕返しされて悔しいセレーネは頬を膨らませて抗議する。そうして見つめ合っていると、互いに吹き出して笑い合った。
そんな二人の元に、水着から服に着替えたテレサがやって来る。
「二人とも、そろそろ上がる時間よ。お風呂に入ってきなさい」
「は~い」
「はい。分かりました」
セレーネとフェリシアは、手を繋いでジーニーとルリナの元に向かう。タオルで、軽く水気を取って貰った後に、二人で一緒に浴室へと向かった。マリアやシフォンは昼食の準備をしているので、今日は二人きりでお風呂に入る事になる。
水着を脱いで、洗い場に来るとセレーネとフェリシアは、並んで身体を洗っていった。そこに、二人の湯浴み着を持ったルリナがやって来る。
「湯浴み着です」
「ありがとう、ルリナ」
「ありがとう。初めて見るわね」
「ルリナはお姉様の専属メイドだから、私も全然会った事ないよ」
「そうなの? よろしく、ルリナ」
「よろしくお願いします、フェリシア様。私は浴室の外に待機しております。しっかりとお身体を温めて下さい。ですが、あまり長風呂にならないようにお願いします」
「うん」
「分かったわ」
ニコッと微笑んだルリナは浴室を出て出入口の横に立って待機する。
湯浴み着に着替えた二人は一緒に湯船に入る。いつもはカノンに抱えられるセレーネだが、今日はフェリシアの隣に来て、ぴったりとくっついた。自分の気持ちを自覚して、相手に想いも伝えているので、こういう時は積極的になっているのだ。
そんなセレーネの想いを知っており、自分も同じ気持ちがあるからこそ、フェリシアも拒絶せずに受け入れ、互いに指を絡めて湯船に浸かっていた。




