昨日とは違う様子
二人が寄り添って寝たのを音で確認したカノンは立ち上がった。既に支度は調っている。
「朝方に戻ると思います。お嬢様への誤魔化しをお願いしますね」
「はい。お気を付けて」
少し心配そうにするマリアに優しく微笑みかけてから、カノンは部屋を出る。そうして屋敷を出ようとすると、昨日と同じようにジーニーがやって来た。
「お嬢様をお願いします」
「はい。お任せ下さい。お嬢様の大切な御方ですから」
「会話をお聞きに?」
「いえ、ですが、お嬢様とは長い付き合いですので、お嬢様の様子を見ていれば分かります。そのご様子ですと、お嬢様かセレーネ様がお気持ちをお伝えになったのですね」
ジーニーは、カノンの様子から二人に何があったのか察していた。
「お嬢様の方からですね。ですが、フェリシア様の立場を考慮した伝え方でした」
「そうでしたか。お二人は、まだ部屋に?」
「はい。二人で寄り添ってお眠りになっています。仲は拗れてはいません。寧ろ、良くなっているかと」
「分かりました。では、お気を付けて」
「はい」
ジーニーに、セレーネの事を任せて、カノンは屋敷を出た。残ったジーニーは、フェリシアの部屋の方を見る。
(多少は素直になられたようですが、やはり立場が邪魔されますか。こればかりは仕方のない事。そう納得したいところですが……お嬢様は、それで幸せになるのでしょうか)
ジーニーは多少の蟠りを抱えながら、自分の部屋へと戻っていく。睡眠を取って明日に備えるためだ。若干後ろ髪を引かれる思いがあるが、フェリシア達の様子は確認せずに眠った。
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屋敷を出たカノンの元に、すぐにクロが来た。
「クロ、またよろしくね」
「にゃ~にゃ~にゃにゃ~」
「嫌な予感がする? う~ん……それを私がどうにかする事は出来ないけど、気を付けるよ」
「にゃ~」
「うん。ありがとう」
カノンはクロを撫でてから、森へと走る。そうして走っていると、カノンの耳に昨日の夜とは違う音が聞こえてきた。
(ん? この音……剣? 騎士の集団……いや、この戦い方は、ベネットか。一人だけ?)
カノンが音の元に向かうと、カノンが気付いた通りベネットがいた。ベネットは一人でブラックベアを叩き斬っていた。その様子をカノンは木の陰に隠れながら見ていた。下手に割り込めば邪魔になるだろうと考えたからだ。
戦闘が終わると、ベネットは真っ直ぐカノンの方を見る。
「ん? カノンか」
「…………私、ちゃんと隠れてたんだけど」
「何となく気配でわかんだろ」
「普通は分からないでしょ。一人で何してるの? 仕事は?」
「今やってんだろ? 一人で魔物を討伐して回れってよ」
笑いながらそう言うベネットにカノンは呆れた顔をする。
「それ仕事を押し付けられてるだけじゃないの? 人間関係が上手くいってないんじゃない」
「物凄い勢いで抉ってくるな。鬼か」
「猫です」
カノンは自分の耳と尻尾をアピールしながらそう言う。それに対して、今度はベネットの方が呆れ顔になるが、すぐに切り替える。
「まぁ良いや。カノンこそ何してんだ?」
「そこの屋敷にお嬢様が友達と泊まりの旅行をしてるの。その安全確保。それ焼く?」
「ん? いや、森の入口に置いておけば、明日の朝に騎士団が持っていく」
「騎士団? まぁ、そうか。街の内部は衛兵。外は騎士の仕事だしね。ベネットも騎士の方で働いてるんだ?」
「まぁな。騎士の方は、ギスギスした雰囲気でな。恐らく、最初に来た時、実力を見ると言った先輩に勝ったのが不味かったんだな」
「まぁ、頑張って。ベネットがいるなら、私はい……」
そこまで口にして、カノンは猫耳を動かしながら周囲を見回す。その様子を見て、ただ事ではないとベネットも察した。
「何があった?」
「魔物がいるみたいだけど、数が多い。昨日の夜に遠くから聞こえてきた音って考えても数が多すぎる。急にこっちに向かってきた? 近くにダンジョンなんてないよね?」
「ああ。ここの近くにはないはずだ。じゃなければ、観光都市にならないだろう。方角は?」
「波の音の方じゃないから、地上だね」
「まっすぐ向かってきているか?」
「ううん。でも、これは……縄張り争い?」
カノンは、聞こえている音から魔物が移動しているのではなく争っている状況だと判断した。魔物同士の縄張り争いは、そこまでの頻度では起こらない。群れとなっている魔物の数が増えすぎるか、縄張り争いに敗れて別の縄張りに侵入する事で起こるのがほとんどだからだ。
また人が魔物を倒す事で縄張りが動く事もあるが、そもそも放置しておくと、魔物が街を襲う可能性もあるので、定期的な討伐は重要だった。その定期的な討伐を行うのが、冒険者達の仕事だ。ただし、こうして護衛のための討伐には騎士などが派遣される事が多い。冒険者では、依頼を受けるかどうかも分からないためだ。
「厄介だな……敗れた方がこっちに来ないとも限らない。よし! カノンもいるから大丈夫だろう」
「えぇ……私も行くの?」
「お前がいないと場所がわからんだろ?」
「はぁ……お嬢様、申し訳ございません」
ほぼ確実に朝までに戻る事は出来ないので、カノンはセレーネに対して謝罪する。
カノンがセレーネに謝罪しているのを見て、ベネットは興味深そうにカノンを見た。その視線にカノンも気付く。
「何?」
「いや、嬢ちゃんは、そんなに怖いのか?」
「お嬢様に黙ってやっている事だから、お嬢様が起きる時間までに帰らないと、お嬢様が拗ねちゃう可能性があるの。お嬢様には、何も気にせずに楽しんで欲しいから」
「まぁ、メイドなりの気遣いってやつか。まぁ、放っておけば、嬢ちゃんも危ねぇんだ。やるしかないだろ?」
「分かってるよ。先行する」
「おう」
駆け出すカノンをベネットが追う。ベネットは普通の人族なので、カノンはベネットに合せた速度で走る事になる。森の中をどんどんと進んでいく。そして、ベネットにも激しい音が聞こえ始めた。
「これか……かなりの大型がいるな」
「大型の群れって言うより、群れのリーダーが大型みたい。どっちも同じくらいには大きいかな。どうする? 縄張り争いが終わるまで待つ?」
「いや、それでバラバラになられたら殲滅が面倒だ。このまま突っ込むぞ」
「はぁ……まぁ、二人しかいないから、それしかないか。騎士団の怠慢として、旦那様に報告しておこう」
「いや、まぁ、その通りなんだが……」
カノンが言っている事が冗談に聞こえず、ベネットにも何と言えば良いかと迷いが生じていた。実際、カノンは冗談でも何でもないのだが。
「そもそもライル様がいらっしゃるのに、何でそんな事になるの?」
「ライル様は、朝から夕方まで担当していてな。この時間は休息に当てている。この事も知らないんじゃないか?」
「お疲れ様です」
「取り敢えず、大型は俺がやる。周りの細かいのを任せたぞ」
「分かった」
カノンとベネットは魔物達が縄張り争いをしている現場に、迷いなく突っ込んでいった。




