セレーネの友人
ラングリド、ミレーユと別れたセレーネ達は、セレーネのクラスになる教室に向かった。その教室の前でカノンとマリアは止まる。
「では、私達は使用人待機室に移動しておきます。学園の地図はありますので、迷子にはならないと思いますが、ちゃんと来られますか?」
「うん。大丈夫」
「では、頑張ってください」
「うん!」
ここでカノンとマリアとは別れる事になる。使用人待機室に向かう二人を見送っていると、その途中で二人が教師に捕まっているのが分かった。
「二人は二人で大変そう……」
優等生は大変だと思いながら、セレーネは教室のドアを開けて中に入る。教室は階段状になっており、後ろの席でも黒板が見やすいようになっていた。
教室中の視線が自分に集まってくるのを肌で感じた。明らかに年齢の低いセレーネを嘲笑するような視線と逆に疎ましく感じているような視線、こちらに興味を抱いている視線など、その種類は多かった。
(鬱陶しい……)
王都の道を歩いている時にも感じる視線だ。何故なら、それだけ目立つ要素がセレーネにはあるからだ。セレーネは、教室を見回して、一番後ろの席の端っこの方に、セレーネへとアピールしている人に気付いた。そのアピールを受けながら、黒板に貼り出されている席順を確認する。そして、そのアピールをしている人の元へと向かった。
「おはよう、フェリシア」
「おはよう……セレーネ……様?」
「セレーネで良いよ。普通に話して良いって言ったじゃん」
セレーネはフェリシアの隣に座る。席順でもセレーネは窓際一番端で、フェリシアの隣だった。
「セレーネがいて良かったわ」
「心細かった?」
「そ、そんなわけないわよ!」
胸を張ってそう言うフェリシアは、少しだけ耳が赤くなっていた。セレーネは、それを見逃さない。だが、追及はしない。それをフェリシアが望んでいるとは思えないからだ。
「私は、フェリシアが居てくれて良かったけどなぁ」
「んなっ……」
今度は耳ではなく顔全体を真っ赤にしていた。目を彷徨わせて、口が緩んでしまうのを無理矢理引き締めるような表情になる。
「ふ、ふん! それは良かったわね!」
五秒程で何とか表情を繕ってそう言った。
「うん。そういえば、フェリシアは何で飛び級したの?」
「早くにアカデミーへと入学するためよ」
「アカデミーに?」
「ええ。アカデミーに入学するのが難しいというのは有名だけど、卒業するのも結構難しいのよ。だから、飛び級で早めにアカデミーに入学して、しっかりと卒業出来るようにしたいの。アカデミーを卒業したら、私に待っているのは結婚だから」
フェリシアは、少し愁いを帯びた表情でそう言う。それに対して、セレーネはきょとんとした表情をしていた。
「へぇ~、そうなの?」
「そうなのって……セレーネも婚約者はいるでしょう?」
「…………」
「…………」
セレーネとフェリシアの間に沈黙が流れていく。先に沈黙を破ったのは、フェリシアだった。
「えっ? 婚約者はいないの?」
「どうなんだろう?」
「顔合わせもしていないの?」
「うん。そんな話も聞いた事ないよ」
「…………」
フェリシアは、信じられないという目をする。フェリシアの中では、より上の爵位の令嬢は、婚約者がいて当たり前となっていた。なので、セレーネに婚約者がいないという事実に、本当に驚いていたのだ。
「う~ん……あっ!」
「どうしたの?」
唐突に何かに気付いたように手を打ったセレーネに、フェリシアが首を傾げて訊く。
「私が結婚する必要がないからかも」
「?」
セレーネの答えに、フェリシアは更に首を傾げる事になった。
セレーネが気付いたのは、自分が真祖として永劫を生きるという事。そんな状態で婚約者を用意して結婚しても、結局リーシアのように家から離れる事になるかもしれない。それなら別に結婚する必要はないのかもしれないとセレーネは考えていた。自分が真祖だと分かれば、家を乗っ取ろうと考えていると思われる可能性も考えている。
そして、セレーネはこれらの事をフェリシアに話して良いものか悩んでいた。自分の事をしっかりと伝えておくべきと考える自分がいるからだ。自分の事を伝えておけば、無用な犠牲を出さずに済むかもしれない。だが、それを相手が受け入れてくれるかどうかは別だ。セレーネは、内心怖がっていたのだ。
だが、それを表には出さない。それくらいは隠せていた。
「セレーネの方は?」
「ん?」
何を訊いているのか分からず、セレーネは首を傾げる。
「飛び級の理由よ。私だけ喋るのは不公平よ」
「ああ、なるほどね。出来たから」
「へ?」
セレーネの答えに、フェリシアはきょとんとしてしまう。全く予想だにしない答えだったからだ。
「そもそもカノンの授業で、小等部で習える事は習って、中等部の内容にも入ってたから、小等部に通う必要がないって状態だったの。それで、飛び級が出来るってなったから、取り敢えず試験を受けて飛び級出来たって感じ」
「じゃあ、本当に出来るからやったって事なのね……」
「うん。こっちの方が新しい事を学べるしね」
「ああ……セレーネもそうなのね」
「ん?」
フェリシアはセレーネの答えに納得していたが、その納得した言葉がよく分からずセレーネは怪訝そうな顔をしていた。
「知識欲の人って事よ。セレーネは新しい事を知るのが好きなのでしょう? 私も同じ。新しい事を知って、それが何かに繋がっているという事を調べたり気付いたりする事が楽しいのよ。だから、アカデミーに行きたいの。あそこには、私が知らない事が沢山あるわ。それを知りたいの」
「へぇ~、確かにそうかも。カノンの授業も先生の授業も好きだったし」
「セレーネとは長い付き合いになりそうだわ」
「そうなったら、私も嬉しいな」
セレーネの言葉に、フェリシアはまた顔を赤くする。セレーネの素直な言葉は、フェリシアにとって破壊力が強い言葉だった。
セレーネ達がそんな話をしていると、教室の扉が開く。そうして中に入ってきたのは、レイアーだった。
「は~い。皆さん座ってください」
手を叩きながら教壇に立つレイアーを、セレーネは目を大きく開いて見ていた。そんなセレーネに微笑んだ後、レイアーは教室を見回す。
「皆さん、初めまして。二日酔いで寝込んでいる馬鹿の代わりで来ました。レイアー・アプリコットです。本日のガイダンスは、私が担当します。しっかりと聞いてください」
レイアーによる授業の解説などが始まる。一通りの説明が終わると、レイアーは手を鳴らす。
「では、本日のガイダンスは、これまで。明日からは、通常授業が始まります。今日配った時間割が毎週続きますので覚えておいてください。では、解散です」
レイアーがそう言うと、続々と生徒達が教室から出て行く。走っている生徒もいるので、レイアーが走らないように注意をしていた。その中で、セレーネはレイアーの元に向かった。
「先生!」
「お久しぶりです、セレーネ様。予想外に早い再会になりましたね」
「うん! 先生は、授業するの!?」
「いえ、先程も言った通り、私が助手を務めている教授が二日酔いでダウンしているので、私が代わりに来たというだけなのです。基本的な授業は、その教授がしてくれますよ」
「えっ……大丈夫なの?」
「…………まぁ、普段は真面目な方ですので」
「ふ~ん……じゃあ、先生は一緒に授業受けるの?」
「いえ、私は別にやる事がありますので。ですが、何度かは、サポートで入ると思います」
「じゃあ、また会えるね!」
「はい。では、私は、ここら辺で研究室に戻らないといけませんので。セレーネ様。ご入学おめでとうございます」
「うん! ありがとう!」
セレーネとレイアーは、手を振り合って別れた。そんな二人を、フェリシアは少し離れた場所で見ていた。
(セレーネは、年上相手だと甘える感じなるのね)
飛び級試験の日に、テレサに甘えていたのも会わせてフェリシアはそう考えていた。セレーネが一人になったところに、フェリシアがやって来る。
「お知り合いですの?」
「うん。私の魔術の家庭教師」
「なるほど。合点がいったわ。だから、あの近さだったのね」
「ふふん! 先生とは仲が良いからね! フェリシアは?」
フェリシアの家庭教師がどういう人なのか気になり、セレーネが訊く。
「私に勉学と魔術を教えてくれたのは、ジーニーよ。家庭教師を雇ってはいないわね」
「ふ~ん……なるほどね。ジーニー……さんは魔術も使えるんだ?」
「ええ。カノンさんは獣人ですから、理論は教えられても実践は難しかったのね。それにしても、セレーネは丁寧な喋り方が苦手と見ましたわ」
「うぐっ!」
図星を突かれて、セレーネは視線を逸らす。そんなセレーネにフェリシアは人差し指を立てる。
「駄目よ。社交界などでは、丁寧な喋り方は重要になるの。きちんと使い分けられるようになるのが、淑女として必要な事よ。セレーネの身近にもいるのではなくて?」
「う~ん……あっ! カノンとキリルかな」
「その方々を見習うと良いわ。最初は何事も真似から始めるのよ」
「う~ん……頑張ってみる!」
「その意気よ」
そんなやり取りをした後、二人は自然と笑い合った。二人は、同い年という事もあり、すぐに意気投合した。数少ない同年齢のクラスメイト。二人が仲良くなったのは、その事も大きかった。




