責められる覚悟
マリアの滞在時間は、三時間程だったが、その時間でセレーネが感じていた蟠りはなくなっていた。別れを惜しんでいたマリアだが、サマンサによって引き摺られていった。
それをセレーネとカノンは、手を振って見送った。
「何というか、イメージのマリア様とは印象が異なりました」
「マリアって、昔からあんな感じだよ。お姉様よりも甘やかす感じ」
「お嬢様のお姉様は違うのですか?」
「お姉様は優しい感じかな。お兄様の方がマリアみたいな感じだった気がする」
「お兄様もいらっしゃるのですね」
「うん。お兄様とお姉様が一人ずつだよ。カノンは?」
「弟が二人と妹三人いますね」
「いっぱいいるね」
「そうですね。ですので、お嬢様のお世話も問題なく出来た訳です」
「ふ~ん……ねぇ、あなたは?」
セレーネは、傍らにいる大黒猫に抱きつきながら訊く。
「にゃ~」
「覚えていないそうです」
「にゃにゃ~にゃ~」
「記憶にある限りだと、既に家の中にいたようですね」
カノンが通訳して答える。カノンが言葉を分かるからこそ、セレーネも『はい』『いいえ』で答えられない質問をしていた。
「何歳なの?」
「にゃ~」
「二歳のようですね」
「二歳でこんなに大きいの……?」
「大黒猫は、平均で五十年程生き、成長は五歳くらいまで続くので、まだ大きくなります。家で飼えるギリギリの大きさですね。大きさの平均は七メートル程でしょうか。尻尾を含めれば、八から九メートルまでいきますね」
「あなた、まだ子供なんだ」
「にゃ~」
大黒猫が頷いて鳴いたので、これはセレーネも理解出来た。
「でも、そんな大きくなるなら、この子を飼っていた人は貴族?」
セレーネも、ここまで大きな猫を飼うとなればお金が掛かるであろうという事を理解していた。なので、そこまでの資金力を持っているとなれば、貴族が当てまるだろうと考えたのだ。
「そうですね。その可能性が高いとは思います。ですが、その分話題にもなると思いますが、民間には情報が出回らなかったようですね。あまり騒ぎになれば、誘拐された方の身も危ないと判断されたのかもしれませんね」
「ふ~ん……」
「誘拐されてからの期間が延びれば、話が変わってくるとは思いますが」
「にゃ~」
「あなたの飼い主は、誘拐されてから十日程だったと? それは、今日も含めて?」
「にゃ~」
「あの場にあなたが来た時で十日ね。それならそろそろ民間に出回っていたかもしれないですね」
「ふ~ん……何だか難しい感じ」
「こういう事は、追々と分かっていけば良いと思います」
「ふ~ん……」
その日。セレーネは、大黒猫と沢山遊んで過ごした。お風呂にも一緒に入り、身体を洗う等色々と楽しんではいたが、その裏でカノンが毛詰まりを起こさないように配管の前に網を張るなど、対策を講じていた。大黒猫が換毛期を終えた後という事もあり、そこまで酷くはなかった。これに関しては、大黒猫もカノンに感謝していた。
大黒猫は、寝る時には、セレーネのベッドの傍で丸くなり寝ていた。セレーネとしては一緒に寝ても良かったが、大黒猫はベッドの横と決めていた。下手すれば、セレーネを潰す事になるかもしれなかったからだ。
その翌日。セレーネ達の元にミレーユが来た。ミレーユから呼び出しを受ける事がほとんどなので、ミレーユが部屋に来た事にセレーネは驚いていた。
「お母様? どうしたの?」
「被害者の方々の親御さんが来たの。昨日知らせを送ったのだけど、すぐに準備して来たみたい。その子と一緒に行く? ここで残ったままでも良いのだけど」
「……ううん。行く。一緒に行って良い?」
「にゃっ!」
大黒猫は頷いて、自分の背中に乗るように首を向けてからしゃがむ。なので、セレーネはその背中に乗った。
大黒猫に乗ったセレーネは、ミレーユ、カノンと共に遺体安置所へと向かう。遺体安置所には、四人の女性が涙を流していた。それぞれの母親だ。
ミレーユは、そこに平然と近づいていく。セレーネは大黒猫から降りて、その後を追う。大黒猫はセレーネに寄り添うようにして付いていき、その後ろをカノンが追う。
「初めまして。私はミレーユ・クリムソン。この街の責任者です。この度はお悔やみ申し上げます」
「あなたが……この度は、娘を見つけて頂いてありがとうございました。もうほとんど諦めていましたが、最後に娘の姿を見ることが出来て良かったです。本当にありがとうございます」
一人がお礼を言って頭を下げると、他の三人も同じように頭を下げる。その後、母親達はミレーユと会話をしていく。娘達が何故死に至ったのか。誘拐した組織はどうなったのか。基本的にはそんな話だった。
その中で、必ずセレーネの話が出て来る。セレーネを守って亡くなったという事は彼女達の死因として話さざるを得なかったからだ。だが、セレーネが吸血鬼の真祖という事は伏せる。あまり広く知られない方が良いからだ。
「そう……でしたか……」
話を聞いた母親達は、再び涙を流す。だが、その表情は悲しみだけではなく、少しだけ笑みが交ざっていた。自分達の娘が、誰かのために命を張ったという事を誇らしいと思っているからだった。だが、それでも亡くなった事が悲しいというのは変わらない。涙は、中々途切れる事がなかった。
その間、セレーネは何も出来ずに立っていた。気の利く言葉など思い付くはずもなく、かと言ってここで謝るという状況でも無くなってしまった。
(どうしよう……私のせいで亡くなったって知れば、私に怒ると思ってたんだけど……)
セレーネは、何も出来ない自分だが、せめて相手の捌け口になろうと思って同行していた。だが、現実はそんな事なく、セレーネは同情の目を受けるだけで、怒りをぶつけられる事はなかった。
そんな事を考えているセレーネに、大黒猫が身体を寄せる。セレーネは、そんな大黒猫を撫でる。そこに一人の母親が近づいてきた。
「こんにちは、セレーネ様」
「こ、こんにちは」
セレーネは、やっぱりぶつけられるのかと少しだけ緊張する。母親は、セレーネにお辞儀する。
「私はヒルダの母です」
そこにすかさず、カノンがセレーネへ耳打ちする。
「セレーネ様を最後に庇っていた女性です。恐らく、お嬢様の前の牢に繋がっていました」
「えっと、本当にごめんなさい。私を守るために……命を……」
「あの子は、人一倍正義感の強い子でした。誰かが困っていれば、自分も一緒に考えて解決しようとするような子です。自分よりも幼い子が頑張っているところを見れば、絶対に助けたいと考えるでしょう。セレーネ様は諦めなかったのでしょう? それは、あの子の心に火を点けるのに十分だったと思います。あの子が守った命を、どうか大切にしてください」
「うん」
「それに、もう二度と見ることすら叶わないと思っていた娘と会わせて頂きました。その事を深く感謝します。この子の保護もして頂きありがとうございました」
そう言って、大黒猫の方を見て、その頭を撫でる。大黒猫は嬉しそうに撫でられていた。
「それじゃあ、クロ、帰るわよ。ヒルダも一旦家に戻る事は出来るみたいだから」
そう言われた大黒猫は、首を横に振った。そして、セレーネの傍に移動する。
「にゃ~」
「セレーネ様に付いていくの?」
「にゃ」
大黒猫は首を縦に振る。
「そう。ヒルダの遺志を継ぎたいのね。少し話してくるわ」
ヒルダの母親は、ミレーユの方に歩いて行く。大黒猫のクロをセレーネに引き渡すには、まず親であるミレーユの許可を貰わなければならないからだ。
その間に、セレーネはクロの方を見る。
「帰らなくて良いの?」
「にゃ」
クロは頷いて答える。その間に入って、カノンが耳打ちする。
「最後にヒルダさんが守った命であるお嬢様を守りたいそうです」
「そうなの?」
「にゃ」
クロは頷く。それを見て、セレーネは、クロの事を撫で回す。セレーネなりの嬉しさの伝え方だった。
そこにミレーユと共にヒルダの母親が戻ってくる。
「セレーネ。その子の事を飼いたい?」
「うん!」
「そう。では、その通りに。あなたは良いのですか?」
「クロは、ヒルダが拾って来た子です。ずっとヒルダが自分で面倒見続けたので、ヒルダに似たのでしょう。だからこそ、ヒルダと同じようにセレーネ様をお守りしたいという風に考えたのだと思います。私は、そんなクロの事を尊重してあげたいのです」
ヒルダの母親は、そう言いながらクロを撫でる。クロも嬉しそうにしている。このやり取りから、ヒルダの母親もクロも嫌いあっている訳では無いという事が分かる。ヒルダの母親としても、クロを手放すという事に寂しさを覚えていた。
だが、クロがやりたいと願うことを否定して、自分達と一緒にいろとは言えなかった。
「分かりました。クロは我が家で引き取ります」
「ありがとうございます。セレーネ様、クロの事をよろしくお願いします。クロも、あまり迷惑を掛けないようにね」
「うん!」
「にゃっ!」
こうして、クロはセレーネの飼い猫になった。ヒルダの母親は、最後にクロを抱きしめてから別れた。後の手続きは遺体安置所の職員とする事なので、ミレーユ達は遺体安置所を後にした。
「さてと、念のため、クロには首輪を着けて欲しいのですが良いですか?」
「にゃ」
ミレーユの確認にクロは頷いた。
街で一緒に過ごす以上、しっかりとクロがセレーネの飼い猫だという事が分からないといけない。そのために、首輪にある程度の情報をぶら下げておく方が良いだろうとミレーユは考えた。
「それじゃあ、首輪を用意するまでは、屋敷の敷地外に出ないようにしてくれますか?」
「にゃ!」
これにもクロは頷く。そんなクロを見て、ミレーユは感心していた。大黒猫の知能の高さは知っているが、まさかここまですんなりと話が出来るとは思っていなかったからだった。
「そういえば、大黒猫ってよくいるの? 街で見た事ないよ?」
「飼い猫として飼われる事はなくはないですが、珍しいです。ただ大きくなるので、普通は飼おうと思いませんね」
「ふ~ん……普通の猫は?」
「飼っていても放し飼いはしないでしょう。一応禁じられていますから」
「何で?」
「色々な問題があるのです。糞の問題などで、街も衛生的と言えなくなりますからね。それを処理する人が必要になります。まぁ、問題を解決する方法がなくはないですが、色々と壁は大きいので実現は厳しいでしょう」
「ふ~ん」
セレーネとカノンによる軽い授業のようなやり取りを見て、ミレーユは顔を綻ばせていた。セレーネが着実に成長していく姿を見て、嬉しい気持ちになっているのだ。こうした些細な成長も普段は見ることがないので、余計にミレーユは嬉しくなっていた。




