魔術の授業の進展
それから二日後。セレーネの日常が戻ってくる。その一つがレイアーの魔術授業だ。一応、レイアーは誘拐事件の概要を聞いている。そのため無事なセレーネの姿を見て、胸をなで下ろしていた。同時に、セレーネの傍で丸くなっているクロを見て、少し驚いてもいた。
「ご無事なようで良かったです」
「うん。そうだ。あのね。カノンと誘拐犯が戦ってる時にね。【水球】を【水刃】みたいに出来たの」
「え? なるほど……それは、【水球】の形と射出速度を調節してという事ですか?」
「うん」
セレーネが頷くと、レイアーは少し考え始める。
「いえ、やめておきましょう。セレーネ様。そういった危険な魔術は早いので教えられません。加えて、そういった魔術の使用は控えて下さい。誰かに命中してしまえば、傷つける事になってしまいます。使用する際は、本当に自身や周囲の人の命が危ない時のみと約束してください」
「うん。分かった」
セレーネは素直に頷いた。実際に使って、セレーネも魔術を攻撃に利用する事への危険性を理解していた。その危険は、自分へ向かったものではなく、それによって誰かや何かに危害を加えてしまう事だ。
それが目的の魔術とはいえ、人を簡単に傷つけるという点で気を付けないといけない。その事をセレーネは胸に刻んでいた。
「ですが、ちょうど良かったです」
「ちょうど良かった?」
「はい。基礎魔術の重要性について、さらに理解して頂いたと思います」
「基礎魔術から新しい魔術が生まれるって事?」
「さすがです」
セレーネの答えに、レイアーは拍手する。これまでの授業からセレーネが利発的子供という事は分かっている。レイアーは、改めてその事を実感していた。それと同時に気分が高揚していく。
「そう! つまりのところ、基礎魔術は、全ての魔術の根幹を担っているのです! ここから発展し、全ての魔術が生まれているのです! つまり基礎魔術こそ、最も重要視すべき魔術なのです! ここからの発展は形だけではありません! セレーネ様が【水刃】へと変化させた際、射出速度も意識しましたね!?」
「う、うん……」
いつも以上に勢いのあるレイアーにセレーネは軽く驚いていた。研究分野である基礎魔術の話という事もあり、レイアーのテンションがかなり高くなっていた。その事にレイアー自身も気付いて、一度咳払いしてから授業を続ける。
「形、速度、規模の三種は、調整しやすい要素として知られます。基本的な戦闘魔術は、この三種を変化させる事で生まれました。【水刃】は形を薄刃、速度は速め、規模は用途によって調整という感じですね。初期の戦闘魔術は、基礎魔術を変化させて使っていました。そのため、発動までに時間が掛かりました」
「今は、それ専用の魔術陣があるよね?」
セレーネは、自分が持っている魔術の本の内容を思い出してそう言った。魔術陣を全て記憶しているわけではないが、その構造が異なる事は分かっている。
「はい。これが基礎魔術からの発展です。基礎魔術によって使用する魔術陣を改造する事によって生まれます。【水刃】の場合、【水球】の魔術陣に、この形、速度、規模を指定する要素を付け加えます。ですが、これだけでは【水刃】にはなりません。ここに魔力の通り道も作り、全ての要素を繋げないといけないのです」
「だから、【水球】よりも【水刃】の方が、魔術陣が複雑なんだ」
「はい。ここでセレーネ様が持つ魔術の本を見てみましょう」
「ん? うん」
セレーネが自分の本を取りに行く前にカノンが持ってきて、セレーネに手渡す。
「記載されている魔術陣を見比べてみて下さい。何か気付く事はありませんか?」
「ん~……? う~ん……中心が似てるのが多い?」
「惜しいですね。正解は、属性毎に中心の形式が同じということです。水と火では、異なりますが、同じ水なら同じになっていませんか?」
「う~ん……うん。確かに」
「この中心が基礎魔術なのです」
魔術の発展は基礎魔術の魔術陣を弄る事で成り立っている。なので、水の魔術は【水球】の魔術陣が中心となっていた。他の属性の魔術も、その属性の基礎魔術が中心となっている事が分かる。
それを見ていて、セレーネは一つ気になる事があった。
「じゃあ、この中心を変えたら?」
「魔術が破綻します」
「はたん?」
セレーネは隣にいるカノンを見る。カノンは、すぐにセレーネの言いたい事を理解した。
「物事が上手くいかなくなるという事です。この場合は、魔術が発動せずに不発に終わるという事ですね」
「ふ~ん……でも、全部同じじゃないって事は、発動する形もあるんだよね?」
「そうですね。そうして、複数の属性を見つけていきました。実は、基礎魔術の研究の一つには、新しい属性の発見もあるのです。中心となる基礎魔術の構造を変えていき、発動する形を見つけ出すという作業が基本になりますね」
「ふ~ん……大変そう」
「大変ですよ。私も属性研究班の仕事を見た事がありますが、何人か発狂していました。あそこまで死屍累々になっている研究班は無いのではないかと思いますね」
「へぇ~」
現場を見た事がないセレーネは生返事になっていたが、実際にその姿を目撃しているレイアーは、言葉で説明出来ない事がもどかしいと思っていた。だが、このまま研究室について力説するよりも、予定していた授業を優先しなくていけない。
なので、切り替えるべく、一度手を鳴らす。
「さて、本日の本題ですが、次の基礎魔術に移りましょう」
「新しい魔術!?」
セレーネの目が輝く。
「はい。危険度の低い属性から学んで貰います。水属性と同様に基礎魔術を通して、魔力の操作を学ぶという面もありますね」
「でも、魔力は結構操作出来るよ?」
【水球】を練習している間に、魔力の操作はかなり上達していた。なので、セレーネはもう魔力の操作を学ぶ必要はないのではと思っていた。
それに対して、レイアーは首を横に振る。
「実は魔力の操作感覚は、属性によって異なります。セレーネ様は、石と水を同じように操れると思いますか?」
「う~ん……無理!」
「はい。ですので、それぞれの操作感覚を覚えて貰いつつ、どの属性でどのように魔力の動きをさせれば良いのか。それを学んで貰います。これからは、それが基本となります」
「分かった」
そうして、魔術の授業は進んでいく。新しい属性の魔術を習うセレーネは、いつも以上にわくわくしていた。上達していく過程も楽しいが、やはり新しい事を習う方がより楽しく感じるのだった。
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その日の夜。セレーネを寝かしつけたカノンは、屋敷を出てリーシアの家に来ていた。そこで出迎えてくれたのは、ミーシャだった。セレーネの眷属になったカノンは、ミーシャから眷属としてあるべき事を学ぶ事にしたのだ。これからセレーネと共に生きるのであれば、絶対に必要だと思ったので、セレーネに黙ってミーシャに頼んでいた。
ただ、今日は眷属の事以外にミーシャに訊きたい事があった。
「一つ訊いても良いですか?」
「はい。何でしょう?」
「色々あって忘れてしまっていたのですが、お嬢様が吸血される際、髪の毛が銀色になっていたのですが、これはどうしてでしょうか?」
そう。カノンが眷属になった夜。セレーネの髪の色が銀色に変化していた。今では、金色に戻っている事とそもそも色々な事が重なって、すっかり忘れていたのだ。思い出したのは、ミーシャの髪の色を見たからだった。
「吸血衝動を起こしたからでしょう。吸血鬼族としての力が表に出た結果ですね」
「それじゃあ、いずれは、銀髪になるという事ですか?」
「いえ、生まれた時が別の色であれば、基本的には、その色の髪のままです。成長していけば、自分の意思で銀か元の色かを選べますよ。私は、元々茶髪でしたが、リーシア様と合せるために銀髪にしていますね」
「なるほど……」
「ただ、吸血衝動を起こすと、必ず銀髪になります。これはマリアもカノンさんも同じです。何故銀髪かというと、吸血鬼族は元々全員銀髪だったからと言われています。なので、純粋な吸血鬼族であるリーシア様は、最初から銀髪です」
「なるほど。じゃあ、問題はないという事ですね」
「はい」
取り敢えず、セレーネに異常はないという事が分かり、カノンは安堵した。ミーシャからは、こうして吸血鬼族の事も少しずつ教わっていく。後でセレーネへの講義の際にも聞くことになるが、それは自分の理解度を高める事に繋がると肯定的に考えていた。




