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声の方を見ると、見覚えのある軽薄そうな男が二人コリンナへ向かって歩みを進めていた。
「エイベル殿下とフレッド殿下!?」
予期せぬ出来事に、自身が貴族令嬢であることを忘れたコリンナが思わず王族の名を大声で口にすると、隣にいたクリスティアナは冷や汗をかきながら「コ、コリンナ! 口の利き方に気をつけなさい!」と妹の無作法を窘めた。
「申し訳ございません、後できちんと言っておきますので……」
目の前まで来て立ち止まった王子たちに、制服のスカートで上品なカーテシーを披露し妹の不始末を代わりに謝罪する姉を見て、コリンナは漸く自身の失言に気付き「す、すみません殿下方……」と姉に続いて謝罪をした。
常に冷静で完璧な淑女である姉と違い、感情的で礼儀に疎いところのあるコリンナは、自身のこういうところが欠点なのだと不器用なカーテシーをしながら自分を責めていた。
「いきなり声をかけたのは僕たちだ。驚くのも無理もないよ」
「そーそー。気にしないで」
王族らしさを感じない飾らない態度と口調に、コリンナは不思議な感覚に陥った。
(パーティー以外でちゃんと会話をするのは初めてなのに、何だか初めてな感じがしないわ……)
あっさりと許してくれた双子王子に「寛大なお心感謝いたします」と姉が姿勢を変えたのを見て、コリンナも姉を真似てまっすぐ立ち顔を上げた。
すると、王子たちはずっとコリンナを見つめていたのかすぐさま目が合った。ニコリと意味深な笑みを浮かべる彼らに、コリンナはあからさまに不可解な状況を怪しむ表情をしている。
「……それで、妹に何かご用でしたか?」
恐る恐る問いかけるクリスティアナも、この状況を不思議に思っていた。コリンナ同様、彼女もパーティーでの挨拶以外で双子王子と個人的に会話をした覚えがないからだ。
生徒会役員な故に、生徒会長である王太子とは日々顔を合わせてはいるが、それは学園の中だけでの話だ。今年から入学の双子王子とは大した面識はない。
「あぁ、大事な用がある」とクリスティアナの質問に簡単に答えた片方が、再びコリンナを見てニヤリと笑う。
コリンナがその口元に何故か既視感を抱くと、もう片方が「そういえば」と思い出したかのように声を上げた。
「もう失恋の傷は癒えましたか? お嬢さん」
ーー無神経な質問、最近聞いたような気がする声、見覚えのある口元、そして『お嬢さん』という普段あまり呼ばれることのない呼称で、コリンナは遂に気が付いた。
(ま、まさかあの路地裏で会った失礼な二人組って、双子殿下だったの!?)
衝撃の事実に開いた口が塞がらないコリンナは、「失恋……?」と呟きこちらを見る姉の視線に気付き漸く正気に戻った。
(何も知らないお姉様の前で私の失恋の話をするなんて、やっぱりなんて無神経なの!!)
あの時の男たちだと思うと突然怒りが込み上げ、コリンナの表情は王子たちに分かりやすく不満を訴えていた。
「あぁ、ごめんごめん! いくら嬉しいからって無神経だったね」
「おい、『嬉しい』なんて言ったら変に誤解されるだろ」
「おっと失礼」
相変わらずの失言と反省のない謝罪に、コリンナの怒りは収まらない。
「そんな顔をしないでくれ、コリンナ嬢。今日は君に言いたいことがあって声をかけたんだ」
コリンナの心情に気付きながらヘラリと笑う双子王子は、あろうことか突然コリンナの前で跪きまたも周囲の人間をどよめかせる。
「で、殿下方……?」
一体何事かと戸惑うクリスティアナに構わず、王子たちはそれぞれにコリンナの手を取り顔を上げた。軽薄そうだと思っていたその顔は、二人共男の顔をしている。
「「コリンナ嬢」」
「え、あ、はい……」
同時に名を呼ばれ、妙な緊張感に包まれたコリンナは息を呑む。一体これから何を言われるのか、皆目見当もつかなかった。
「「君が好きだ。僕たちのどちらかと婚約してほしい」」
「…………は?」