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「「風よ轟け、タイフーン!!」」
どこからか聞こえる詠唱と共に、風はコリンナを襲う敵を吹き飛ばした。何事かとコリンナが周囲を見渡すと「お望み通り助けに来たよ」「バカはさすがに傷つくなぁ」と最早聞き慣れてしまった軽口が、一人で恐怖に怯えていたコリンナを漸く安心させた。
「エイベル殿下……フレッド殿下……」
やっと現れた救世主に思わず「遅い……」と安堵の愚痴を漏らすと、二人もまたコリンナの無事に安心したように「「それは悪かったね」」と軽口で返した。
平気なフリをしているが、実はかなり一生懸命にコリンナの捜索をしたため若干疲労気味の二人である。双子王子は優雅に歩きコリンナの前まで来ると、二人して勢いよく崩れ落ちた。
「えっ!? なに!? もしかして魔力切れ!?」
「違うよ」
「安心して力が抜けたんだ」
妙に頼りない二人に焦るコリンナだが、「本当に心配した」「無事でよかったよ」という彼らの本心から出た言葉と、首筋を伝う雨なのか汗なのかどちらか分からない雫に、コリンナは胸が暖かくなるのを感じた。
雨が弱まり、陰っていた森林に雲の割れ目から多少の光が漏れ出ると、双子王子は立ち上がり先程吹き飛ばした魔物たちの様子を確認した。魔物たちは遠くまで飛ばされ倒れているが、まだ魔法を学び始めて日が浅い王子たちの魔法では一頭たりとも傷を負っていないようだ。
「……感動の再会は果たしたし、早くここを出よう」
「僕らの完成度の低い魔法じゃ魔物はまだ倒せない。アイツらが起き上がる前に行かないと」
「コリンナ嬢、僕の背に捕まって」
「い、いい! 自分で歩けるわ!!」
「ダメ。こんな危ない場所でレディーを走らせるなんて、男として恥ずかしいからね」
「うぅ……そう言われると断りづらいじゃない……」
強がるコリンナの扱い方を早くも理解しているフレッドは、コリンナに自身の背を向け捕まるよう促している。先を越されたエイベルが「あ、お前ずるいぞ」と片割れの抜け駆けに物申しているが、フレッドは気にせず「ほら早く」とコリンナを急かした。
急かされたコリンナは渋々フレッドの背に乗ると、「貴方がどっちか分からないけど、そこまで言うから仕方なくだからね」とツンとした態度を返した。
「ええ!? この間説明したじゃん!!」
「そんなの覚えてないわ」
「ホクロが右目の下にあるのが僕、フレッドだよ!」
「ホクロなんていちいち見てないんだもん」
「「だもん……」」
「なっ、なによ!!」
近くに魔物がいるというのに、呑気に会話を繰り広げる三人を照らすように雲は晴れ、三人を濡らしていた雨も収まった。
「って、そんなことより早く行くぞフレッド! コリンナ嬢を落とすなよ!」
「分かってるよ!!」
空が晴れたと同時に魔物たちも起き上がり、それに気付いた双子王子は風を味方につけ全速力で走った。自分で走るときには感じることのない風圧に、コリンナはフレッドの背から落ちないよう必死にしがみつく。
満更でもないフレッドを横目に「脱出したら交代だからな」とエイベルは未だ羨んでいた。
コリンナがフレッドの背に顔を埋めてしばらくすると、一人の間あれだけ耳に響いた魔物の息遣いや唸り声が完全に聞こえなくなり、コリンナは顔を上げた。
目の前には、あの休憩用コテージへ続く見覚えのある道があった。生きて帰れたのだ。
安堵したコリンナが自身を背負う横顔を静かに見ると、彼も同じく「で、出た〜〜〜!!」と安堵の声を漏らした。
「笛の音のおかげだな」
「……えっ、笛のこと知ってたの?」
「君のお姉様が大きな声で教えてくれたからね」
「覚えていてよかった」
一向に居場所が分からなかった王子たちにコリンナの居場所を教えたのは、クリスティアナが妹へ贈ったあの笛だった。耳に残るあの不快な音は、思わず立ち止まってしまうほど印象的だったらしい。
コリンナはそのことを知ると、途端に姉が恋しくなった。
(私……ダグラスとのことがあってから、お姉様のことなんとなく避けちゃってた……お姉様はいつだって私のことを想ってくれてたのに……)
失恋を機に姉への態度がぎこちなくなっていたことを振り返り、コリンナは恥ずかしさと申し訳なさで胸が苦しくなる。
あとでちゃんと謝ろう、そして『愛している』と伝えよう、そう決意したところでコリンナの意識は朦朧とし始める。
青く広がる空に包まれ、張りつめていた心が落ち着き眠るように意識を手放した。
「「コリンナ嬢?」」
優しくて大きな背と、温かい声を聞きながら。