第二十四話 正鵠
木村はようやく番組収録にも慣れて難なく仕事をこなしていた。そんな中、高木から電話が入った。
「真衣ちゃん、大ニュース! 地上波のテレビ番組への出演が決まったわ!」
『スマートドレッサー』の影響で新たに全国区のテレビに出て欲しいとの依頼だった。木村は信じられなかったが最高の気分になった。
「ありがとうございます。頑張ります!」
木村はこれを機にたくさんのテレビ番組への出演が決定した。
そんなある日、深沢がレンタルビデオ店のバイトをしていると一組の女性が立ち話をしているのが聞こえてきた。
「真衣ちゃん、デビューからすごい活躍だよね。あたし目つけてたし、才能あるわ!」
「えー? あんたいつも売れてきたモデルさん見つけたら同じこと言ってるよ?」
深沢はその会話に聞き耳を立てながら微笑んでいた。木村は特に何も言わなかったが内心嬉しくて仕方なかった。そんな日々を送りながら、今日も番組収録のため高木とスタジオに向かっていた。
今日のスタジオは事務所から近かったので電車と徒歩で行くことになった。高木とたわいない話をしながらスタジオに向かう。
電車を降りて駅から歩いていると高木が後ろを振り返り、突然走り出した。
「え?」
木村は何が起こったのかわからず目で高木を追った。
高木は路上に停まっている車の陰から一人の男を引きずり出した。木村もそれを見て急いで駆けつける。
「あなた! 私たちをつけていたわね! どういうつもり!」
高木が男に向かって怒鳴りつける。それを木村は横目で様子を窺う。
うつむいていた男が顔を上げると同時に木村は驚いた。
「健太、この人」
木村は心の中で川島に声をかける。
「ああ。あの時の」
川島はすぐに言葉を返したが、木村同様に驚きを露わにしていた。
その男は藤城だった。まだ川島が覚醒する前に一度、助けてもらった時のあの男だと三人は確信した。
「あなた、何してたの? 答えなさい!」
高木の怒声で我に返ると川島に尋ねた。
「どうする? 健太」
川島は少し考えていた。どうしてここにこの男がいるのか気になっていたのだ。しかし、そんなことを考える余裕もそれほどなかった。
一度助けられている以上、借りを返すしかないと思い立った。
人間の性というのは貸し借りの清算をつけるほうがスッキリするのだ。
「真衣、助けてやれ」
川島が返事をすると、木村は頷いた。
「高木さん、もういいですよ」
木村は藤城を激しく攻め立てる高木を止めに入った。
「でも、真衣ちゃん。この人私たちをつけてきたのよ?」
「きっとこの人もあたしのファンなんですよ。サイン書くから、もうつけないで下さいね」
納得が行かず、不審に思っている高木をよそに木村はさらっと一筆書いて藤城に渡した。
「それじゃ」
木村は藤城にそう言うとスタジオの方へ足を向けた。高木はまだ奇妙な表情をしていたが木村のあとを追う。
「ありがとうございました」
藤城は木村に礼を言った。恐らく、助けてもらったことに対してだろう。
しかし、木村はやっぱりあたしのファンだったんだと勘違いしていた。
一方、藤城は完全に怪しまれたと思ったが、監視を止めるわけにはいかなかった。もう二度とバレないように慎重にやろうと誓っていた。
木村はスタジオ収録を終え、高木と事務所に戻っていた。その時、木村はふとあることに気付き大声を上げた。
「え!? 携帯がない!」
それを聞いて高木も慌てる。
「うそ? 落とした?」
木村は思い出してみるが、どうにも思い出せない。そこに川島の声が響く。
「家じゃないか? 今日、持ってきたかどうかも覚えてないんだろ?」
木村は少しまだ考え込んだ表情で頷いた。
「もしかしたら、家かもしれないです。一度帰って探してみます」
高木にそう言って足早に帰路についた。家に帰るなり、部屋中を探し回るが、やはり見つからない。木村はため息をつきながら落胆した。
数時間前、女性は道端に光り輝いているものを見つけた。女性はそれに近づき手に取ってみる。一体、誰がこのご時世にこんなものを落とすのだろうと不思議に思いながら、女性はそれを持ち帰った。それは紛れもなく木村の携帯電話だった。
落胆している木村に川島が声をかける。
「やっぱりどこかで落としたんだな。俺のでかけてみろよ。誰かが拾ってくれてるかもしれないし」
川島のこのアドバイスに従って木村は川島の携帯で自分の携帯に電話をかけた。親切な人が拾ってくれてると信じて。数回のコール音が聞こえる。
「はい、もしもし」
奇跡的に相手に通じたのだ。木村は感激と驚きを隠せなかった。相手が女性だったことは木村を安心させた。
「あの! その携帯の持ち主なんですが、拾ってくれた方ですか?」
「ええ。少し前にこの携帯を拾いました。これからお返しに行きましょうか?」
女性があまりにも親切だったので木村は先ほど以上に感謝していた。
「ありがとうございます。お礼もしたいのでこれからお時間頂けますか?」
「ええ。でも、お礼なんて結構ですよ」
女性はそう言って少し笑った。その後、木村は場所を決めて女性と落ち合う約束をした。待ち合わせ時間二十分前に木村はその場所に着いていた。
数分後、一人の女性がこちらに向かって歩いてくる。
電話で特徴を聞いていたため、すぐにわかった。二人は近くの喫茶店に入った。
「あ、あの、あたし木村真衣と申します。携帯ありがとうございました」
そう言って木村は女性に名刺を差し出した。すると、その女性も名刺を差し出して自己紹介を始める。
「いえいえ、持ち主が見つかって良かったです。私は新山愛と言います。一応、整形外科医をしています」
木村は新山に渡された名刺を見てあることに気付く。
「科学者?」
名刺には整形外科医兼科学者と記されていた。
「はい。ちょっとしたDNA研究をしています」
「DNA?」
木村は整形外科医とは似ても似つかない研究内容に疑問を持った。そんな木村を見て新山が答える。
「はい。整形外科医をしているとまれにいらっしゃるんですよ。ニューハーフの方とか」
「ニューハーフ?」
木村の頭の中はごちゃごちゃになっていた。そんな木村の表情を見ながら新山はクスッと笑った。
「つまり、性別を変えたいという方ですね。だから、私は性別に関するDNAを調べているんです。そんな人たちのために何か出来ないかと」
その言葉を聞いて木村の脳内に川島の声が届く。
「まさか……」
川島の言葉は木村と深沢にしか聞こえていないため、新山は話を続ける。
「そんな研究をしていてようやく薬を開発しました。未完成ですが。でも、その薬を紛失してしまって……。初対面なのにこんな話してすいません」
そう言って新山は苦笑した。それと同時に川島が声を上げた。
「それだ!」
「え?」
木村が思わず川島の言葉に反応する。新山は何事かと木村の顔を覗き込む。
木村はすかさずごまかすために飲み物を口にする。そして、心の中で川島に尋ねる。
「なに?」
「この科学者があの妙な薬を作ったんだよ!」
「え!?」
一体、何が何だか木村にはわからなかった。そんな木村をよそに川島は続ける。
「流出した薬が俺の手に渡ってきたんだ」
その言葉で曖昧ながらもようやく一本の線で繋がる。一方、何も話さない木村に新山も不審に思い始める。
「あの、そろそろ引き上げようかしら?」
急に新山に話しかけられ木村は慌てた。
「あ、そうしますか?」
そこへ川島の声が再び響く。
「ちょっと待て。どうにかしてこの人に俺らのことを知らせないと!」
かなり興奮気味ではあるが、ここで川島が急に交代するわけにはいかなかった。そこで木村は全て打ち明けることを決心した。
「あの……新山さん。その薬、あたしが飲みました」
バッグを持って会計に行こうと立ち上がっていた新山は驚く。
「え? その薬って? まさか……」
突然の木村の言動に新山は一つも理解できなかった。
そんな新山を見て木村は一つ一つ言葉を選ぶようにゆっくりとした口調で話す。
「先ほど話してくれた薬、あたしが飲んだんです」
新山も少しずつ頭を働かせてようやく理解していく。
どこからどうみても前に立っているのは女性で男性であったことは一切予想がつかない。
「場所を変えましょう。詳しく聞きたいの」
そういうことで二人は喫茶店を後にした。
喫茶店を出ると、新山は木村を連れて研究所へ向かった。
研究所へ入ると木村に近くのデスクに座るよう促した。そして、新山もその近くのイスに座った。
「一体どういうことか詳しく教えてくれる?」
「はい……」
そうして木村はこれまで起こったことを全て新山に話した。新山は木村が話をする間、真剣に静かに聞いていた。
「そんなことが……」
いくら開発者とは言え、やはり信じられないという表情は隠せなかった。
そんな中、木村の脳裏に深沢が話しかける。
「百聞は一見にしかず。交代してみればいい」
確かに深沢の言うとおりだった。そこで木村は川島と交代することにした。みるみるうちに、女性から男性の体へと変わっていく。
それを目の前で見ている新山はまばたきを繰り返した。
完全に体が変わった川島が一言発する。
「これが本来の俺の姿だよ」
「そんな……。でも、どうして?」
新山は目の前で起こったことを理解しようとしたが、疑問だらけだった。
「そんなもん俺が一番知りたいよ」
川島は呆れながら言葉を吐く。
「いや、どうして人格障害が起こったの?」
新山は性別変化が起こる薬を作っていたためこの状況に大きな戸惑いはなかった。
しかし、新たな人格が生じたのは想定外だった。
そして、ふとあの時のことを思い出してみる。
「確かあの時……。あ!」
急に何かを思いついたように研究室を飛び出した。
川島には何があったのかさっぱりわからなかった。
「おい!」
とっさに声を出したが、もうその場に新山の姿はなかった。川島はもう帰ろうかと考えたが、聞きたいことが山のようにあったためその場に居残った。
新山が向かったのは実験室だった。相変わらずモルモットがケージの中で騒いでいる。そしてあの時、足に印をつけたモルモットを手に取った。
薬を投与した時は確かにオスであったが、翌日にはメスになっていた。
しかし、今見ると再びオスに戻っている。
その上、メスになった時は鳴きもせず静かだったのに今は再び鳴き喚いている。
「そういうことだったの」
これが人格障害と変化が自在に出来る裏付けになった。確認してから川島の元へ戻った。川島は戻ってきた新山を見るなり声を上げる。
「どこ行ってたんだよ!」
新山は納得の表情をしながら言葉を返す。
「人格障害については起こっていると理解できた」
「それで解毒剤は? 戻れるんだよな?」
多少納得した表情を見せていた新山に川島は少し期待した。
「Destroy a Structural Gene」
「は?」
新山の小さな呟きに聞き返した。聞きなれない英語に川島は疑問に思った。
「通称DSG。構造遺伝子破壊物質。あの薬の正式名称。目的はDNA組織を破壊してホルモンバランスを変えて性転換を行うこと。使用されている物質は二百種類以上」
「二百種類!?」
淡々と話す新山の言葉を一字一句聞き逃さないように耳をすましていた川島も桁外れの数字に驚いた。
「知っての通り、DSGは盗まれて流出したの。データも全て」
「ああ」
「つまり、二百種類以上の物質のデータはない。解毒剤は作れない」
「なに!?」
全て聞き終えてから川島は再び叫んだ。
奇跡的に開発者である新山の元へとたどり着いたにも関わらず、結局戻れずじまい。川島は落胆した。
「手がかりは?」
「……ない。強いて言うならあなたが唯一の手がかり」
手がかりもなくどうしようもない手詰まりに陥ってしまっていた。
仕方なく新山にこれまでの経緯をこと細かく話した。やれることはこれだけしかなかった。
話し終えると、川島は家に戻ることにした。またいつもの生活に後戻り。
ただ一つ、週に三回ほど新山の研究所へ向かうことを除いては。




