第十一話 決断
川島はいつもと変わらない日々を送っていた。とは言っても、木村や深沢に体を明け渡す日々だったが……。
この日も昼まで大学の講義を受けて、家に帰った。家に帰ると木村に体を譲る。
木村は体が変わると同時に化粧をして、出かける準備をする。木村は交代するとすぐに街へ出かける習性がある。最近の若者は皆こんな感じなのだろうか。この日も若者でごった返している街を歩く。
そこに川島の声が聞こえてくる。
「真衣、好きだな。こういうところ」
川島ももう体を明け渡していることに何の違和感もなかった。
「あたしのホームタウンって感じがするんだもん。ここ歩いてると」
木村は本当にこの町が好きなようだった。もちろん、木村の抜群なプロポーションからしばしばキャッチにも遭う。
ホストクラブの客としてやキャバ嬢の仕事など。今日もそんなキャッチをかいくぐって街を歩いた。
「ちょっとすいません」
木村はこの日もいつもと同じように断ろうとした。すると、その声の主が女性だと気付く。
「ちょっとお時間ありますか?」
丁寧に言葉をかけてくる女性。木村が怪訝そうな顔をしていると、女性は名刺を差し出してくる。木村は首を傾げながらも受け取る。
「怪しい者ではございません。私、スーパーノヴァプロダクションの高木という者です」
スーパーノヴァプロダクション。タレント、俳優・女優、声優、モデルなど様々な業界へと進む人材を育成している会社だ。木村はそんな会社の人間に声をかけられた。
「え? あたしに何かご用ですか?」
木村は戸惑いながらも尋ねる。
「ここではなんですから、お時間が許すのであれば、お茶でもしながらお話を」
高木はそう言って、木村を促した。そして、二人は近くの喫茶店へと向かった。
「ご注文は?」
喫茶店のウェイトレスが尋ねてくる。
「アイスコーヒーを。あなたは?」
高木はメニューも見ず、即答する。
「はい。あたしもアイスコーヒーで」
ウェイトレスは注文を聞くと素早く立ち去った。
「それで用件なんだけど」
高木は話始める。木村は緊張しながらも、とりあえず頷いた。
「あなたモデルの仕事ってやってみたくないかしら? うちの会社は知ってるわよね?」
木村はモデルという言葉に驚いた。これはいわゆるスカウトというやつだ。気が動転して今にも倒れそうになる。そこに川島の声が飛んでくる。
「おい! 真衣! しっかりしろよ!」
その一言で木村は冷静さを取り戻す。
「モデルですか? もちろん、会社の名前は知っています。でも、あたしがモデルを……」
木村は自分がまさかスカウトされるなんて思ってもいなかった。しかし、容姿からすれば少しも不思議なことではなかった。
そんな中、アイスコーヒーが二つ運ばれてくる。
「いきなりのことで驚いているのはよく分かるわ。皆、最初は同じ反応だから」
高木はアイスコーヒーを一口、飲んだ。木村はまだ自分が選ばれたことに妙な気持ちだった。
木村もアイスコーヒーに少し口をつける。
「でも、安心して。詐欺とかではないから。うちの事務所の番号とその名刺の番号も同じだしね。気になるなら確認してもらっても構わないわよ」
高木が言うようにこの話は本当にスカウトらしい。そこで木村は一番気になっていたことを尋ねてみた。
「どうして、あたしなんですか?」
高木はこの問いに少し笑みを浮かべながら答える。
「輝いていたからよ」
「え?」
木村は高木のこの答えがよく理解出来なくて、聞き返す。高木は腕を組み、語り始める。
「あのね、モデル業界や芸能界というのは一般の人から見れば華やかな世界なのよ。雑誌の表紙を飾れば一躍有名になって、カリスマと呼ばれるわ。でも、こうなるためには条件があるの」
「条件?」
木村は首を傾げるばかりだ。高木は木村の手を取り、力強く、そしてはっきりと言う。
「そう。それは輝き!その人が持つ輝きよ。それを探し出すのが私の役目。そうやって見つけた輝きがあなただったというわけ」
高木のまっすぐな視線とはっきりした口調が木村の心を強く打った。
「まぁ色々考えたいと思うから。その気になったらその番号に電話ちょうだい。いつでも待ってるから」
高木と別れて家へと向かった木村の表情は本当に悩んでいた。川島や深沢も声をかけらない程だった。
家に着くと、木村がボソッと呟いた。
「健太、代わって」
川島はそれを聞くとすぐに入れ替わった。川島は木村のことが心配になったが、今はそっとしておこうと思い、いつも通りの生活をすることにした。そして、次の日の用意をして早めに眠りについた。
次の日は朝から晩まで川島が主体だった。バイトを終えて家に帰る頃には夜の十時を過ぎていた。
そして、あれから一日経ったので川島は木村に聞いてみることにした。
「真衣、あの話受けるのか?」
すぐに返事はこなかった。川島はまだ聞くべきではなかったかと多少後悔する。
すると、少し経ってから木村の声が返ってきた。
「まだ少し迷ってる。だって、元々この体は健太のものでしょ? あたしの好きなことしていいのかどうか」
確かにこの体は本来、川島のものだった。
しかし、川島はもう木村や深沢のことを放っておくわけにもいかなかった。
「これからこんな生活がいつまで続くのかわからないんだし、真衣や真也の時間だって作ってるんだ。自分の好きなことをしてもいいさ」
川島は良心でそう言った。他人事ではないのは百も承知だったが、木村がファッションに人一倍時間をかけていたのを知っていたからだ。
今回のことで自分の体ではあるが、自分ではないということを実感せざるにはいられなかった。
「健太は優しいんだね。自分の体なのに……」
木村の少しか細い声が脳裏を駆け巡った。
「さ、帰って寝るぞ。明日は夕方から真也が使うんだもんな」
川島はそう言うとコンビニに寄って、今日の晩ご飯を買い、帰宅した。
一方、木村の意志は川島との今日の会話でほぼ固まっていた。




