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悪役令嬢、暴漢に襲われる。

 しんみりとした空気が、丘に漂っていた。


 目を真っ赤にした少年と、悲しげに俯いたわたしと。


 でも、いつまでもぼーっとしてはいられない。

 現実は厳しい。

 お母様が本気で、お母様派の貴族達を召集してわが家を掌握する前に、ついでに、異変に気づいたお父様が到着する前に。

 準備万端に整えて、プリティの魔法を解かせなきゃだし、お父様派筆頭の執事と組んで、わが家をわたしが掌握しなおさなければならないのだ。


 ああ、考えるだけで憂鬱。


「……さあ、じゃあ帰っ……」

 わたしがドレスの汚れを払い、立ち上がろうとした、その時。


「ご主人、危ないっ!」

 真っ赤に泣きはらした目を見張ったプリティが、わたしの頭を庇うようにしてその華奢な腕に抱き込み、草原に倒れ込んだ。


 ごろごろと諸共に、丘を転がり落ちるわたし達。

 な、何っ……!?

 わたしが驚く間もなく。


 阿呆丸出しの大声で、男の笑い声が響きわたった。




「アハハ! サイコーじゃねぇの。やっぱ組織に処分されるだけあったわ。まっさか、あのスカした男がイケニエちゃんと恋仲だったとはねー。だが、その出来立ての恋心の初々しさは評価ものじゃねーの!? いい『霊質』 が穫れそうだしな!」


 丘の半ばを転がり落ちたわたしは慌てて半身を起こすと、丘の上を振り仰ぐ。


 いつの間にやら、わたし達が座っていた場所には、ツンツン頭にパンクファッションの、不良っぽい幹部がいた。

 草原に大きな軌跡を残し、草を払ったかのような傷跡を刻んでいるそいつは、いかにもなおどろおどろしい黒い巨大な鎌を担いでニヤニヤと笑っている。

 ……あの不良幹部は、あれか、死に神でも気取ってるのか。二十台にして厨ニ病は痛々しいと思うんだけど?


 それにしても。

 プリティの反応がわずかにでも遅れていたら、わたしはあの大鎌で、あの草のようにざっくりと切り払われていた事だろう。


 ぞっとしない話だ。


 そう思い、いまだ草の上に倒れている様子のプリティへと振り向く。

「プリティ、ありがとう。間一髪だった……」

「な……なんの、我は、ご主人の、使い魔……である、からな」


 そこには、傷ついたわが使い魔が倒れていた。


「プリティ、なんなのその背の傷は!!」

 真っ白なプリティのドレススーツの背はばっくりと割れ、血が滲んでいる。

 でも、考えてみれば当たり前だ。プリティはサポート役で、荒事なんかに向いてないわたしの使い魔で!!

 戦闘能力なんて備わってない、わたしの可愛いマスコットなんだから。


 ……なんで、のんきに庇われてたりしたんだ、わたし! 魔法少女失格だよ……!!


 傷ついたプリティなんて見たことないわたしはもうパニックだ。

「ぷ、プリティ! 魔法でぱぱーっと傷治せないの!?」

「……む、無理である。だが幸い傷は浅い。ゆえ……少し時間を貰えれば……」

 痛みにうめくプリティ。出来る事なら代わってあげたいけれど、魔法少女の能力にもそんなものはないし。

「そ、そう、無事ならいいの。じゃあ、わたしは治療の時間を稼いでおくからっ!」


 だから、わたしは戦う事しか、出来ないんだ。




 プリティの傷は、わたしがぼーっとしていたせいだ。

 責任をもってここは、あの不良男をしのいでおかないと!


 わたしは急いで魔法のペンダントを握ると変身し、敵を睨み据えながらプリティを背に庇う。

「チッ、なんだよ、さっさとイケニエは俺に『霊質』 を捧げてくたばりゃいいのに、無駄に抵抗しやがって、かわいげねぇ」

「あんたみたいな不良男に可愛いなんて思われたくないもの、それで結構よ!」

「ああっ!? 誰が不良男だっ!」


 男は怒鳴り、丘を駆け下りる勢いで大鎌を振りかぶる。


 艶消しの黒の本体に、銀のドクロやら鎖やら薔薇をあしらった柄も凝ってて、いかにも悪の幹部の持ち物って感じの仰々しさを感じるそれ。

 見るからに重心が刃の方に寄ってて重そうなのに。

 その難物を、軽々と無造作な様子で、ひょろりと細い不良幹部が扱うのは不思議な感じだ。

 やっぱりこいつもお約束的に、結社の改造人間とかで、筋肉の質が違うとか?


 なんて、考えている暇はない。

 わたしは慌てて魔法少女格闘術を駆使し、脚力を活かして空を駆けるように幹部へ接近。

 こんなリーチの長い得物に上を取られるとかシャレになんないし、奴の懐に潜り込んで腹にでも一撃入れるしかないでしょ!


 ああ、それにしても腹が立つ!!

 少しでも早く、事態の収拾の為にも家に帰ってお母様の野望を止めなきゃなのに、出会い頭に襲ってくるとか、なんなのこの男!


「ハッ、懐に入れば何とかなるとか思ったのか、甘ぇよ」

 明らかに鉄板入りと思われるゴツい安全靴のつま先で、女の腹を蹴ろうとする幹部。

 こいつ、本気でわたしを潰す気まんまんだ!


「サイテー! 女に暴力振るう男とか!! 本気で最悪!」

 鋭い蹴りを慌てて横っ飛びに避けるけど。


「ウルセー!! あの気障男のオンナが、ナメた事言ってんじゃねぇっ」

 まるで動きを読み切ったかのように、避けた方向に長い柄の石突きを向けて、わたしの胴を突く。

 うううっ、こいつ、本気で手ごわいよ!!




 振るう度に重い風切り音を立てる、巨大な得物を自在と扱う不良男。

 それからのわたしは、完全に防戦一方となった。

 懐に潜ろうとすれば蹴りが飛ぶ。

 腕を狙えば柄で防御。

 鋭い鎌は手足を跳ねようとこちらの隙を狙ってくるし、全くもって攻めようがない!!


「悔しいけど……強い!!」

「ヘッ、当然だ。オンナ使ってチンタラ遊んでる、あの気障男とは違ぇし」


 攻めあぐねるわたしを前に、完全に余裕の不良男は、丘の下で治療に励むプリティへと口撃を開始する始末だ。

「何だよ、神の操り人形。何でこの不要物を捨てねぇの?」


 でもその言葉はわたしの動きこそを止めた。

 不要物……それは今いちばん、わたしが言われたくない言葉だ。

 たちまち動きの鈍ったわたしに、不良男は石突きで一発。その容赦ない攻撃に、丘の上を転がる。


「かはっ……!」


「こんな不要物の為によぉ、無駄に『霊質』 をたれ流す必要なんてねぇだろ? 一度はこの世界から取り上げた力を。魔法は消えた。神が取り上げた。神秘派の俺らの、魔法復活の野望を止める為ならまだしも、たかが不要物の為にさぁ、天界の神秘をばら撒いてくれるとか、どんな冗談よ?」


 肩口をガッと踏みつけられて、わたしは痛みに悶絶しながらそれを聞いた。


 神秘派? 魔法の復活?

 それが結社の暗躍の理由なの?


 見事にその辺りの記憶はあやふやだ。

 それでなくとも人気お題だった『悪役令嬢が多すぎる世界』 の設定まとめは膨大で、全てを記憶出来るものではなかった。

 何せサブカル趣味な神様が気に入るような、膨大な書き手の関わる無駄に膨大な遊びの記録であったのだから、その全容など、神でもないわたしには知りようもない。


 それに加えて、前世のわたしは、主に恋愛話ばっかりを書くタイプで。

 重要な設定の筈なのに、男児向けの変身ヒーローものみたいな空気がある悪の秘密結社の設定周りは、上手く設計出来そうもなかったから、戦隊ものに詳しい友人に半ば預けてしまっていて、さほど詳しくないのだ。


 設定まとめ用のwikiも、いたずら防止の為にロックこそ掛けていたものの、信用置ける友人らや、企画の中心のクリエイターには副編集用のキーを預けていたし、わたしのリタイア後も、創作は続いていたような覚えがある。


 うかつだった。

 興味の薄い部分が一番のこの物語の核心だった、なんて……。

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