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続きを書きましょう  作者: 有志多数
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第六話

 わたしは帰ってきた。

 つい数時間前まで自由に泳ぎ回っていた故郷の海に。

 ざっと辺りを見回す。さっきまでわたしのいた足場が海底へ沈んでいた。わたしの体重で脆くなっていた地面が崩れたのだろう。

 建物に囲まれた空間からいつの間に海岸へ? ……そうか、わたしが『人間』となったことを嘆いている間に自然と足が故郷へ向けて動いていたのだ。

 もうすぐ嵐が来るのだろう、海は酷く荒れている。

 暴力のような海流がわたしの体を押し流そうとしてくる。岩礁に叩きつけられでもしたら命はない。ほぼ即死だ。

 ――死にたくない。 

 本来の肉体は猫と少年(わたし)の腹に消え、今のわたしは不愉快極まりない『人間』の体をしている。正直、もうどうなってもいいと思っていた。

 でも、いざ命の危険を感じると本能が抗おうとする。タコも人間もそれは同じだ。


 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!


 気づいた時、わたしは荒れる海の中を人間の肉体とは思えない動きで泳いでいた。

 優雅に、美しく、まるで空を翔る海鳥のように水中を突き進む。時には海流に乗り、時には岩礁に掴まって方向を変え、縦横無尽に海を駆る。

 思い出す。かつてのわたしはどのような荒波にも負けない深紅の大ダコ。うっかり寝込みを襲われなければ人間共になど捕まるはずのない屈強な海の戦士だった。『ダイヤモンドのように水を弾く深紅のボディの大ダコ』――なんて人間たちには呼ばれていたが、確かに、わたしは水をダイヤモンドのように弾き飛ばして・・・・・・人間たちをあしらってきた。

 その深紅の大ダコとしての能力が、どういうわけかこの少年の体に宿ったらしい。

 フフフ。

 思わず表情筋が緩んでしまう。『人間』となって絶望しかけたが、わたしにはまだ誇り高きタコの力が残されていた。なんと喜ばしいことだ。

 もはやこの海はいくら荒れようともわたしの土俵だ。泳いでいるうちに四肢にも慣れた。

 楽しい。嬉しい。『人間』となった今のわたしでも、タコだった頃のようにどこまででも泳いで行けるのだ!



 ぜぇー はぁー ぜぇー はぁー。

 ……死ぬかと思った。

 まさか、

 まさか人間が水中で呼吸できないとはっ!

 わたしはどこかの寂れた砂浜に大の字に寝っ転がっていた。少年の胸が呼吸をする度に上下に動く。まだ息苦しい。

 せっかくタコの力を取り戻したのに、人間とは不憫な生き物だ。潜水をし続けられる時間はたったの三分ほどだった。同じ哺乳類のイルカやクジラだってもっと長く潜れる。

 それでも人間としては凄い方なのだろう。このわたしの――タコの力が宿っている少年の肉体だからできた所業だ。……ポジティブに考えればそうなる。

「おいどうする!」「早くしないと」「だが海が……」「こう荒れていては我々にはどうしようもないぞ」「だからってこのまま放っておくわけには」

 人間たちの叫ぶような話し声が聞こえる。上体を起こして見やると、彼らは先程海を見ながら騒いでいた奴らだった。どうやらここは元いた場所の近くらしい。

 関わるつもりはなかったが、わたしは人間たちが見ている方角に視線をやった。

 荒れ狂う海上に、小さなシャチがいた。

 いや違う。アレは本物ではない。浮き輪とかと呼ばれるものだ。少年の知識がわたしにそう語りかけてくる。

 そしてシャチの上には、この少年と同じ年頃の少女が跨っていた。紺色のワンピース水着を纏い、ストロベリーブロンドの長髪を左右で結わえた華奢で可愛らしい少女だった。

 どうもあの少女は海水浴に来ていて波に攫われたようだ。

 少女は泣き叫んではいないが、その表情が恐怖一色に染められている。

 雨が降ってきた。風も強くなっている。このまま放っておけば少女が海の藻屑となることは自明の理だろう。

 ――助けないと。

 待て、わたしはなにを考えている? わたしを殺し、食そうとしてきた人間の仲間を救う義理がどこにある。

 タコの思考で自問している間に、少年の体は勝手に動いていた。

 再び荒海に飛び込み、四肢を使って水を掻き、魚よりも器用に泳ぎ進む。

「きゃあっ!?」

 少女が波に呑まれ、シャチの浮き輪から転落する。ただの人間の、それも少女の華奢な体では荒れる海で自由に動くことは不可能だ。

 海流に持っていかれそうになる少女を、わたしは不本意ながらキャッチする。気を失っているらしい彼女を抱いたまま海面に顔を出す。

 大きく空気を吸い込み、元の寂れた砂浜へと一気に泳ぎ抜いた。


 ぜぇー はぁー ぜぇー はぁー。

 なぜ、わたしはこの人間の少女を助けたのだ?

 砂浜に寝かせた少女を眺めながら、わたしは自分の行動が理解できないでいた。

「ん……」

 と、少女が目を覚ます。すぐに気を失ったことで水はあまり飲んでいなかったようだ。

「あれ? ここは……?」

 周囲を見回す少女が、すぐ傍にいたわたしを見つける。

「あなたが、こほっ、私を、助けてくれたの?」

 少女が軽く咳き込みながらわたしを見詰めてくる。エメラルドグリーンの大きな瞳には少年の姿をしたわたしが映っている。

 嘘をつく意味もないので、とりあえず頷いておく。

「そう。助けてくれて、ありがとう。あの、えっと……」

 弱々しい笑みを浮かべた少女は、変にもじもじとしながら薄桃色を取り戻しつつある唇を動かす。


「あなたの、お名前は?」

 いろいろ強引で矛盾とかあると思いますが、そこは私じゃない誰かが頑張るってことで(丸投げ)

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