第七話
「わたし……」
言葉を止める。
わたしは今、少年なのだから僕なのか?
「僕は井沼 尚志だよ」
「えっと、尚志くんって呼んでいい?」
「構わないよ」
軽く微笑む。
なぜ、わたしは彼女を助けたのだろうか。
きっと、父なる海に人間が眠ることが気に食わなかっただけ。
そうだろう。
ちがうならこの体が、人間だからだろう。
「私は、水島 綾香です……」
どこか恥ずかしそうに頬を赤らめ、その綾香という子が言う。
「まったく、泳げないのなら来るんじゃない」
少し刺のある言い方をする。
「うっ……ごめん……なさい」
「なっ……」
思わず、たじろぐ。
「泣くな。別に怒ってるわけじゃない」
なんだ。
なんなんだ?
人間はこんなにも弱い生き物なのか?!
なんでわたしはこんなことを……
「とりあえず、こっち来て。また波に浚われたくないだろ?」
少女はまだ涙を瞳に浮かべながら、頷く。
高台まで歩いていくと、少女が何かを呟いた。
「ん? どうかした?」
「お母さん達のところ行かないと」
「どこに?」
「私の家だよ」
はい?
もしかして、この人は一人で来たんですか?
「家がすぐ近くなの。いこっ」
わたしは少女に引かれるままに歩く。
歩くこと十数分。
まったくもって近くじゃないし、
わたしは二本足で歩くことには慣れていないから転ぶし。
結構な豪邸に2人は辿り着いた。
「あっ……」
少女と同じストロベリーブロンドの髪をストレートに靡かせた女性が、
少女に走りよって抱き寄せる。
「良かった。心配したのよ?」
「ごめんなさい。ママ」
2人を見てわたしは笑みが零れた。
わたしには親がいない。
いや、居たんだろうけど気づけばわたしは一人だった。
兄、弟、妹、姉。
それも知らない。
居たらこんな風だったのか?
この体の父親の元へ戻らないと……
そう思って踵を返したわたしの体は、
タコ足に巻きつかれたような束縛感に見舞われた。
「行くの?」
「え?」
「私の家に行こうよ」
何を言ってるんだ?
わたし? には親が居るのに……
この子の父親の元に。
だが、海へと向かおうとした意思を、それは止めた。
<津波到達の恐れがあります。直ちに高台へお逃げください>
町のスピーカーから、声が流れたのだ。
少女の母親に少女が、少女にわたしが。
引っ張られて行くままに車に乗り込み、どこか未知の世界へと連れて行かれるのだった。
「君、名前は?」
ぼうっとしていたわたしに少女の母親は尋ねた。
「井沼尚志です」
無関心に答える。
なんでこうなってる。
もう考えるの止めようか。
大体、この子の親はどうなってる?
わたしが戻っていない事を心配してるんじゃないのか?
なのに、少女に連れられ車に乗り込み、
街の奥へと連れて行かれてる。
「はぁ……」
「どうしたの?」
「へ?」
「ため息ついたでしょ?」
なぜ、ため息だけで話しかけてくるのか。
「別になんでもない。僕がここに居る理由がわからなくてね」
自分の心情を纏め上げて呟く。
「ご両親は?」
母親が聞く。
「さて。生きているか死んでいるか」
わたしにとって、
この体の両親なんて知らないしな。
父親くらいは知ってる。
けど、わたしを焼いた腹いせに息子を奪ってやった……なんて
「もしかして、記憶喪失?」
「はぃ?」
なんのこと?
「貴方、自分の名前以外覚えてないの?」
母親が聞いてきた。
記憶喪失というのは、何らかの衝撃を頭に受けた際、
名前以外のことが解らなくなったり……。
面白いな。
「は……はい。実は、気づけば海に居て……急いで陸に行こうとしたときに、彼女に出会ったんです」
わたしは少女をさして言う。
不自然だっただろうか?
そんな心配を他所に、車は海を見下ろせる高台に着いて止まった。
「記憶喪失……かぁ。台風が去ったら役所に聞いてみましょ。両親のこと」
「は、はい」
ていうか、名前ですら偽名だったりするし。
問題ないかな。
「じゃぁママ!! 見つからなかったら家に住まわせてあげようよ」
少女は何故か元気になって母親に詰め寄った。
何が嬉しい?
というか、他人を簡単に――
「良いわねぇ。それ」
えぇぇぇぇ?!
「役所行って駄目だったら一緒に住みましょ。ねっ?」
母親が目を輝かせて言う。
なん……だと?
<ハロー警報は解除されました>
そんな馬鹿な。
夕立の如き速さで台風が去るとは……
「じゃっ、いこ?」
「え? うん」
わたしは、少女達と共に役所へと向かった。
そして、
予測通り、わたしの両親達が居るわけも無く(偽名だから)
「では、我が水島一家にご招待~」
彼女達の家に帰ってきたわたし達。
何故かテンションの高い母親に苦笑しながら、
与えられた2階の部屋から海を見つめる。
「ばいばい。海と蛸。こんにちは、地上と僕」
そう呟いて微笑むと少女に呼ばれ、わたしは階段を下りていった。
これからの世界に心躍らせながら。
次の人無茶振りごめん




