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2025年後期の自作に関するモノローグ

作者: ちりあくた

 私の「なろう」への熱は数年おきに湧くらしい。記憶にあるところだと、中学の頃に別のアカウントで『ミクロダスト』を投稿したのがきっかけだった。それからしばらくして、私は羞恥心の嵐に呑まれるがまま、アカウントごと作品を消してしまった。


 次が2022年であり、このアカウントを設立して、ぽつぽつと作品を投稿し始めた。活動は一年ほど続いた、が。羞恥心の嵐が再来して、一部を除く作品たちは、みな何処かへと吹き飛ばしてしまったのだ。原稿のバックアップはあるものの、あのとき得られた評価や、書いてくださった感想までも消した。後悔している部分はなくもないが、それは今更な感情だろう。


 そうして、2025年。夏頃から数作投稿して、このペースでやっていこうと思ったが、「芸術の秋」になって執筆欲が爆発した。新しく書いた作品だったり、過去に消してしまった作品だったり、最近では週5〜6本のペースで投稿してしまっている。当然在庫はもうすぐ切れるし、それに合わせて執筆欲が落ちるかも分からない。


 そこで、新たに書いた作品のみに絞って、振り返りをしたいと思う。各作品には意識的か否かに関わらず、ある「目標」が存在しているのだ。それを忘れないうちに総括してみて、各作品に対する自己評価をはっきりさせることで、またもや衝動的な削除に至らないようにしたいのだ。


 早速だが、投稿順にやっていきたいと思う。

 ここにない作品は、旧作ということである。



 ◇ ◇ ◇



①『同じリンゴの赤を見ているのか?』

 私の作品には二種類に分けられる。ストーリーを先に考えてあるものと、思いついたフレーズにストーリーを後付けするものだ。今作は後者であり、全体の構成がある一文へと向かうような作りになっている。つまり、タイトル回収がしたかっただけのエッセイだ。


 だが、意外にも評価してくださる方がいて、ここから一気にモチベーションが上がったように思われる。評価された理由としては、導入の分かりやすさがあっただろう。私みたいな凡百な作家は、市場にある権威主義などカケラも用いることができない。そのため、読者が知っている内容で引き込むこと、丁寧に動線を敷くことが大切なのだと、思い知る結果になった。


②『ここでは猫は好かれない』

 投稿を再開すると同時に、「なろう」上の純文学作品も、再び読みに行くようになった。そこで感じたのが、「純文学ジャンル、さらに人気なくなってないか……?」ということであった。たまに、良い文章が評価を得られていても、合同企画の後押しゆえだったり、少しジャンルが違うのではと感じてしまったり、そんな雑感が書くきっかけとなった。


 改めて後述するが、このエッセイを経て実感したのは、気楽に創作者の背中を押すことの無責任さである。純文学ジャンルで評価がもらえないなら、他ジャンルへ行くも、文体をガラッと変えるも、全ては得策のはずである。その事実から目を背けさせることの残酷さは、ニーチェが批判したキリスト教の欠点と似通っている。


 そんな経緯で、続く『(地獄へ)背中を押すエッセイ』が生まれることとなる。


③『地球が綺麗ですね』

 これも①と同様、タイトル回収を行うために3000字ほどの文章を書いた。かといって中身をスカスカにする訳にはいかず、自身の思想をかなり盛り込んだ結果、エッセイのような小説となってしまった。そこで投稿ジャンルを迷い、「エッセイ」にも「純文学」にもしっくりこず、私は「宇宙(SF)」を選んだ。


 評価としては8ptをありがたくいただいたわけだが、驚いたのはランキングである。なんと、8ptで「宇宙(SF)- 短編」の日間3位だったのだ。先程、純文学ジャンルが不人気云々と話したが、この結果には絶句した。何かしらのテコ入れが要るのでは……と思いながらも、自身では何もしないので、あまり無責任なことは言うまい。


④『(地獄へ)背中を押すエッセイ』

 ②の反省を受けて生まれた作品である。当初書きたかったことは、いただいた感想への弁解・補足に過ぎなかった。しかし、そのための前提をこねくり回す内に、連載でなければあまりに読みづらい形式となってしまった。


 やはり、私に「啓発系」エッセイは向いていないらしい。作品をざっと見ていただければ分かるだろうが、大多数のものが内省的な描写に終始する。この作品は、一つ、背伸びしたがる自分にケリを付けられた点で評価できる。


⑤『ロシア文学を読んでみよう(初読者の感想)』

 急に読書録が始まってしまった。この動機は「評価を得ること」でなく、「自分に読書を課すこと」である。創作にはインプットが欠かせないものだが、最近はその機会を欠いてしまっていた。1話目でうだうだと語っているものの、結局の所、執筆を義務とすることで、読みたい本を最後まで読み切らせようとしたのだ。


 おかげでツルゲーネフ作品にハマることができたし、すでに書き始めた意味は回収できている。後は、ドストエフスキー作品をどう乗り切るか、である。


⑥『タイムマシンはつまらない』

 しばらく自分のための作品が続いたせいか、跳ね返りのように、エンタメに振った作品を書きたくなった。前提にあったのは映画『TENET』の、決定論的な世界観である。その設定における無常観、自身の意味へと視点が向いていく流れが、純文学に望まれるであろう「内省」と合うのではないかと思ったのだ。


 それなりに自信を持って書き、お二人から評価していただけた。しかし、正直物足りなかった、というのが本音である。『TENET』のレビューにも通ずるように、世界観がわかりにくかったのか。あるいは序盤の情景描写が冗長に感じさせてしまったのか。何はともあれ、最後は「私の力不足」に落ち着くだろう。内省ばかりしていると、どうも客観的な成長が見えにくくなる。むしろ、退化している可能性すらある。


⑦『脳が手足に、手足が脳に』

 ⑥の反省を受けて、私は「読まれやすさ」に少しばかり重点を置いた。かといって、過剰に自分の文体を崩すことはしたくなかった。そのワガママをどうにか通そうとしたのが、当作品である。


 当作は「友人への手紙」という体で進むのだが、この手紙形式は、過去作品で用いて気に入ったものである。一人称視点の情感と、三人称視点の冷たさ、両者のいいとこ取りができるのだ。


 ……まあ、⑥よりも評価は伸びなかった。そうして私は再び、自分の内へと閉じこもることとなる。


⑧『冷笑と再起って似てる』

 趣味全開の作品である。「なろう」を辞めていた期間中、私はゲーム制作に少しばかり触れており、その際の楽しみや苦労を書き殴ったのである。まあ、ゲーム内容や一部描写はフィクションなので、あくまで純文学ジャンルに投稿させてもらっている。


 そんな作品が、⑦のようにフランクな語り口で書かれているのは不思議だ。通じるはずもない言を、精一杯、読者へ向けて打ち明けようとしている。これは意識的なもので、評価を求める私への皮肉を込めていた。


⑨『押すだけで死ぬスイッチ』

 この作品は「新たに書いた」というより、不完全な原稿を完成させたものである。相変わらず、自身の満足がいくように振る舞っており、結末はいたって読者に不親切なものだ。


 自分でも何が書きたかったのか分からないが、終わってみれば、ある種のメッセージ性が感じられるような気もした。そうして、推敲もろくにせぬまま、投稿してしまったのである。


⑩『あなたの定義』

 自己満足への傾倒は続く。文体としては⑧によく似ているが、今度は量子力学の初等的な知識を扱っている。これはたまたま読んだ本の影響であり、なんとなく賢ぶった描写が散らばっているだろう。


 結末も、無責任なハッピーエンドもどきである。見られない出来ではないと判断したため投稿したが、もしまた癇癪を起こしたら、最初に消えるのはこの作品だと思っている。


⑪『遠景、あるいはワンシーンの終わり』

 これも⑨同様、書きかけの原稿(1話)に2話、3話を付け足したのだ。個人的には書きたいものが書けた、という綺麗な後味がある。


 だが、現状として評価を得られていない。一応「ネトコン14」のタグは付けたものの、おそらく無意味に終わるだろう。シーンは飛び飛びだし、登場人物の描写は浅いし……欠点は自分でも見て取れる。


 しかし、不思議と、それらには目を瞑ることができるのだ。そんな作品を書けたのは久々の感覚で、中学時代を思い起こすこととなった。あの頃も確か、評価は二の次で、自己表現こそが一番の目的だった。


⑫『猫による赤ちゃん言葉、という与太話』

 ⑪を書けたことで満足したため、箸休め的なエッセイである。執筆前には目標を立てており、「いかに嘘っぽいことを膨らませられるか」という代物だった。まあ、最低限の成功は得られたのではなかろうか。


 ②でも扱ったように、多分私は「猫」が好きなのだ。それでいて、生活では「犬派」を自称している。その矛盾は、いずれどこかで取り扱うかもしれない。


⑬『無敵でいてよ』

 これは珍しくプロットを練った作品だ。個人的に野球が好きで、来年のドラフトまで投稿時期を延ばそうとも思いかけたが、やはり「ネトコン」に目がくらんでしまった。


 プロットの段階では、自分でも納得できるような出来であった。しかし、問題は私の文章力・構成力である。内省的な描写が核ではあるものの、その契機が他者との関わりにあるのだ。慣れないことをしているため、企画時の味を損なっていないか、なんて心配がつきまとっている。


⑭『世界に抗う弱さを核としている』

 ⑤の中でツルゲーネフ作品を読んだ。その影響が色濃く残っていたせいで、深夜テンションで書き上げた一作だ。徹夜で書き上げ、徹夜で投稿し、徹夜で推敲したので、論理展開には無理があるやもしれない。まあ、それも味だなんて思いながら、放置することを是としている。


⑮『創作で飯が食えるなどと』

 タイトルと本文が接続しているのがやりたかった。それだけである。


 ③同様、やりたいことだけで小説は成立しない。そのため、創作に対するスタンスや適職診断に対する偏見等、だいぶ「作劇上の都合」が入ってしまったように思える。


 まあ、字面が完璧に心情を表すことなどあり得ないだろう。一度、「心→文字」という変換を挟む時点で、そこには何かしらのノイズが混ざる。真に本心を書き出した文章なんて存在するまい。


⑯『Fによる二度目の不倫』

 当サイトでは、たまに「不倫もの」を見かける。そこで私も挑戦してみようと思い立ったが、「不倫」という行いの都合上、どうしても内省的な描写だけでは収まらない。そこで今作は、「不倫」の定義をやや歪め、自分の嗜好と合うように用いている。


 そんな無理は通しながらも、結局は他者との関係を描かざるを得なかった。なので比較的、書きづらかった作品ではある。


 それでいて、概念の本質を撫でて終わるような描写は結構好きである。また、こういうのもやってみたい。


⑰『あなたのいない重力』

 思うに、最近のマイブームは「メタ的」な構造である。もっとも、この作品の最序盤は数年前に書いたものだが、作品がどのような結末を迎えるかまでは考えていなかった。


 あらかじめ構造を用意し、それを自ら破壊して悦に浸る……マッチポンプのように思えるが、これがなんとも好きなのである。


⑱『純粋な月光などないらしい』

 旧作で、『美しい死をあなたへ』というものがある。本作はその作品の文体を取り入れつつ、内容も若干の精神的続編風にしている。


 もちろん、明確に設定を決めて書いたわけではないため、矛盾は多々あると思う。何しろ、この小説を書き出した最初の一歩は、ヨルシカの「火星人」という曲の歌詞を、自分なりに解釈したかったことからである。


 結果として、少々結末を急いだように思える。しかし、執筆当時は推敲含めて「十分だ」と思えたのだから、それも作品の味なのだろう。


⑲『その意見、誰のもの?』

 最近になって、AIに文章の推敲・校正をお願いするようになった。「以下の小説を講評しなさい」というプロンプトを与えると、彼らは必ず褒めそやした後に、無理くりにでも欠点を捻り出してくる。そのことに不満を抱いたのが、当作を書き始めたきっかけだった。


 AIが代わりに提案してくるフレーズには、時々私の好みに合わないものがある。では、それは彼らの落ち度なのだろうか? いや、私の感度に合わないだけであって、彼らはその時なりに「適切な」表現を差し出しているはずだろう。きっと、AIが普及した世の中では「採用」の機会が「創出」よりも増える。相変わらず、我々のセンスが問われることは確かだが、その使いようは変わるのだろう。


⑳『★☆☆☆☆』

 やりたいこと一つのために書いた小説である。というのも、「なろう」上の評価システムを利用して、読者が小説の結末に関与するということをやりたかった。だが、中々プロットや文章表現でその方向に誘導するのは難しく、今の自分には背伸びしすぎたようにも思える。


 ただ、その挑戦抜きにしても、内容はかなり気に入っている。評価軸というものが与えられると、我々は対象を数値や属性の塊として捉えやすくなるだろう。それが恋愛というアナログな行いにまで介入することで、無機質な構造が生じてしまうことを、自分なりに書けたのではと思う。


㉑『ニセモノ』

 プロットも何もなく、書き出しからダラダラと書き連ねた代物である。こういう作成方法は中学の頃に多く、おおよそが支離滅裂な出来になるのだが……本作のように1000〜2000文字程度ならマシなものができるらしい。深夜テンションにふさわしい一作だったなあと思う。


㉒『盾は背中にあればいい』

 後書きに関する愚痴エッセイは、たまにランキングで上がってくると思う。彼らは「評価してください!」という作者の顔が、作品の余韻を破壊していることに怒っている。それは注意書きにも通ずるのではないか、と思って本作を書いた。


 もっとも、注意書きをする人が悪いのではない。注意書きなしでは自分の心を守れない、そして自分の傷を作者のせいにする、そんな読者の存在が悪い。本来作品とは、傷つけられることも、憤慨させられることも味だと思う。文庫本や教科書の文章では、注意書きなんて微塵もなかったはずだ。「こゝろ」がネット上で連載されていたら、きっと沢山の注意書きが必要になっていただろう。


㉓『グァラ族とは』

「Wikipedia文学」というフレーズを思い出した。有名なのは「日本住血吸虫」の記事であろうか。単なる事実の羅列であっても、その構成や語り方によっては、読み手の心を動かし得るのだ。それをやってみようとしたのが本作だ。


 グァラ族にはモデルにした民族がいる(おおよそ察せると思う)。では、彼らの文化が全ての祖であったかというと、私は簡単にうなずけない。彼らにも侵略した民族がいて、狩った獣がいて、破壊した自然がある。我々は「伝統を守ろう」と言い続けるが、どこまでを「旧」、どこからを「新」とするかは依然として曖昧に据え置いている。


㉔『悪役令嬢になったとて』

 最近流行りの「悪役令嬢もの」に挑もうと思ったのだが、試しに王道なものを書いても陳腐な出来にしかならなかった。そのため、こんな穿った内容のものを書くしかなかったのである。


 多くの転生ものの主人公に対して、私は尊敬の念を抱いている。環境を現代から異世界に変えただけで、ニートからヒーローへと転身できるのは、決して運や環境のおかげではないだろう。おそらく元々、現実でも活躍できる素質や性格があって、それを活かす機会がなかったのだと思う。そう考えると、異世界転生は「現役ドラフト」みたいだ。移籍先で覚醒できるかは、結局、本人の力に依るところが多い。


㉕『墓と奔流』

 この小説の元は『墓と奔流の一千年』という連載小説である(削除してしまったが)。その作品のテーマは「CivilizationⅥ」という文明開発ゲームの内容を、小説に起こすことだった。しかし、プレイ記録に沿うあまりに本筋が疎かとなってしまい、やむを得ず、削除するに至ったわけだ。


 それでいて、序盤(ゲームでいう「太古時代」の部分)は結構気に入っており、そこだけを切り取って前後編の短い小説とした。


 時代のうねりというものを一個人が変えるのは難しいが、その中で戦い、生きようとし続けることはできる。テイモスたちの生き様に、そのひたむきさが表れていたら幸いである。


㉖『壁の向こうのシチュー』

 サカナクションの「壁」という曲から起草した一作である。「まだ私は若く、未熟だが、そのことを言い訳に幸福追求から逃げている」という自論がある。その仮説が正しければ、将来的にこうなるのでは……と、思いながら書いた。㉕がだいぶ前に書いたものだったため、執筆には時間をかけられた。この内容と向き合うのは辛いものがあったが、まあ悪くない出来になったと思う。



 ◇ ◇ ◇



 以上が2025年後期の所感である。

 それを踏まえて、仮に来年書くとしたら何を目指すか、という大袈裟な抱負を書いて終わりたい。


 2026年はもっと、構造的な仕掛けを凝らしてみたいと思っている。現在の自作で言うと『・』や『★☆☆☆☆』だろうか。

 最近、クリストファー・ノーランの映画『メメント』を見たせいだろう。彼の映画にありがちな、構成上のトリックに憧れている自分がいる。もちろん彼の足元にも届かないだろうが、何かしらの猿真似だけは挑んでみたい。


 だから結局、私の作品というのは、やりたいことが先行していて、出来は大体後なのだ。そんな自分勝手な作品群を読んでくださる、評価してくださる方々には本当に感謝している。こう書くと、改めて作品群を消してしまったのが悔やまれるが……今後はそうならないよう、細心の注意を払いたい。それでは、良いお年を。

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