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青春勇者と魔法使いとまだ見ぬ青い春(1)

「まさか、今まで振りまいていた影をここで今集めているのか!?」


「そうっぽい! まずいかも、こーいう時大抵でっかくなってなりふり構わず暴れるんだよ!」


 この圧、流石に付け焼刃のエクソシストの魔法ではきつそうだ……!

 俺は先生を抱えると、御伽さんとグラウンドを急いで出て、校舎側へ離れる。

 影は数メートルは超えた大きさになっており、ゆっくりとグラウンドへと降下している。


「う、ぅぅぅ……」


 抱えている先生を見下ろす、命に別状はなさそうだが、衰弱しているようだ。

 一旦、安全な場所に置いておく必要がありそうか。


「な、何か手立てはないのか? 剣は」


 影はさらにどこからか別の影を集め吸収し増殖して、スライムのような不定形の形容しがたい集合体になっていき、更に大きくなっている。


「あそこまで成長しちゃうとなー、切ってもなー……倒す方法もあるにはあるけど、周り巻き込んじゃうから、ここじゃ無理」


 ならば。


「つまり、倒す手立てはあるんだな。なら、このまま北の方角にある海岸まで誘導するのはどうだろう、そこなら」


「あー、あそこら辺なら大丈夫かも。 って来るよ……!」


 ドスン! と大きな衝撃音と共に数メートルは余裕で越える大きさになった楕円型の影の集合体が地面に降りる。

 余程の重さなのか着地したグラウンドの地面下に亀裂が出来ている。

 ドロドロと影が動き出す。触手のように伸びる影がこちらへ攻撃を御伽さんへと仕掛ける。


「わ!」


 するりと避ける御伽さん。

 そして、影は這うように彼女目がけて進行していき、徐々に速度を上げていく。


「私狙い!? まー腐っても魔王だしね! まぁちょうどいいやこのまま……北ってどっちだっけ? わっ!」


 ここから離れ、走り出す御伽さんへまた放たれる影の一撃、それを彼女はまたひらりと避ける。

 あの状態になるともう彼女しか見えてないようだ。


「このままグラウンドの先の林の方を突っ切って真っ直ぐだ、俺は先生を職員室にでも運んでから追いつく!」


「おけ!」


 御伽さんは林の方へ向かって勢いよく走っていく。そして、影を足のように生やしてバタバタと這いまわる様にして身体を動かし影の集合体は彼女を追従していく。


「あ、でも人目とかはー!?」


 走りながらこちらに大声で聞いてきた御伽さんにこちらも大声で返す。


「大丈夫だ! その心配をする必要はない! 存分にやってくれ!」


「ど、どーいう意味、それ!? ……ま、でも、信じるよ! 『空中歩行(エアウォーク)』!」


 御伽さんは大きく跳躍すると空中をまるで地面かのように踏みこみ、そこから更に跳躍してみせる。

 そして空中を跳ねるように林を超える高度で彼女は空を駆けて行く。

 いや、当然のように……。あれもスキルなのだろうが、これが終わったらスキルについて改めて詳しく聞く必要がありそうだ。


「取り敢えず先生を運んで追いつかなければ……」


「うぅぅぅ……酒を」



 ◇◇◇



「わわ!」


 御伽勇奈は学校裏、林の上の空中を駆けるように進んでいく。

 そして、その下で影を伸ばしながら魔王の影は生えている林をなぎ倒しながら追走する。

 あまり離れすぎては囮の意味が無いから、影が触れれるかどうかのちょうどいい距離を保ちながら御伽勇奈は空を駆けていく。

 そして、小高い丘の頂上で影に意識を向けていたが故に気づいていなかった、街を一望できるその高さで彼女は気づく。


「街の明かりが、消えてる……?」


 街は眠っていた。明かりはほとんど消えており車と思しき走る光も見えはしなかった。

 夜でも構わず、街に明かりが灯り続ける現代日本においては火を見るよりも明らかな異常事態。

 されど、彼女に驚きはさほどない。


「雨夜君が言ってたのってこーいう……! なら、このまま突っ切っちゃおうかな!」


 少年の言っていたことを理解しつつ、彼女はそのまま丘の傾斜に従って高度を下げながら駆けていく。

 丘を越え、工場の敷地や、道路を超えた先に見える海岸へ。


「!」


 御伽が後ろを振り向くと、街に振りまいた他の負の感情を取り込みながら更に巨大化した影が速度を上げながらこちらに進行している。

 地面を抉りながらこちらへ向かってくる魔王の影、伸ばしてくる影を躱しつつ彼女は目的地へとたどり着く。


「よし、着いたー!」


 彼女は浜辺の上をそのまま駆け、海上を突っ切る。

 それを影は砂を引きずりながら海まで追いかける。しかし、その身体は物理法則に引っ張られ海中へと沈んでいく。

 数十メートルを超えた沖合の地点、彼女は足を止めると空中でそのまま海を見下ろす。


「ふー……これでなんとか……今のうちに決めちゃお……!」



 どこからともなく剣が現れ彼女はそれを握る。

 そして。


「『神』……。ん、なんか嫌な予感……!」


 海がせりあがる。まるで何かに引っ張られるかのように。

 黒い何かを纏うせりあがる触手のような形状の海の塊、それはまるで意志を持つかのように空中にいる御伽を狙う。

 それに反応し、御伽は剣を振るう。

 炎のように煌めく光を纏う剣、その斬撃はたやすく海を縦に真っ二つに切り裂く。

 しかし、辺りの海面がまるで持ち上げられるかのようにせり上がり、そこから触手のような形をした海の水が生え、彼女を襲う。


「それズルくなーい!?」


 構わず彼女は剣を振るおうとして───


「御伽さん!」


 いきなり、誰かに彼女は身体を引っ張られる。

 空かされた触手の一撃。それはとある少年が彼女をすんでのところで抱え、その場を離脱した故に。


「わ、って雨夜君、遅い!」


 驚きながらもすぐにどこか安心するように笑う彼女。


「すまない遅れた……こんな短時間でここまで来れる程両方とも速いとは……」


 そうして、足元に魔方陣を展開しながら空中を同じく駆けながら海岸沿いまで戻り、抱えた御伽を降ろしながらふぅと雨夜護は息を吐いた。



 ◇◇◇



「それにしても……」


 御伽さんを傍に降ろし、俺はため息をつく。


「随分と大きくなったな……海の水を取り込んだのか……?」


 海から膨れ上がったかのように盛り上がった黒い海水が触手を生やしているのが見える。


「そーっぽいね……まーちゃんと核っぽい部分はあるみたいだけど……うーん邪魔だなーあれ」


「今までにはあったのか?」


「いやー初めて。んー……世界が違えば変わるのかなー。それとも単純にこの世界だと人多いしそのせいもあるのかな……」


 御伽さんは首を傾げながら唸っている。しかし、すぐ表情を戻す。


「ま、いずれにしろやるっきゃないか!」


 俺はその言葉に口角を上げる。


「あぁ!」


 海水を取り込んだ影はその触手をこちらに伸ばしてくる、がそれを御伽さんは剣の斬撃で叩き割る。


「よっと。とはいえどうしようかなー、私の全力ならいけるんだけど、ちょっと溜めがいるんだよねー。その間に逃げたり、攻撃されるのがなー」


「それなら、俺の番だな。任せてくれ」


「雨夜君、でも大丈夫? あんなになっちゃったら生半可な攻撃じゃ……」


「問題ない。それにこんなに迷惑かけられて俺もいい加減アイツに一発入れたくなってきたのさ」


 クスッと笑う御伽さん。


「それじゃあ決まり! 私がかく乱するからその間に雨夜君が一発入れる。その後の隙を狙って私が叩き込む! いくよ!」


「応!」


 御伽さんが空へ跳躍する。空を踏み、海上へと駆けあがっていく。

 こちらを狙っていた影は御伽さんのいる空の方へ触手を伸ばしていく。

 続いて俺も魔法で影のいる方へ空中を駆ける。


『よーし、それじゃあ合図でお願いね雨夜君!』


「いや、急に脳内に直接語り掛けてこないでくれ御伽さん、びっくりする!」


『あ、言ってなかったか『情報伝達(テレパシー)』』


 触手を避けながら斬撃を入れる御伽さん。

 それに合わせて俺も魔法を打ち込むが両方ともあまり効果は無いのかすぐに魔法の跡が塞がり攻撃がこちらに飛んでくる。


「やはり、御伽さんの一撃とやらじゃないと無理か……!?」


 攻撃をかわしつつ、またこちらも攻撃を入れる。

 無意味のようだが、少しずつ御伽さんは影から離れ攻撃を打ちやすいであろう距離へと移動している。

 そして、俺はその手前の距離で影に攻撃し続けヘイトを稼ぎ続ける。そろそろか。


『お願い! 雨夜君!』


「任された!」


 触手を魔法で薙ぎ払い、腰を落とし拳を打ち込むような体制で俺は構える。

 そして、拳を中心に魔方陣を展開し、魔力を込める。

 そして、それを中心に縦に横にまるで機械の機構の様に魔方陣を展開していく。


「まったく影野郎、お前のせいでこちとら仕事が増えるばかりだ……!」


 更に、視界の全面に魔方陣を多重に展開する。それはまるで砲身の様に重ね、その中心で影を捉える。

 循環していく魔力、これから打ち出すのは今までずっと考案を重ねていた試作の魔法。

 影は俺の魔力に反応したのか、触手を伸ばしていく。

 後ろから感じるのは強い魔力の反応、御伽さんだろう。

 魔法は使えないはずだが、なにかしらの恐らくはあの剣……。

 いや、集中だ、こちらに向かってくる触手ごとまずは撃ち抜く。

 拳に一点に魔法を重ね魔力を込める。

 バチバチと稲妻のように魔力が溢れ、辺りの飛び散る。

 それは、俺の魔法使いとしての特性を生かした北欧の神に紐づく、魔法による杭打ち機(パイルドライバ)電磁加速砲(レールガン)とも言うべき一撃。


「まったく勇者に倒されてもなおこっちにまで来て迷惑を……物語は終わりだ、いい加減……」


 腰を捻り、拳をまるで撃ち抜くように放つ。

 それに合わせ魔法陣は輝く、そして機構のようにそれは組合い重なり合い、魔法は重なった拳と共に打ち出される。

 前面の魔方陣により魔力の循環を極限まで高め、そして、強化され、放たれる一撃。


「眠れ!」


 その一撃はまるで光のように一筋の閃光から雷のように轟音と共に海を空気を抉り飛ばしながら。夜の中を駆け抜ける。

 海を削り、真っ直ぐに影に向かって放たれる一撃。


『グッォォォォオ!!!』


 影の前に魔方陣が展開される。あれは防御……!?

 そんなことまで……しかし、そんなもの意味は無い。

 雷撃を真正面から受け止める魔方陣、だが。


『オゥグアア!? アァアアァア!!』


 それはたやすく引き裂かれ、海水で出来た影の体を削り飛ばす。

 バチバチと周囲と攻撃範囲に光りが奔っている。その奥に消えることなく漂うは黒き影。


「やはり、これでは駄目か……」


『ォアアア!』


 影はその体を蠢かせながら体を海水で埋め治していく。


「だから、頼んだ!」


 すぐさま俺は空へと跳躍しこの場を離れながら空中に浮かぶ一人の少女に呼びかける。


「おーけーー!!!」


 剣を構え、不敵な笑みを浮かべる彼女、御伽さんへ。

 俺は場を離れ彼女を見守る。

 笑う彼女の周囲、そこはまるで炎が包み込んでいるかのように光が揺らめいていた。



「『神威、抜剣』!!!」



 太陽のように彼女の剣が揺らめき輝きを放つ。

 解き放たれた魔力、それはまるですべてを飲み込むかのように広がっていく。

 そして、彼女後ろに高くそびえたつ白い光で象られた騎士の巨人が浮かび上がる。

 その手に持つはそれは天を衝く程に巨大な刀身、炎のように光り煌めく剣。

 剣は、彼女が持つ輝きを放つ剣と一体に合わさり、彼女の剣の構えと巨人が重なった。

 そして、その煌めく剣は影を滅さんと振り下ろされる。


「全力で行くよ!」


 それを感じてか、海の中に沈もうとする影、しかし、それを逃がすことなく一撃は叩き込まれる。





「『炎の剣、光の剣(クレイヴ・ソリシュ)』!!!!!」





 全てを照らし、焦がさんとする剣の一撃が影のいる海を焼き消す。



『アアァアアアア!!!!』


 影は魔方陣を展開するもすぐに壊れ光にその身を焼かれる。

 その存在全てが御伽さんによって削られる。

 途轍もない威力の一撃はそのまま海を割り、奥深くの海底さえも露出させてみせる。

 その余波によって高くうねる波は近くに泊められていた船さえも持ち上げ近くの陸地にまで上がり広がっていく。


『アア、ァ、ァァッ……』


 影はその一撃に耐えられずその存在をすり減らすように小さくなっていき、魔力もほとんど感じられぬ程に小さくなっていき、そして完全に消える。

 光と炎が揺らめき、そして、その輝きを弱め見えなくなる。

 それを合図とするかのように波の揺り戻しが起き、海底は再び海に隠され見えなくなる。

 そして、そこにはきれいさっぱり黒い影の消えた月明りを浮かべた海だけが残った。

 巨人は消え、剣の光は収まる。


「はーーー疲れたーーー」


 剣が消え、言葉と共に疲れた様子でその場に立ちうなだれる御伽さん。

 そんな彼女の元へ俺は駆け寄る。


「お疲れ、御伽さん」


「んー、お疲れー雨夜君……」


「あぁ。……どうだろうか」


「うん、問題ないよ……もう気配も魔力も完全に消えてる……ってわっ」


 余程気が緩んだのかその場でふらつく御伽さん、思わず俺は手を伸ばし身体をそっと抱き留めてしまう。


「す……すまない」


「……あはは、いーよー。でも疲れたからもうちょいこのままでいい?」


「……あ、あぁ」


 憑き物が落ちたかのように微笑んだ彼女からの提案を俺は受け入れる。

 恥ずかしい気持ちがかなりあったのだが、俺は二つ返事で拒めずに答えてしまった。


「いやーそれにしてもちょー頑張ったよね! 私たち!」


「……そうだな、帰ったらゆっくり休もう」


 照れる心もあるが、それでもこの彼女の笑顔の前には受け入れざるをえまい。

 そうして、夜空の下、少しの間俺たちは会話をしながら空の中で笑い合っているのだった。

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