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8話 昭和16年12月7日その6


 ずずぅ~……


 もう開戦を前提として話が進んでおります。

 一週間前の御前会議で決定したことを覆すのは、天皇といえども難しいのですよ。


 だからベストは諦めて、ベターを選びましょう。

 そのベターの中でも、できるたけ最善な結果になるようにと、精々足掻いてみせましょう。



「それと、今からでも外務省をせっついて、ワシントンの日本大使館に急がせるように言うのも重要でしたね」


「うん、真珠湾攻撃は宣戦布告のあとが望ましいね」


「だとしたら、駐日アメリカ大使館に宣戦布告文書を手渡す方が確実かも知れません」


「しかし、日本は夜だから大使館は閉まっているよ」


「緊急の要件ということで押し通すしかありません」


「相手に失礼だけど、それしか方法はないか」



 実際に、史実ではイギリスに対して、駐日英国大使館を通じて宣戦布告していたはずですしね。

 もっとも、その宣戦布告もマレー半島上陸の後だったみたいですけど。


 コタバル上陸が日本時間で明日の夜中の一時半頃だったかな?

 それで、真珠湾攻撃が日本時間の三時すぎでしたか。


 日付が変わったあたりで通知すれば、ギリギリ騙し討ちの誹りは免れるかも知れないし。

 まあ、国際的な慣習を無視しているから、宣戦布告も自己満足の希望的観測に過ぎないけど。



「それか、陛下か東条首相がラジオで宣戦布告するとかどうですかね?」


「僕か東条が? 僕がやるといったら、侍従たちが僕を羽交い締めにして止められそうだな」


「じゃあ、東条首相にしましょう。元々、東条さんは負けた時に責任を負わせるための人身御供みたいなモノなんでしょ?」


「人身御供とは桜子さんも毒舌だね。そんな言い方をされる東条が不憫だな……」


「それにラジオで、アメリカが突き付けてきたハルノートの内容を白日の下に晒して、不当だと非難すれば、多少は同情の余地が生まれるかもしれません」



 私が疑問に思うのは、対米開戦に至った理由を説明するときに、ハルノートの存在を明らかにしていないのが不思議でならなかったのですよ。

 アメリカさんってば酷いのよ! とか、日本が世界に訴えれば良かったのにとか思わなくもない。



「外交文書を晒しても大丈夫なのかい?」


「今の日本に相手を慮る余裕なんてドコにあるのです? ましてや、これから敵になる相手なんですよ?」


「しかし、信義や外交的儀礼とかを重んじなければ、それこそ我が国は信用を失わないかな?」


「満州事変以降、日本の国際信用度はとっくの昔にマイナスなんですから、そんなの今更の話じゃないですか」



 外交的な信義を重んじて、日独防共協定か日独伊三国同盟だかを破棄しなかったから、ここまで状況が悪化したのだと思います。

 日独防共協定や日独伊三国同盟を破棄するチャンスはあったのにね?


 というか、日本の外交音痴は幕末からの伝統なんだよなぁ。同じ島国であるイギリスを見習えと言いたい。

 まあ、そのイギリスも没落寸前なんですがね!



「そ、そう言われてみると、もう既に我が国の評価は地に落ちていたのだな……」


「だから、いまさら取り繕ってお行儀よくしたところで意味ないですよ」


「な、なるほど…… 桜子さんの評価も辛辣だよね」



 まあ、戦前の日本のやらかし具合いは、一般的な現代人にとっては擁護するのが難しいと思いますしねー。



「それに、どういった経緯で開戦するに至ったのか、戦争当事国の国民は知る権利があります」


「つまり、上の人間だけが知っているだけでは不味いと?」


「たとえば、陛下が一兵卒であったとして、なんのために戦場で戦い死んでいくのか知っておきたいとは思いませんか?」


「それは確かに、知りたいかな」



 まあ、お上も本当に知られたくない、都合の悪い真実は国民に知らせるわけはないとは思いますがね。

 つまり、ハルノートのアメリカの要求というのは、できればアメリカ国民には知られたくはない内容のはずなのですよ。


 日本が戦争を仕掛けてきた理由が、アメリカが挑発したからだと知られてしまいますしね。

 逆に日本側からすれば、国民の士気を上げる燃料とも言えるわけでして。



「そもそもハルノートとは、ドイツに苦戦しているスターリンと日本に追い詰められている蒋介石。この二人の手先が国務省に介入して、日本を対米国戦争に引きずり込むために無理難題を押し付けた内容なのであります」


「うん? イギリスは含まれないのかい?」


「イギリスはチャーチルが直接ルーズベルトに言えば済むことですから」


「英米は親子や兄弟みたいなモノだから、そうかも知れないね」



 まあ、イギリスも当然ながら、アメリカの参戦を誰よりも望んでいるのだから、日本が敵対してくれるのを一番喜んでいるのは、チャーチルなのかも知れないけどさ。

 でも本音を言えば、イギリスを本気で怒らせたら不味いから、敢えて外してみたんだよね。


 それに、ハルノートの作成には、イギリスの影は見えない気がしますので。

 もっとも、見えないだけともいうけど。そこが、老帝国の手練手管なのかも知れません。


 これから戦争する相手に、ごまをすってどうなるもんでもないと思うけど、なんとなく一応ね?



「続けますね。『ルーズベルト大統領は、合衆国の若者をけして戦場には送らないと言って、過去の良識ある大統領が作った慣習を無視して三選をはたしたけど、ルーズベルト大統領の本音は欧州戦争への介入であります。

戦争介入による兵器の増産でもって雇用と景気の回復。戦争介入による戦後の世界秩序でのアメリカの発言権の確保。そして、イギリスを借金漬けにしてドルによる覇権の確立をルーズベルト大統領は狙っているのであります! 

そのためには、合衆国の若者が数十万人戦死することも厭わないのであります! ルーズベルト大統領は、選挙公約など当選すれば破っても構わないとさえ思っているでしょう。

その証拠が、日本との開戦による裏口からの戦争参加なのであります!』

こんな感じで、どうでしょうか?」


「もしかして、いま桜子さんが喋っているのは、宣戦布告で演説するための文章だったのかい?」


「雛形ですけどね。そして、『日本にハルノートを受諾させるというのは、アメリカに対して建国十三州に戻れと言っているに等しい暴挙である! しかし、我が国は貴国アメリカ合衆国に対して、そのような無理難題な要求は致しません。

そして、ロシア人や支那人の策略のために、アメリカの若者が死ぬというのは痛ましいものであります。本当のところを言えば、我が国は貴国との戦争を望んではいません。

しかし、ハルノートの要求を飲めば、我が国は貴国の属国に成り下がるも同然なのであります。仮に我が国が貴国に対して、建国十三州に戻れと、そう言われた場合に貴国は受け入れることが可能でありましょうか? 不可能だとは思いませんか?

これが、我が国が不本意ながらも貴国、アメリカとの開戦に至った理由であります! 最後に、良識あるアメリカ国民の勇気ある判断を期待します』

と、こう最後に結ぶのです。どうですか? なかなか良い案だと思うのですけど」


「なるほど、確かに日本が大陸で得た利権をアメリカに当て嵌めると、西部開拓で得た領土と言い換えることも可能か」


「アメリカ市民も、いかにハルノートが日本が飲めない内容なのだと、理解することができるでしょう。ふふっ、アメリカ市民の反応が見ものですよね」


「桜子さんは恐ろしいことを思いつくよね……」



 おろ? 陛下の顔が引き攣っちゃいましたよ。解せん。



「プロパガンダです。アメリカは民主主義の国ですから、民意を無視できないのが欠点になります」


「民主主義か…… 我が国でも選挙の時に立候補者が大風呂敷を広げていると聞いている」



 民主主義って基本的には、大衆に迎合しないと選挙に当選できないもんね。



「だから、情報戦を仕掛けて、アメリカ市民の心理を厭戦気分にさせるのですよ。そのためにも宣戦布告は絶対に必要ですし、宣戦布告前の攻撃は厳禁であります」


「騙し討ちでアメリカ世論が沸騰でもしたら、それこそ目も当てられないということか」


「はい。だからこそ、早めのラジオ演説です。具体的には深夜零時か遅くとも、午前一時には宣戦布告しませんと」


「時間がないね。急がないと」


「ああ、あとイギリス大使には、『おめでとうございます。これで貴国の望むアメリカ参戦が叶いましたぞ!』とか、恩の押し売りをしておきましょう」


「それでは、ブリテンお得意のブラックジョークならぬ、ブラッディジョークだよ……」



 おろ? 陛下の顔が更に引き攣っちゃいましたよ。解せん。



「でも、『本音を言えば、貴国とは戦いたくなかった』とか、おべんちゃらでも言っておけば、講和の糸口にはなるかも知れませんよ?」



 目指すは無条件降伏ではなく、条件付きの降伏、講和です。

 まあ、非常に難しい注文だとは思いますので、心理戦、情報戦で揺さぶりを掛けるしかないのかなぁ。


 勝利? 99%無理な注文でーす。



「神の御遣いである桜子さんが協力してくれたとしても、やはり負けるのかね?」


「私にも出来ることと出来ないことがあります。私は医者ではありませんので、この時代の頭の固い軍人の治療は専門外です」



 あ、薬ならネットショッピングでも買えるのか。でも、医者が処方箋を書かなければ出せない薬も買えるのかな?

 ちょっと検索してみましょう……


 抗生物質も買える? ああ、軟膏に抗生物質が入っているヤツだけみたいだな。さすがに内服薬は無理みたいでした。

 でも、サルファ剤は買えるようですね。それも内服系のヤツまで。


 この内服系のサルファ剤は、南方に派遣された兵士のの感染症対策にはかなり有効っぽいですね。

 マラリア対策のキニーネは、市販では売ってなさそうですね。どうやら、副作用が強くて基本的には禁止になったみたいです。


 あとでちゃんと調べてみましょう。


 まあ、ロボトミー手術でもしない限りは、頭の固い軍人は治らなそうな気もしますがね!


 でもそれをしたら、語尾にスとか付いちゃいそうですよね?

 あの架空戦記は衝撃的だったよ……



「つまり、用兵側である軍人の意識改革が必要ということだね?」


「戦術が猪突猛進の猪では、死んでいく兵士が可哀想です」


「それは、ノモンハンみたいな状況ということだね?」


「どうせ戦場で死ぬのであれば、ちゃんと敵に打撃を与える有意義な死でなければ、それは無駄死にというモノです」


「有意義な死か……」


「むやみやたらに、機関銃が待ち構えている陣地に突撃をさせるとか、そんな無謀な命令なら子供でもできるのだから、司令官や参謀が存在する意味ありませんよね?」



 そういえば、マッカーサーか誰かに、日本人の精神性は12才だか14才だとか言われてましたっけ?


 日本人は熱しやすいから煽ったら簡単に沸騰するし、でも基本的にお人好しが多いから騙されやすいですしね。

 悪意のある外国の人間からみれば、面白いように勝手に転がってくれて、きっと笑いが止まらなかっただろうね。


 あー、これらを全て含めて、12才の精神性って言われたんだろうなぁ。



「精神論、精神主義が行き過ぎているとは、僕も思っているんだよね」


「陛下の赤子とかいう割には、兵の扱いがぞんざいなようでして」


「大元帥としては耳が痛いよ…… どうやら、これから始まる戦争を遂行するにあたって、軍人の意識改革が必要なようだね」



 どうやら、陛下の意識改革は順調に進んでいるようでなによりです。

 これなら、上官が部下の兵たちを労わってくれるのを、少しは期待してもいいのかな?


 でも、一朝一夕に意識改革ができるのであれば、とっくの昔にやっていて、今のような危機的な状況には陥ってませんでしたか。

 まあ、その辺りの改革は私には無理なので、大元帥陛下に期待しましょう。


 あ、ちなみに、個人輸入の通販で内服系の抗生物質も買えました!

 これらの薬を前線に行き渡らせて、戦病死が減ることを期待しましょう。


展開が遅くてすまぬ… これで一旦茶飲み話は終了です。長かった~

クドくなくサクサクと書ける作者さんを尊敬します。


語尾にスってなんだろう?

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― 新着の感想 ―
[一言] ローズベルトの演説でだまし討ちはそれほど重要ではなかったりします、外交交渉の裏で攻撃準備をして攻撃してきた事が重要なんですね。 紺碧の艦隊では荒巻先生が上手くやりかえしましたが、史実の日本…
[気になる点] 「ノモンハンみたいな状況」と、もしかすると犬死の代名詞のように使われているのかも知れませんが、一応四倍の兵力を投入したソ連軍の死傷者の方が多かったような。これも宣伝戦の敗北でしょうね。…
[一言] 語尾に「ス」ねw あそこまでやって良いんだと、眼から鱗でしたよw
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