22話 追浜飛行場にて その3
横須賀 追浜飛行場
ブルんっべっべべ……
金星エンジンに直結されたプロペラが変な音を奏でています。
しかし、今にも回転が止まりそうな感じがして、気を揉ませる音に聴こえてしまうのはナゼ?
だけど、ピコちゃん曰く、これでも正常な音だそうです。
そんなこんなで、完成した試作零戦改を操縦して、タキシングをしながら追浜飛行場の滑走路に入ってきました。
ちなみに、私が操縦してタキシングしています。ピコちゃんの指示に従っているだけどさ。これぐらいなら、私にも出来るのですよ。
それにしても、この機体はもう既に零戦ではないような気もしますね。現行の零戦に比べたら、頭でっかちで些か不細工な姿になってしまったのだ!
金星エンジンは栄エンジンと比べて、直径は70mmほど大きいですし全長に至っては200mmも長いのです。
だから、零戦に比べて機首が伸びていますし、エンジンの直径が大きくなった分、35mmづつ段差も付いているのですよね。
まあその段差は、推力式単排気管を取り付けるのに都合が良かったりもしたので、結果オーライということで。
つまり、この零戦改なのか五三型というのは、陸軍機の三式戦飛燕を改造した、五式戦みたいな機体ということになります。
それと残念ながらも、排気タービン過給機は装備が間に合いませんでした。
私がピコちゃんの力を借りて、あーだこーだと言ってもソレを短期間で実用化するのは、この時代の日本の技術力や工業力では無理ということですね。
排気タービンを実用化するには、エンジンの部品を耐熱性を高めた金属に作り直すところから、始めなくてはならないのですよ。
つまり、ニッケルとかをふんだんに使った合金ですね。
もしかしたら、排気タービンよりも二段式のスーパーチャージャーのほうが、この時代の日本では製造しやすいかも知れませんね。
もっとも、戦時中の日本で二段二速のスーパーチャージャーが開発されたとは、寡聞にして聞いたことはありませんけれども。
おそらくは、スーパーチャージャーを二段にする発想が出てこなかったのかな?
ちなみに、この機体に載せている金星エンジンは、ハイオクガソリンを使用するのが前提ですので、水メタノール噴射装置は外してあります。
オクタン価が96以上あれば、水メタノールを使用する機械は必要ないはずですしね。
それに、この機体は試作機なのか実験機の類いですから、私の好き勝手にさせてもらいました。まあ、設計したのはピコちゃんだけどさ。
それはそうと、いよいよ離陸開始の時間です。
『ピコちゃん、操縦は任せたよ』
『了解しました。マスターの身体お借りしますね。アイ・ハブ・コントロール』
※※※※※※
『こちら管制、A6Y1一号機の離陸を許可します』
追浜飛行場の管制官から、離陸の許可が出ました。というか、ちゃんと管制官いたんだ。
戦前は無線機の質がイマイチだから、管制なんてなかったと思ってたよ。
てっきり、白旗を振って離陸の許可をしていると思っていました。
まあ、この機体に積んでいる無線機は、この時代の日本では一番性能の良い航空機搭載用の無線機ではあるのですが。
そう考えたら、無線機の品質の向上も重要な課題の一つでしたね。
この時代でも可能な範囲で、品質が向上できるような無線機の改良案をピコちゃんに出してもらいましょう。
技術的なことは私が考えるよりも、ピコちゃんに任せたほうが早くて確実だからね。
「こちらA6Y1一号機、了解」
なぜ、零戦の記番号であるA6M○ではないのかって?
艦上戦闘機を表すAと零戦の計画番号の6までは同じなんだけど、Yは空技廠でというかピコちゃんが設計し直したからですね。
つまり、零戦は零戦でも全く別の改造機であると、海軍はそう認識しているということになります。
『マスター、行きますよ』
『ピコちゃん頼んだよ』
『頼まれました』
そう言ったピコちゃんが、私の身体を操ってスロットルレバーを押した。
右足のラダーペダルを踏んで、左へと機首が振りそうになるプロペラの反トルクを押さえ込みながら、A6Y1試作一号機は加速して行く。
プロペラ機って反トルク作用で、プロペラの回転方向と逆の方向に曲がる力が掛かるので、ラダーペダルを踏んで方向舵を操作して、機体が真っ直ぐに進むように調整してあげなければならないのですよ。
これが、空母の艦橋は右側のほうが案配がよいという理由ですね。
二重反転プロペラ? 日本の工業力と技術力で、まともな二重反転プロペラを装備した機体が、前線の過酷な環境で整備できて、まともに運用できるとでも?
まあ、内地で専用の整備部隊を持っているなら、二重反転プロペラの機体も役には立つとは思いますけど、限られたリソースの無駄のような気がしないでもない。
『……V1通過、 ……V2!』
『マスター、V1もV2ありませんよ。離陸を中止してもちゃんと止まれます』
『なんとなく言ってみたかったんだよ。お、浮いた!』
操縦桿を手前に引いたら、フワッと浮く感覚がしました。男の人だったらタマタマがヒュンとなる感じなのかな?
まあ、私の前世がどっちの性別だったのか記憶がないから、なんとなく知識的な感覚なんだけどさ。
向かい風5メートル前後で、離陸距離は120メートルといったところでしょうか?
あっという間に空へと舞い上がって、私の身体をシートに押し付けながら機体はグングンと加速して上昇していきます。
ひょいとキャノピーから斜め下を覗いてみると、眼下には横須賀海軍工廠が見えました。あの馬鹿デカイ建造途中の軍艦は、大和型戦艦の三番艦である信濃ですね。
潜水母艦大鯨から改装中の空母龍鳳も見えます。大鯨から龍鳳といえば、ディーゼルエンジンの品質も向上させなければいけなかったのでしたか。
でも、戦前の日本は欧米に比べたら工作精度も低いのに、品質管理という概念がほとんどないみたいだから、どうなることやら。
職人がヤスリ掛けしなくても、ピタッと合わさる部品を作らなければ、エンジンの不具合が続出して戦争どころではなくなってしまいますよ。
こうやって零戦改を操縦しながら、海軍工廠で建造されている軍艦を見せつけられると、否が応でも本当に昭和16年という時代にいるのだと実感させられます。
『現在の上昇率、毎秒約19メートル』
『毎秒19メートル?』
『高度5000メートルまで、約4分23秒ということです』
私の目の端に見えている、デジタルのストップウォッチが離陸からカウントしていたのは気が付いていたけど、なにを計っているのだろうと思っていたら、上昇時間を計測していたのでしたか。
まあ、多分そうなんだろうとは思っていたけどね。
『それって鍾馗とか迎撃機並みの上昇力じゃないの?』
『そうですね。二式単戦とほぼ同等の上昇力になりますね』
『ほぇ~、この機体って凄いんだね』
『ピコマシンであるわたしが設計し直したのですから、これぐらい当然です』
そういえば、パワーウエイトレシオも2kg切っていたんだっけ?
そりゃ、いくら主翼の形状が速度重視ではなくて機動性重視の形状だったとしても、加速力と上昇力があって当然でしたか。
あの非力な栄エンジンと同じハ115を積んでいる一式戦隼でさえ、4分50秒を切るタイムで5000メートルまで上がってこられるのだから、隼や零戦よりもパワーウエイトレシオが軽いこの機体なら、それ以上の上昇率でも当たり前なのかも知れません。
『ピコちゃん、高度5000メートルに到達したよ。離陸から4分25秒だね』
『想定よりも2秒遅れですか。まあ、こんなものでしょう』
ちなみに、高度5千メートルとはいっても、私の身体は酸素マスクを必要とはしません。酸素マスクを使用するフリをして、マスクは顎の下にずらしてあります。
本当は電熱服も必要ないけど怪しまれるといけないから、仕方なく電熱服はちゃんと着ているのですけどね。
飛行帽も私には必要ないけど、犬の垂れ耳みたいなのが付いた飛行帽は気に入りました。
オマケでゴーグルは、おでこの上でオブジェと化しています。
『今度は水平飛行に移って、最高速度に挑戦するの?』
『先に実用限界高度を確かめましょう』
『りょ~かい』
『高度6000メートルまで、5分24秒』
高度5千メートルから6千メートルまでの1千メートルに掛かった時間は、59秒ですか。一気に遅くなった感じがしますね。
もっとも、5千メートルに昇るまでも徐々に遅くなってはいたみたいだけど。
『さすがに、5000メートルまでの1000メートル平均の53秒とまでは行かなかったみたいだね』
『高度が上がるにつれ、上昇に必要な時間が余計に掛かるのは仕方ありません』
遅くなったとはいっても、零戦二一型に比べたら2分以上速いですし、五二型と比べても1分半以上は早く高度6千メートルに到達できているのだから、排気タービンなしの機体としては十分な上昇力ではあるのですがね。
F4Uコルセアの4型以降や、P-51ムスタングのD型以降と比べてはいけません。アレらはバケモノみたいなモノですので。
高度2万フィートまで、つまり6千メートルちょっとまで上昇するのに、4分40秒とかしか掛からないなんて、下手したら第一世代のジェット戦闘機とそんなに変わらない上昇力なんじゃね?
F4U-4の上昇力って、グロスター・ミーティアよりも速そうだな。もしかしたら、メッサーシュミットMe262でも負けるかも知れない。
『やっぱ高度6千メートルから上は、排気タービンがあったほうが良さげな感じかな?』
『8000メートルまでは、なんとか誤魔化すこともできるでしょうけど、それ以上の高度ではターボチャージャーが無いとアップアップでしょうね』
『やっぱそうだよね。ハイオクガソリンだけでは厳しいよね』
『この時代の日本軍が使用しているガソリンとは雲泥の差ですけど、それでも高高度では厳しいでしょうね』
排気タービンの製造もだけど、ハイオクガソリンの製造も重要なんだよなぁ。
四エチル鉛の増産やニトロを使ったブーストが上手く行かなかったら、オクタン価向上の添加剤を未来から取り寄せるしか方法はないのかな?
まあ、うじうじと悩んでも仕方ないし、今はコクピットから見える景色を楽しみましょう。
冬晴れの東京湾上空は見晴らしも良く、遠くに雪化粧した富士山も見渡せます。
洋上を見下ろせば、船舶の航跡だろう無数の白波が尾を引いているのが見えます。漁船や貨物船にタンカーとかなんでしょうね。
つまり、日本の食卓や物流を支えているのは船ということです。
この無数に見える尾を引く白波が見当たらなくなった時こそ、きっと日本の敗戦なのだろうと思います。




