17話 昭和16年12月中旬その4
「陛下、連合艦隊から独立させた組織として、海上護衛総隊の立ち上げを早急に実施するべきかと」
「海上護衛総隊?」
「日本が大陸や欧米植民地から輸入している各種資源は、年間で400万トン以上になります。この大陸や南方からの資源の輸入が止まれば、日本は干上がります」
21世紀の未来では、数億トン以上を海外から輸入しているのだから、戦前の輸入量である400万トンなんてちっぽけな数字なんだけど、この時代では400万トンとはいっても、まさに死活問題なんですよね。
「そう考えると、通商路の確保は重要であったな」
「最重要課題ですよ。日本は島国なのですから、シーレーンの防衛は絶対に必要不可欠です」
「干上がってしまえば、戦争どころではないということだね?」
「同盟国のドイツがイギリス相手に仕掛けている潜水艦作戦。これをイギリスと同じ島国の日本がアメリカにやられない訳がありません」
「道理ではあるな」
商船が沈められると、石油が入ってこないから船が動かせない。鉄が入ってこないと船が兵器が弾薬が作れない。ボーキサイトが入ってこないと飛行機が作れない。
ニッケルが入ってこないと高性能エンジンが作れない。綿花が入ってこないと火薬が作れない。食糧が入ってこないと食べるものが足りない!
うん、戦争どころではないですね。
「私の歴史では、昭和18年の11月に海上護衛総隊が設立されましたけど、その時にはもう既に時機を逸していたのです」
「商船の護衛は海軍の大切な役割だけど、海軍はこれを軽視していたと?」
「そうなりますね」
「むむむ、海軍は何を考えているのだ……」
あえて海軍を擁護するならば、軍艦が足りないから商船の護衛にまで手が回らなかったと言えるのかも知れないけど。
だから、商船が大量に沈められて日本経済が立ち行かなくなる前に、短期決戦で決着をつけようと志向して、艦隊決戦に夢を見てしまったのかも知れません。
でもそれって、海軍の軍人だけの偏った視点だよなぁ。
「練習艦となっている、平戸と矢矧を強奪できませんか? あとできれば、敷設艦になっている常盤も」
「えらく古い艦の名前が出てきたね。しかし、強奪とは穏やかではない」
「海軍も現役の巡洋艦を手放すことには難色を示すでしょう」
「確かに現役の巡洋艦を寄越せとか言っても、作戦遂行が覚束ないとか言って反対されるだろうなぁ」
手元に戦力を置いてないと、心細くなりますしね。
たとえ私が海軍軍人であったとしても、巡洋艦は手放さないと思いますので。
でもね? 海軍だけでモノを見る視点と、日本全体や国際情勢まで踏まえてモノを見る視点とでは、見えてくるモノも違うのですよ。
立場が違えば、考え方も自ずと違ってくるということです。
「本音を言えば、天龍型と球磨型の軽巡洋艦は全部強奪したいところではありますが」
「さすがに、それ全部を強奪するのは海軍が可哀想だよ」
「だから、こちらもロートルの練習艦で妥協しているのです。ああ、最初に全部寄越せと言ったほうが、案外練習艦はすんなりと手放してくれる気もしますね」
「桜子さんは悪徳商人になれそうだね」
「商品の値引きと似たようなモノですよ。最初に過大な要求を言って、交渉で徐々に妥協するように見せかけるのはテクニックの一つです」
「な、なるほど……」
日本人は交渉が下手だから、外交も欧米の手のひらで転がされてしまうのでしょうね。
国際社会や外交というのは、権謀術数が渦巻き魑魅魍魎が巣食う世界なのだから、誠実なだけでは相手に舐められてしまいますし、人が良ければがぶりと相手に食われてしまうのです。
そんな欧米列強の交渉術を知悉していないから、ハルノートの要求を最後通牒と受け取って、交渉を諦めてしまったのかも知れません。
アメリカ側も本気で、あの内容を全部日本が飲めるとは思ってないのだから、まだ交渉の余地は残されていたはずだと思います。それを、日本人が理解してなかったのが開戦の原因の一つなんだろうなぁ。
アメリカの本音は『まさか、あの程度で本当にブチ切れやがった!』とか、もしくは『なんで交渉を打ち切って、いきなり戦争に訴えるの?』こんな感じでしょうかね?
日本人の気質をかなりの精度で理解していて、ハルノートの内容を強硬なモノに変更させたアカにしてみれば、してやったりだったのでしょうけど。
アメリカ側からすれば、欧州の戦争にアメリカが介入している時に、日本が中国や東南アジアで大人しくしてくれていれば、それだけでよかったはずですし。
まあ、これで戦争をする口実ができたと喜んだのが、政財界の多数の本音ではあるとは思いますけど。
だから、アメちゃんは日本に感謝してもいいのよ?
「それと、『ちゃんと商船を護衛すれば石油に頭を悩ますこともなく、鉄不足に陥ることもなく軍艦の建造も捗るので、良いこと尽くめですよ。
その船団護衛を、連合艦隊に代わって海上護衛総隊が引き受けますので、連合艦隊は夢にまで見た念願のアメリカとの艦隊決戦に専念することもできます。その代わり、艦隊決戦では役に立ちそうにないけど、護衛には使える旧式艦を譲ってくれませんか?』
と、まあ、こう囁くのです」
「まるで悪魔の囁きみたいだ……」
詐欺師は甘い蜜を垂らして、相手を陥れるのが常套手段らしいですよ?
「元々は海軍が商船をちゃんと護衛してくれるのであれば、わざわざこんなことをしなくても済むのですから、文句なら海軍に言ってください」
「それもそうだったね…… それで、平戸や矢矧が欲しい理由は、海上護衛の旗艦としてかな?」
「商船を守る護衛空母に改装させるためです」
「護衛空母? そんなに艦齢が古い艦をいまさら空母に改造して、耐久性とかは大丈夫なのかな?」
筑摩型防護巡洋艦の平戸や矢矧は、あの艦橋の低いフラットな姿が空母に改装するのに適している気がするのですよね。
それに古いとはいっても、平戸と矢矧は金剛型戦艦と変わらない艦齢なのだから、まだまだ十分に現役として活躍できるはずです。
まあ、さすがに日露戦争に従軍経験がある、常盤が古すぎるとは私も思いますけど。
常盤の姉妹艦である浅間は、調べたら竜骨を損傷して船体断裂寸前までいった事故を起こしているらしいので、さすがに現役として運用するのは躊躇われるので止めにしておきました。
「三年か四年だけ使用に耐えられればいいのだから、問題ないかと思います」
「アメリカとの戦争中だけ運用できれば十分という割り切りかな?」
「おっしゃるとおりです」
所詮は戦時改装の急造の護衛空母なのだから、簡易な作りでも十分なのですよ。
その方が、改装工事の期間も短縮できるし、実戦にも早く投入することができるようになるので、良いこと尽くめの気がしますね!
戦場とは待ってはくれないのだから。
「しかし、筑摩型防護巡洋艦だと空母に改造するにしても、少しばかり小さすぎやしないかい?」
「鳳翔や瑞鳳みたいに、艦橋がなくて飛行甲板だけの形にしますので、艦の横幅が小さくても大丈夫だと思いますよ」
ええと、筑摩型防護巡洋艦の全幅は、14.22メートルですね。これなら狭くは感じるけど、なんとか航空機を積むことができるでしょう。
天龍型軽巡洋艦は、12.42メートルですか。これだと、かなり厳しいのかな? でも、主翼を折り畳み式にすれば、この狭さでも大丈夫な感じもするけれども。
艦載機は精々十機から多くても十数機程度しか搭載できないと思うけど、艦隊攻撃型の空母ではなくて、あくまでも船団護衛のための護衛空母なのだから、少数の対潜哨戒機を搭載できれば十分でしょう。
そして、飛行甲板の両側には、これでもかと思えるほどの対空機銃をズラリと並べるのである。具体的には片舷で50丁以上は対空機銃が欲しいですね。
高角砲は、そんなの設置する場所もないし重いし数も撃てないし、いらん。
海軍の九六式25mm対空機銃も、箱型弾倉で15発しか撃てないので、いらん。
弾幕を張るというのは、数を撃たなければ意味がないのです。
マ弾の使える20mmと12.7mmのベルト給弾式の航空機関砲を改造したのがあれば十分だと思います。
弾幕はパワーだ!
機関は石炭重油混合の蒸気タービンだと場所を取りますので、艦本式22号10型ディーゼルエンジンに載せ換えましょう。ディーゼルエンジンのほうが燃費も良いので、航続距離も伸びて船団護衛にはうってつけだと思います。
11号は故障がちなので、いらん。まあ、私がピコちゃんに頼んで部品を作り直せばいいだけような気もしますが。
22号10型を四基載せれば8400馬力になりますし、5000トンの船体でも20ノットぐらいは出せると思います。
最大速力が20ノットだと合成風力を作るのが心許ないと感じるなら、六基載せれば大丈夫でしょう。六基だと、12,600馬力で25ノットぐらいでしょうか?
「横幅もそうだけど、飛行甲板の長さは足りるのかい?」
「搭載を考えている航空機は、陸軍のキ36九八式直協機を予定していますので、飛行甲板が140メートル程度の長さしかなくても楽に発艦できます」
離陸距離が短くて済むと評判の零式艦上戦闘機、いわゆるゼロ戦の全備重量での翼面荷重が、107.89kg/㎡。
零戦は無風の状態でも200メートル程度で離陸でき、30ノット以上で向かい風の合成風力を作り出した空母からの発艦だと、80メートル足らずで離陸できるとかなんとか。
その短距離離陸に定評のある零戦に比べても、九八式直協機の翼面荷重は、91.1kg/㎡と零戦よりもさらに軽いのである。
つまり、九八式直協機は零戦よりも、短い距離で離陸が可能な機体なのです。
着艦フックを付けて、主翼を折り畳めるように改造して、少し機体を補強すれば空母での使用にも耐えられるでしょう。
史実でも陸軍機なのに、着艦フックを取り付けた実験機を作っていたみたいですしね。仮に100kg重くなったとしても、96.6kg/㎡だし、200kg重くなっても、102.15kg/㎡の翼面荷重で収まるのです。
だから九八式直協機は、飛行甲板の短い小型空母に適した存在だと思います。
30kgの爆弾を6発ぐらい装備して対潜哨戒に当たらせたら、敵の潜水艦にとっては十分に脅威にならないかな?
「しかし、九八直協の生産は終了してなかったかな?」
「前線の現場からの要望で、来年に生産を再開する予定になっているはずです」
「なるほど。それにしても、空母に陸軍機とは…… 海軍の連中が五月蝿そうだな」
「この期に及んで、やれ陸軍だ海軍だとかセクショナリズムに拘って、事の本質を見誤るほうが危険です」
過激な言い方をするならば、利敵行為といっても過言ではないでしょう。
しかし、面子に拘って内輪揉めで味方の足を引っ張り、いたずらに時を浪費するのは、まさしく敵を喜ばせて敵を利する行為なのだから、利敵行為と言われたとしても仕方ないと思いますね。
「そうだったね。今は戦争中であった」
「まともに商船の護衛をする気もない海軍の声など、黙殺しておけばいいのですよ。むしろ輸送する兵員を海の藻屑にされたくない、陸軍の協力を仰ぐべきかと」
「だから桜子さんは、あえて九八式直協機を選んだのかな?」
「それも多少はありますけど、海軍機を強奪すると前線に配備される機体が減りますので、その分現場に負担が掛かります。それを避けるためですね」
護衛用の零戦はそのうち絶対に強奪してみせますけどね!
最初は九六式艦戦で妥協してもいいけど、7.7mm機銃だと豆鉄砲だから、改造して、12.7mm機銃を装備させたくなるよ。
「なるほど、陸軍機なら多少は余裕がありそうだし、良い考えかも知れないね」
日中戦争の最中なのに、九八式直協機の生産ラインを閉じるぐらいには、陸軍にも余裕があったのでしょうね。そう、今までは。
これからは、なりふり構っていられなくなりますけれども……
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東京 海軍省
「海上護衛総隊?」
「ああ、なんでも連合艦隊から船団護衛の任務を独立させて、連合艦隊には戦闘に専念して欲しいそうだ」
「船団護衛の煩わしさから解放されるのであれば、用兵側の人間からしてみれば願ったりかなったりの方策じゃないか」
「そこで、練習艦になっている平戸と矢矧に、敷設艦の常盤を欲しいそうだよ」
「平戸と矢矧はともかく、常盤は古いとはいえ一応現役の艦だぞ? 機雷敷設艦は少ないのだから出すのは無理だよ」
「最初は天龍型と球磨型も寄越せとか言ってきたのだぞ」
「そんな無茶な話があるか! 作戦が立てられなくなるぞ!」
「それならば、建造中止になった香取と同型の練習艦があったろう? あれを回せないか?」
「ああ、273号艦ならば、先月に中止が決定になったばかりだから、あれならまだ解体も進んでないだろうから大丈夫だろう」
「それで、海上護衛総隊には海軍だけではなく、陸軍や民間の商船員からも人を入れるそうだ」
「なんでまた? 商船員はともかく、陸さんは海に関しては門外漢もいいところだろう?」
「軍艦乗りの人手を取られずに済むのであれば、それに越したことはないのだから、いいことじゃないか」
「まあ、それもそうか……」




