11話 昭和16年12月8日その2
「陛下、もう一枚二十円金貨を下さい」
「さっき神が言っていた、月々4980円のプランというヤツに必要なのだね?」
「はい、年間だと税込みで65736円ですね」
「なるほど。二十円金貨で少しお釣りがくるということは、月々1円50銭程度と考えれば安いのかな?」
金の価値は物価が上がっても、物価レートとほぼ比例して上がって行くから価値が毀損しなくて助かります。
これが紙幣だと額面通りの価値にしかならないから、この時代の紙幣は未来だと紙くず同然にしかならないしね。
「まず最初に陛下には、前世の私の時代が辿った歴史を映像で見てもらいます」
「映像?」
「はい、戦争を遂行して行くにあたって、これからの日本に何が必要で何が不要なのか理解して頂きたいのです」
カラーで見る第二次世界大戦や、ドキュメンタリー太平洋戦争みたいな映像とかが、良さげな教材になりそうですね。
つまり、ショック療法で危機を煽って、陛下に政治と軍事に口出しさせるように誘導するという寸法であります。
「なるほど、桜子さんの世界の歴史から学んで、僕に戦争で負けない方策を考えさせるのだね?」
「アメリカに勝利するのは難しいでしょうから、引き分けの講和か条件の良い降伏を狙うしかありません」
この非常事態では、陛下に強権を振るってもらわなければ、戦争と言う国難は乗り切れないと思いますので。
愚直に立憲君主制の議会政治を守っても、国が滅んだら元も子もありませんしね。
大政翼賛会? あれも一応は議会政治ですよね? 詳しくは知らんけどさ。
「戦争は始めるのは簡単だが、終わらせる落としどころが難しい……」
「敵と言う相手がいることですからね」
それを理解している人が少なかったのでしょう。
だから、無謀なアメリカとの戦争を安易に選んだのだと思います。
おしゃべりをしながらも、私の手は休まずにガサゴソとノートパソコンの梱包を剥いで中身を取り出しました。
ちなみに、モニター画面の種類を選べる場合は、私は迷わずノングレアを選択します!
ほら、自分の顔や部屋の後ろが画面に映ると気が散りませんか?
「この機械は、テレビジョンが進化したと考えればいいのかな?」
「それに、電子計算機とタイプライターが付属していると理解しておけば、だいたい合ってます」
取り出したノートパソコンを広げて、ディスプレイを見た陛下の感想はテレビでした。
まあ、あながちテレビでも間違いではないですしね。
「そうか、未来のテレビジョンはこんなにも薄いのか。科学技術の進歩というのは凄いモノだね」
「技術とは日進月歩ですからね」
まあ、その割には、ブラウン管の時代が長かったような気もするけど。
そういえば、液晶ディスプレイや薄型テレビの先駆者も日本企業でしたね。
「HP? このロゴは会社の名前かなにかかな?」
「ヒューレットパッカードの略でアメリカのコンピューターメーカーですね」
そう言って私はパソコンを立ち上げた。メーカー品はすぐに設定が完了するから楽ですね。
「アメリカの会社の製品だったのか。なんとも複雑な気持ちにさせられるな」
「作っているのは日本の工場で作っていたはずですよ。基幹部品のCPUはアメリカの会社のマレーシアかコスタリカの工場で、OSはアメリカの別の会社が製作しています」
「CPUにOS?」
そっか、CPUやOSとか言っても、この時代では通用しないのでしたか。
「CPUは、セントラルプロセッシングユニット。中央処理装置の略で、プロセッサー、演算装置とも呼ばれています。OSは、オペレーティングシステム。運用管理システムの略ですね」
「なるほど、それらが未来の科学技術なのか……」
「今から四十年後ぐらいには、このノートパソコンの原型は生まれていたはずです。デスクトップと呼ばれるパソコンはもう少し前でしたけど」
「科学技術の進歩が早すぎて、四十年後の未来というのは想像もつかないよ」
それよりも前に、人類は月に降り立っていると言ったら、陛下は信じるかな?
そういえば、宇宙開発競争のおかげで、コンピューターの進化が早まったんだっけ?
ロケットの弾道計算や大気圏突入、スイングバイとかの計算に必要だから、コンピューターの開発が促進されたような気がしましたね。
軍事技術から民生品に降りてくるといえば、インターネットも元々は軍事通信用の技術でしたか。
「そういえば、一般家庭用で初めて成功を収めたノートパソコンは日本製でしたね」
「日本製? 未来では我が国でも、こんな凄い物が作れるのか」
「昭和五十年代からの日本製品は、高品質で世界市場を席巻してましたよ」
まあ、そのおかげで、日米貿易摩擦などが起こったりもしていましたけど。
「日本の製品が? それは凄い! それに戦争に負けても、昭和の年号が続いているということは、僕は長生きして国も滅んだわけではなかったと?」
滅んだと言えば滅んだようなモノの気がするよなぁ。現に大日本帝国という国は消滅したのだから。
うーん、どう説明したらいいんだ?
「ま、まあ、詳細は映像を見て確認してみてください。私が説明するよりも理解できると思いますので」
「それもそうだったね」
でも、アメリカとの戦争の先行きを映像で見せつけられたら、ショックを受けちゃうのだろうなぁ。
しかし、陛下に意識改革してもらわないと困りますので、必要なことだと割り切りましょう。
※※※※※※
「こ、これが、我が国の数年後の未来とは……」
わなわなと震えながら、ようやく絞り出した言葉がそれでした。
ドキュメンタリー太平洋戦争の映像を見た陛下の感想です。南無三。
「だから、私は対米開戦に反対だったんですよ」
「むぅ、原子爆弾というのは恐ろしくて惨すぎる……」
あんな映像を見せられれば、声が詰まるのもむべなるかな。
もっとも、私に言わせれば、通常の爆弾や焼夷弾の爆撃で死んでいった一般市民も、原爆で死んだ人間と何ら変わりはないとは思いますが。
まあ、B-29が一機か数百機の違いはありますけど。
「これほど悲惨な状況になるとは想像もしていなかったのだよ。こんな結果になるのが分かっていれば、アメリカとの開戦は何がなんでも中止させていたよ……」
まあ、私が口で数字だけ言っても、あまり実感が湧かなかったのは仕方ありません。
ここまで一方的に凄惨な殺戮劇になるのを想像しろというのは、さすがに無理があると思いますしね。
人間、自分の想像力以上の想像はできないのだから。
私がこの時代の政治家や軍人だったとしても、日本がここまで焼け野原になると想像することはできなかったでしょうね。
それほどまでに、第二次世界大戦という戦争は、兵器の進化のスピードが凄まじく速かったのだと思います。
兵器のエポックメイキングだったと言っても過言ではないでしょう。
「しかしあくまでも、これは私が前世で生きていた世界の歴史です」
「……そうだったね。ということは、この歴史を変えることも可能性としてはあるんだね」
「もう既に東条首相の演説という、史実には無かった出来事が発生しているのですから、少しだけど歴史は変わっていますね」
もっとも、これから先なにもしなければ、陛下に見せた映像と似たような結果が待ち受けているのは、ほぼ確実な気がしますね。
「桜子さんは、こんな悲惨な未来を回避させようと、僕にこの映像を見せたんだね?」
「そういうことです」
「であるのならば、僕が手をこまねいている訳にはいかないな」
「しかし陛下、君臨すれども統治せずの理念はいいのですか?」
とりあえず、この言葉は言っておいたほうがいいでしょう。
なんといっても、これから陛下が行おうとしていることは、些か立憲君主制から逸脱しようとしているのだからね。
まあ、専制君主とまでは行かないとは思いますけど。
「棚上げ! 棚上げ! 一時棚上げ!」
「ですよねー」
「試すようなことを言うなんて、桜子さんも人が悪い」
「いやぁ、それでも臣下に丸投げするのかなぁって少しは思いまして」
「あんな凄惨な映像を見せられたら、もう臣下だけに任せてはおけんよ。破滅的な未来を回避するためにもね。だから、桜子さんにもキリキリと働いてもらうよ!」
おぅふ、とんだ薮蛇でしたか…… 神を試すなかれでしたね。とほほ……
「ところで、桜子さん……」
「どうかなさいましたか?」
「このマウスとやらを動かすと、机から落ちてしまうのだが?」
PC初心者あるあるってヤツなのかな……?