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ラスト・ボス ~囚われの探索者は今日も脱走する~  作者: 浮谷柳太
第四章 地底の未来は明るく
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第21話 鬼と死神

『ようこそ、第50層へ。よくぞここまで辿り着いた』


 鬼畜な難易度を誇る深層を乗り越え、ついに最深部までやってきた探索者たちを全身鎧の騎士が出迎えていた。


 もちろん友好的なムードは一切なく、探索者たちはそれぞれがもつ特殊な道具を油断なく構えていた。さすがに全員が無傷とはいかず、5人いた死神集団はいまや3人に数を減らしていた。

 いなくなった2人は死んでいないものの、これ以上の戦闘は不可能と判断され安全な階段で残されている。彼らは万全を期すよりもいち早く<地底闇>を踏破することを選んだのだった。


 一方で迷宮側陣営も錚々(そうそう)たる面々だった。

 中央には不気味な全身鎧の騎士。その両脇を固めるのは、第44層の階層ボスでもあったオーガと、第49層にもいる巨大な大蛇だ。


 鬼と蛇を従える騎士は、ただしくラスボスの様相を呈していた。


『ふむ、しかしよく仲間を欠いた状態で踏み込んできたものだ。よもや貴様ら3人だけで我を倒せるとでも? もしそう思っているならば舐められたものだ』

「御託はいらねぇ。てめぇが管理者だな?」

『さて、どうかな? ただ、一つ言えることがあるとすれば、それは我らが貴様らの前に立ちはだかる最後の敵であるということだ』


 その言葉に反応して殺気が吹き荒れる。

 騎士は鎧兜の中で密かに「やべ、余計なこと言った」とぼやいていた。


 今にも戦闘が始まりそうな空気が流れている。

 大鎌の男、リーバーはまっすぐに騎士の方を見ており、どこからどう見ても殺る気満々といった感じだ。


 開始のゴングを鳴らすまいと、かなり強引に水を差す。


『おお、そうだ。この舞台はどうかな? この核の間だけ特別なデザインにしたのだが』


 そのデザインというのは言うまでもなく、働くための環境が最重要視された執務室風の広間である。


 彼らは今までずっと、巨大な執務室で睨みあっていたのであった。


 その内容もさることながら、急な話題転換を悪ふざけと捉えたのか、大鎌の男の眼光がより鋭くなる。首に刃を突きつけられるかのような鋭さに、思わず騎士の喉が鳴りそうになった。


「ずいぶんおしゃべりだな、管理者よ。何を企んでいる」

『ぇ、ぃゃ……ゴホン、ちょっとした余興だ。何しろこれまでこのようなことはなかったものでな』

「なら、これが最初で最後の余興だな。てめぇはこの後、俺らの言う通りにだけ動く奴隷になるんだからよ」


 ここで「あら過激」とおちゃらけることができたらどれほどよかっただろうか。

 その未来は決して訪れてはならないものだ。それによって不幸に落ちるのは何より大切な少女なのだから。


 もう衝突を引き延ばすことはできない。

 相手方もそうだが、なにより後ろで反り絶つオーガからのプレッシャーが半端ない。以前の敗北を腹に抱え続けて弟子に不当な暴力を振るい続けたかの師匠は「早く戦わせろ」と殺気で訴え続けているのだ。


 やるしかないかと腹をくくり、しかし鎧騎士の中の人、つまりノストはどうしても思わずにいられない。

 どうしてこうなったのか、と――








 そもそもの計画の中にノストが戦う予定は一切なかった。


 探索者が50層に来る前に引っ越しの準備を完了させて、やってきた頃にはもぬけの殻というのが当初の作戦だった。


 それがなぜ崩れたかと言うと、単純に時間が間に合わなかったからだ。

 アンが眠りについてから核と迷宮の切断作業に想定以上の時間がかかり、同時に死神集団も負傷した仲間を置いて強行突破してきたことで、どうしても誰かが時間稼ぎをせねばならなくなった。


 残っている手勢はノスト、オーガ師匠、スライム、アザラシ、守護神の大蛇。スライムとアザラシは猫の手にもならないので最初から除外。

 戦力を小出しにするよりは全員でまとめてかかって、あわよくばここで追い返してしまおうということで、ノストがラスボスを気取ることになってしまったのだ。

 半意図的ながらノストが管理者だと勘違いされているのでやむを得なかった。


「はんっ、口ほどにもねぇな!」


 防御不能の大鎌をぶんぶん振り回してくるリーバー。

 そんな武器と斬り合えるかと心の中で文句を飛ばしながらノストは逃げまくった。


 リーチの長い武器をもった相手から逃げる術は、ここ数日間オーガ師匠に追い回されたことで身についている。

 ノストは「はっ、もしやこれを見越して!?」と戦慄とともに己が師への敬意を新たにする余裕もなく――


『その鎌の特性は知っている。貴様の属性もな』

「のぞき見たぁ管理者ってのはどいつもこいつも悪趣味な野郎だ。その立派な剣は飾りかぁ!?」


 乱暴なようでいて狙ったように読みにくい軌道をなぞる鎌はとんでもなく脅威だ。生命以外を透過するという能力を持つ以上、剣も鎧も紙未満の防御力にしかならない。


 同様に、ノストの攻撃もあの鎌では受けられないが、それ用の対策は完璧になされている。

 迷宮産アイテムによる防御壁の数々に、リーバーの属性『硬化』。彼は生見であっても刃を通さないだけの防御力をもともと持っている。


 こんなもの手に負えるはずがなかった。


 ならば頼れる魔物はどうかというと、そちらも助けを請えるほどの余裕はない。


 オーガ師匠と守護神大蛇は残りの2人と戦っているのだが、それは真っ向からの殴り合いなどではない。

 リーバーの仲間はどうにかしてノストたちの後ろに鎮座する丸い水晶を手に入れようと、魔物2体による壁を越えようとしているのだ。


 動きを拘束する鎖に、幻影を生み出す何か。

 迷宮産アイテムを用いたこれでもかというほどの搦め手を駆使して、先に心臓を手に入れてしまおうという魂胆なのだ。


 迷宮内では何でもありな管理者は、最大戦力のリーバーが抑えるという作戦なのだろう。


『ッ、しまっ!』


 そのとき、ついに猛攻を凌ぎきれなくなったノストの腕を大鎌の先端が捉えた。

 刃先がぬるりと鎧の腕の部分に沈み込み、焼けるような痛みがノストを襲う。


 鎧は斬られていない。腕だけが負傷して手首のつなぎ目部分からぽたぽたと血がこぼれ落ちた。

 しかしそれで終わりではない。たたらを踏んだことで回避動作が狂い、さらなる追撃を受けてしまう。


 肌が露出していないので傷の具合は分からない。それでも腹部の鎧のつなぎ目から溢れる血の量を見るに致命傷だ。

 堪えきれずにノストは膝をついた。


「おかしい」


 しかしそれを見て眉を顰めたのはリーバーだった。


 彼はあまりにあっさり勝ってしまったことに違和感を抱いたのだ。なんでもありの管理者が、ただの武器による攻撃でここまで苦しむはずがない。

 一度実際に戦った経験のある彼はそのことを知っていた。最終的に核をどうにかしない限り管理者は倒せない。


 とある可能性が沸き上がるリーバーの目の前で、鎧騎士が持ち直した。

 流れた血はそのままだが、今まで苦しんでいたのが嘘のように両足で立ってぴんと背筋を伸ばしたのだ。


『あっぶな……』


 演技がかった声の調子が抜けて素の反応を示す騎士にリーバーはますます混乱する。

 明らかに傷は癒えている。そのようなことが可能ということは、この騎士は確かに管理者らしき能力を備えているということなのだろう。


 しかし拭いきれない違和感。リーバーは一周回って冷静な頭で相手を観察する。


(くっそ、一回死んだ!)


 一方でノストの頭は冷静とは程遠いところにいた。事実として彼は死に、今は蘇生して戻ってきたという状況なのだから。


 蘇生の仕掛けは単純だ。ノストがお世話になりまくった迷宮の救命措置を鎧に仕込んでいるだけのことである。

 この鎧はアンが創ったもので、いわば迷宮産のアイテムだ。第40層で姿を現すにあたってもしものことがあったらいけないと過保護さを発揮してつくられている。


 アンがいない状態では回数制限こそあるものの、ノストは文字通り何度か復活を果たせる。


 そして大量の血がながれたならば――ここからはノストの番だ。


「おおっ!?」


 明らかに向上したノストの動きについて行けず、ここでリーバーは初めて攻撃を受けた。アイテムによる防御壁の上からだが、伝わる剣の衝撃は目を見張るほどである。


 呪剣『慚鬼』。

 持ちての血を浴びるほど力を与えてくれる。傷をも力に変えて戦う鬼の本能をその身に降ろす呪われた剣だ。


 それによって力を得たノストは一匹の鬼となって、戦いに関するあらゆる能力が底上げされている。

 その上昇具合はすぐに修正が効かぬほどで、リーバーは何度か連続して剣を打ちこまれた。『斬撃』属性と『硬化』属性が衝突し、僅差でノストが上回った。


「この、野郎ッ!」


 ノストは能動的な防御を捨て、生物のみを切断する大鎌を振るっても曲芸のようなぎりぎりさで回避する。反射神経も強化の対象だ。


 鎧兜の隙間からわずかにのぞく瞳は赤々としていてどこか狂気的にすら見えた。

 それに魅入られて背筋をぞくりとさせた瞬間、リーバーはわき腹に傷を負っていた。


「いつの間に……!」


 騎士は答えない。

 粛々と命を狩ることのみに専念する在り様は鎧を纏った死神のようだ。


 両者を比べてみればリーバーなどはただ死神の姿を装っているだけとすら言える。鬼を身に宿し、血を流し血にまみれることに慣れ切ったその精神性こそ、知らずして得たノストの強みだった。


 リーバーは流れが変わったことを肌で感じる。

 やはりこの騎士は並みはずれた存在で、そう容易く勝てるものではない。実際に彼は自分でも分からぬうちに傷を負ってしまったのだから。


 じりじりとひりつくような睨みあいが続く。


 ノストはただ冷徹に。

 リーバーは傷口を押さえて焦りを隠す。


 この均衡が破れたとき、一つの勝敗がつくだろう。


 その時を今か今かと待つ中――緊張を破る一声はまったく別のところからとどろいた。


「リーバー! 核をとったぞ!」


 二人が勝ち負けを決める前に、気にするどころではなかったもう一つの戦いが週末を迎えたのだ。


 探索者のうち、一人は地に倒れてすでに事切れている。

 しかしもう一人は守護神である大蛇の後ろに回り、大切に守られていた迷宮核をその手に収めていたのだ。


 幻覚に惑わされていたのだろう。大蛇も驚愕の表情を浮かべており、オーガはまったく別の方向を向いていた。


 核をもつ探索者が叫ぶ。


「さあ管理者よ! 己の命が惜しければ今すぐ降伏し、人類による支配を受け入れろ!」



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