第○二七話 『氷の手』
「……あの、ヒジリさん。闇雲に探したって見つからないと思うんですけど」
「そんなのわかってるってば。……でも、ねえ。なんか、聞いちゃったら無関係ってわけにもいかないし。何かしてるフリだけでもしとけば、罪悪感薄れるし」
本当、面倒なことに巻き込んでくれたものだ、栗原も。
聖は何でも屋というわけではない。頼まれれば断ることだってあるし、ヒーローは自分が好きで始めたことだ。街を守るために、いろいろと覚悟する必要もあったけれど。
今回の件は断るとかそういう話ではない。何かわかれば教えて欲しい、あわよくば手伝ってくれ、との申し出だ。積極的に手伝えと言っているのではない、こちらの罪悪感を煽るような頼み方――、
「ズルすぎる。栗原はまだマシかなぁ、って思ってたけど、そもそもあのペアが苦手だったのか私は……」
現在、そのペアの片割れは行方不明となっている。その行方不明になった方、大崎みぞれを探すために聖は川内市を走り回っていた。もちろん、変身してである。
だが手がかりが無いのは変わらず、進展も何も無い。
そして先ほどのイヴの言葉に戻ってくるわけだ。
「っあー、どこにいるんだろうなぁ」
もしかしたら、この街にはもういないのかもしれない。そうなったら、聖はお手上げである。川内市を出てまで探しに行く義理もないし。
「……ねえ、イヴ。私って薄情かな?」
「さあ、どうでしょう。でも、ヒーローっぽくはないですね、今回のヒジリさん」
ヒーローっぽくはない。……まあ、妥当な評価だろう。
知り合いがいなくなった。では探そう、とならないのは、ヒーローらしくない。わかった、自分も手伝う、と率先して行動を起こすソレこそが、ヒーローの行動だ。
でも、言い訳がましいが、
「今回は、私の出番じゃない気がするっていうかね……」
「あ、それはイヴも思ってました。なんか違いますよね、今回」
謎のモヤモヤを共有し、ふと浮かんだ言葉を口にする。
「栗原が騎士で、大崎さんがお姫様――」
今回は、そういう事なのではなかろうか。
◆
――姫さん、最近浮かれてない?
そう言って、嫌な顔をされたのが一週間前。大崎が失踪する前日のことだ。楽しそうで何より、と思い口にしたのだが、本人は無自覚だったようだ。何かあったのかと問い、頑なに教えない彼女に、そろそろ栗原が折れかけた時、
――仕方ないわね。明日見せてあげるから、……うん、海の近くの廃工場に来なさい。
そう、彼女が言った。それが栗原と大崎が交わした約束。
次の日。放課後、先に教室を出た大崎を追うように、二十分後に教室を発った。そうするようにと命じられていたのだ。
――しかし、廃工場に彼女の姿はなかった。
隠れているのか、と思い探したが、いつまで経っても姿を現さない大崎を、次第に怪しく感じていた。
何かに巻き込まれたんじゃ。なんて一瞬思ったが、そんなことがあってはならない、あって欲しくないという思いゆえに、その可能性から目を逸らした。
結果、翌日から土日を挟んだ一週間。大崎みぞれは姿を見せなかった。
「心配かけて楽しむのもいい加減にしてくれよ、姫さん……」
気付けば栗原の足は廃工場に向いていた。もしかしたら。そんなことを考え、朽ちた工場には人影一つ無いことを確認し、落胆する。
そう簡単に行くはずが無いとは思ったが、やはり堪えてしまう。
存外自分は、大崎に依存していたのだと痛感した。
「……ええい、諦めてたまるか! なりふり構ってらんねえ、警察でも何でも頼って――」
一度は捨てた手段を、もう一度拾う覚悟を決めた時。背後でじゃり……と音がし、振り返る。そこには、
「――見つけた」
まるで、一週間前の約束が今果たされているかのように、水色のワンピース姿で立っていた。誰が? ――大崎みぞれが。
「……ははっ、ようやくかくれんぼは終わりかい、姫さん? 散々探したぜ、今まで何やってたんだよ」
そう、ようやく見つけた。だというのに、なぜか嫌な予感を拭えない。
服装が違うのもそうだが、その目が虚ろだ。生気を感じられない肌の白さが異常だ。いつものような覇気が無く、全身に力が入っていないかのような立ち姿が不気味だ。
そして、
「あなたが、あたしの言う彼……曖昧なはずの記憶の中で、あなただけは、ハッキリと意識の中にあった」
氷のように冷たいその声が、別人のものだ。
「――――ッ!」
咄嗟に身構え、一歩後ずさる。そんな栗原を見て、大崎の姿をした誰かは首を傾げた。
「……? どうして逃げようとするの?」
「テメェ……誰だ」
誰だ。そう問うた意味が、自分でもわからない。確かに雰囲気はまるで別人だ。だが外見は、見間違えるはずもない、大崎のものだ。なのに、明らかに違うと感じる。中身は別人だ。
こんな不思議な現象を起こせる何かがあるとしたら、それはオモチャだ。
「他人の姿をコピーするオモチャ……? だとしたら、鏡とかか?」
「何を言ってるのかわからないけど、アタシは確かに大崎みぞれで間違いないの。だからそんなに警戒しないで」
めちゃくちゃなことを言う。そんなはずがない。外見に惑わされるな、コイツは、大崎みぞれではない。
しかし、次の言葉で栗原は惑わされてしまう。
――あなたの力を、貸して欲しいの。
「……っ!?!?」
それはかつて、大崎が初めて栗原に声をかけた時の言葉。忘れるはずもない。その言葉を聞いたから、栗原は持て余していた力の使い道を見つけられた。使うというには、雨を降らせるだけというもったいないものであったが。
いいや、今はそんなことどうでもいい。当時の言葉を、偽者が知っているはずがない。であれば、やはり、目の前にいる女子は、
「さあ、手を取って?」
少しずつ、一歩一歩近づいてくる大崎の――違う、姫さんじゃない――右手が差し出される。白く、たおやかで、触れれば折れてしまいそうな、だから守ってやろうと、力になろうと思って、細い、か弱い、とても――危なっかしい。
「ねえ、アタシを受け入れて」
ついには、その手が栗原の頬に触れる。
冷たい。まるで雪のようで、それは熱くなっていた栗原の思考をどんどんと冷ましていく。
「……やっぱ、あんた姫さんじゃねえな」
「――――」
「頭冷やしてくれてありがとう。おかげで当たり前のことに気付けた」
大崎の姿をした女子の右手を剥がし、
「俺の知ってる姫さんは、こんなことしない。触れるフリして引っ叩くくらいはする人だぜ? 猿真似なら出直して来い、偽者」
「――――」
目を見開き、驚いた様子を見せる偽者は、面白いものを見つけたとばかりに口元に笑みを浮かべる。
「あは、あはは。面白い。あたしは冷たいけど、あなたは熱い。触れれば火傷しそうなほどに、熱い」
しばらくして、偽者の格好がかつて栗原の隣にいた者の姿に似通っていることに気付く。
そう、ワンピース。記憶に新しい中で、それを着ていたのは――、
「試してみてよ、この力。アタシとあたしの力」
――イヴ。
ゴォォオオオオウッ!!
偽者を中心に突風が巻き起こる。それは冷たく、まるで吹雪の中に投げ出されたかのような感覚に墜とされる。少しでも力を抜けば吹き飛ばされそうな状態で、声を聞いた。
――もう一度、戦いたいでしょう?
「一体、誰と戦うってんだ! クソ、どこにいやがる……!」
今のがイヴであるならば、どこかにオモチャの持ち主がいるはずだ。イヴを探すよりもそちらの方が早いだろうか。
じりじりと冷気が体を焼いていく。冷たさは、時に熱さと勘違いすることがあるというが、まさにそれだ。全身が炎に包まれているかのように熱い。熱い、熱い。
「ッ、ぅ――……はぁ!」
やがて吹雪は収まり、元の廃工場が現れる。空には雲ひとつなく、眼前に少女の姿もない。
あったのは、ベルト。バックル部分に扉のような意匠を施されたものだ。栗原が知っているものとは少し違うが、間違いない、これは、
「宮城の持っているような、変身ベルト……」
気付けば、栗原の腕はそのベルトに伸びていた。
図らずも、大崎みぞれがしたのと同じように――。
◆
「人探し……か」
「あはは、こんなこと頼んでごめん」
「いや、いいぜ。どうせ大した実績もないんだ。こういうところでコツコツ稼いでいかねえとな」
聖が訪れたのは、一ヶ月前に巻き込まれた騒動で知り合った、白石小太郎が束ねる《正義の体現者》の集会場。一人で探しても埒が明かないと判断し、誰かを頼ろうとした結果だ。
「本当は探してるフリだけで済まそうと思ったんだけど……気付いたらここに来てた」
存外、自分でも気付かぬ内に大崎のことが心配になっているのでは、と思った。
まあ、誰かを心配するという気持ちは悪いことではない。もっと言えば、この心配が杞憂であればなおのこと良し。
「で、探すのはいいけど、どういう奴なんだ?」
「私の苦手なタイプ」
「は?」
おっと。
「あー、えと……高圧的で、喋り方が少し漫画っぽくて、でもムカつくことに美人で……」
「……名前は?」
「大崎みぞれ」
「おっけ。後はもういいぞ。お前の言う特徴は伝わらないからこっちで調べるわ」
「……あ、うん」
聖だって大崎のことをよく知っているわけではないのだ。急に説明しろと言われても困る。だが、それは白石たちも同じことだ。手がかりの無い状態でどう探せというのだろう。
数さえいればなんとかなると思ったが、彼らの力を借りても難しいかもしれない。
「まあ、できる限りはやってみるけどよ。……大変だなぁ、正義のヒーローってのは。こんなことまでしなきゃなんねえ。アンタのことだ。どうせ人助けだろ?」
どうなのだろうか。確かに頼まれはしたが、今回、聖は積極的に動いていない。これは人助けというよりも、自分の面子を潰さないように動いているだけではないのか。
……考えすぎだな。こういうのキャラじゃないや。
「うん、そう、人助け。でも私自身のためでもあるかな」
「ん? それはどういう――」
考えるのはやめよう。これは自分のため――ヒーローという自分を守るためでもあるし、栗原という男子を助けるためでもある。それでいいではないか。
今回、なんとなくだが聖は大して力になれない気がする。しかし、それならばそれでできることをやらねばならない。
「ようやくエンジンかかってきた。イヴ、今の私はヒーローっぽい?」
「あはは、その勢いの入り方は。急にギア入れないでくださいね?」
裏方ならばそれでもいい。裏方にだって、できることはあるのだ。
◆
「――ふぅん、ここが川内市か」
一度呟いてみたかった言い回しを口にし、その少年は川内ホールドアに存在する、各種路線の中心、川内駅に降り立った。
もの珍しさから周囲をキョロキョロと見回し、大きなところだと感心する。
「はてさて、こんなところに呼び出してぇ、一体何をおっぱじめる気なのかねえ、うちの親父さんは」
前々からこの街で妙な動きを見せていたみたいだが、どうやら本腰を入れて動き始めるらしい。何を企んでいるかは知らないが、まさか息子を巻き込むとは。
「ま、楽しきゃなんでもいいけどな」
鼻歌交じりに、駅のホームにある階段を上る。多くの人が上り、降り、混雑する階段を、しかし少年はスルスルと抜けていく。まるで、そこに人がいないかのように。
さて、と階段を上りきり、やけに全身が軽いことに気付く。
うーん、どうしようか。と頭をかきつつ、気付いてしまったことを口にする。
「……鞄、電車の中に置き忘れてきた」
その中には財布やら何やら、とりあえず失くすとマズいものがたくさん入っていて、冷や汗が滝のように流れ落ちる。
ああ、本当に困った。少年は天を仰ぎ、不気味に笑い出した。
今さらですが、何かおかしいと思ったこと、不自然だなと思ったところがあればどんどん教えてください。励みになります。
……いいえ、Mではありません。




