『ゲームウォッチ』
こいつを見た時の衝撃と言ったらなかった。
はじめ、近所の兄ちゃんが持ってたのを見たのだが、たぶんタイトルは『ドンキーコング』だったと思う。オレンジ色の本体で、パカっと開くタイプのやつ。上下の二画面になっていて、今の『ニンテンドーDS』にそっくりだった。ゲームの内容といえば、黒い人間が落ちてくるタルを飛び越して進んでいって、上の階にいるゴリラをやっつける、というものだが、まあ、有名だろう。
俺は『ゲームウォッチ』を一目見て欲しくなった。だが、当時でも五、六千円はした高価なものだったので、散々ねだっても、おいそれとは買ってもらえない。仕方がないので、近所の子供たちが集まっているときに、ちょこっと遊ばせてもらって我慢していた。
『ゲームウォッチ』を持っている子供たちも、たくさんの種類が遊びたいので、それぞれが持ち寄って、空き地で交換しあいながら遊んでいたのだ。ただ、あくまで交換なので、自分が持ってきていないと、なかなか貸してはもらえない。見ていることがほとんどだった俺の『ゲームウォッチ』熱は、ますます高まるばかりだった。
一日千秋の思いで待っているうちに、ようやくクリスマスが近づいてきた。当然、俺が欲しいのは『ゲームウォッチ』しかない。確か、最初に『ゲームウォッチ』を知ったのは、夏くらいだったと思うから、四ヶ月くらい待ち望んだのだと思う。
ようやく手に入れたゲームは、忘れもしない、『ネコドンドン』というものだった。ネコを操って、チーズを狙うネズミをやっつけるという内容だったが、それはもう大喜びで遊んだ。当時は『ゲームウォッチ』ブームだったから、有象無象のゲームが多数販売されていたはずだが、今思い返しても『ネコドンドン』は、なかなかに良質なゲームだったと思う。事前に遊びもしないで買ったにしては、当たりを引いたほうだったのだろう。
どうして遊んだことのないゲームを選んだのかと言えば、近所の子供がすでに持っているゲームを買うことはタブーだったからだ。他の子と被ってしまうと、交換ができなくなってしまい、そのうえ、
「お前、オレのマネすんなよ!」
と来るわけだ。
俺は、近所では誰も持っていない『ネコドンドン』を手に入れたことによって、空き地に集まるときでも、堂々と他の子が持つゲームを借りることができるようになった。それまで憧れだった『ドンキーコング』や『オクトパス』なんかがやり放題だった。
次に買ってもらったのは、『ドンキーコングJr』だった。白い本体で、折りたたみ式に近い見た目だったが、二画面ではなかった。その代わり、きれいなカラーの画面だった。おそらく、『ゲームウォッチ』としては後期のモデルだろう。これも夢中で遊んだが、不思議とこの頃から、近所の子供たちは次第に『ゲームウォッチ』で遊ばなくなってきた。その理由は後から分かったのだが、それこそ、これまた今まで見た事もない、とんでもないゲームが登場する前触れだったのだ。
「先輩、『ゲーム&ウォッチ』ですよね、正式には」
「そうなのか? でも、だれもアンドなんて付けて呼んでなかったけどな」